1. トップ
  2. エピソード
  3. 「香典を持って、手伝いに来てね」当然のように言われたお願い。だが、私が感じた価値観の違いとは

「香典を持って、手伝いに来てね」当然のように言われたお願い。だが、私が感じた価値観の違いとは

  • 2026.8.14

「朝から手伝いに来てね」と、当然のように言われた

結婚を機に、夫の実家に近い地方の住宅地で暮らし始めた。

近所付き合いは比較的濃く、回覧板を届けたり、地域の清掃に参加したりすることもある。

それ自体は、ここで暮らす以上は必要なことだと思っていた。

そんなある日、近所の方が亡くなったという知らせが回ってきた。

私は面識こそあったものの、挨拶を交わす程度の間柄だった。

それでも連絡をくれた近所の方は、慣れた口調でこう言った。

「香典を持って、手伝いに来てね。エプロンも忘れんように」

最初、私は意味がよく分からなかった。

香典を持って弔問するのは分かる。けれど、なぜ私まで朝から手伝いに行くのだろう。

夫に尋ねると、この辺りでは昔から、近所で葬儀があると同じ班の人たちができる範囲で手伝う習慣が残っているのだという。

受付や片付け、親族へのお茶出しなど、そのときによって役割は違うらしい。

夫にとっては、子どもの頃から見てきた当たり前の光景だった。

仕事を休んでまで行くものなのだろうか

ただ、私には仕事がある。小さな子どももいて、有給休暇は子どもの体調不良などに備えて、できるだけ残しておきたかった。

「仕事があるから、今回は難しいって言ってもいいかな」

そう夫に相談すると、少し考えたあとに言った。

「もちろん無理なら仕方ないけど、この辺だと、みんな都合をつけて顔を出すことが多いかな」

責めるような言い方ではなかった。それでも、その言葉を聞くと断りづらくなった。

結局、私は職場に事情を話し、午前中だけ休みをもらった。

当日、指定された家へ行くと、近所の女性たちがすでに集まっていた。

仕事をしているという人もいれば、子どもを家族に預けて来たという人もいた。

現在は葬儀会館を利用することも増え、昔ほど近所総出で料理を作るようなことは少なくなったそうだ。

それでも、この地域では受付や片付けなどを近所同士で助け合う習慣が一部に残っているという。

「昔はもっと大変だったんよ。今はずいぶん楽になったけどね」

年配の方はそう笑っていた。

助け合いと、断りづらさは別のものだった

手伝いそのものが嫌だったわけではない。

困ったときに近所同士で支え合うことは、きっとこの地域で長く暮らしてきた人たちにとって大切なつながりなのだと思う。

実際、作業が終わるころには遺族の方から何度もお礼を言われ、来てよかったとも感じた。

ただ、「参加できる人が助ける」のと、「参加するのが当然だと思われる」のでは、少し意味が違う。

家庭や仕事の事情は、人によって違う。昔から続いてきた習慣でも、今の暮らしに合わせて、無理なときは断れる余地があってもいいのではないか。

帰宅して仕事用のバッグを開きながら、私はそんなことを考えていた。

助け合いの気持ちは大切にしたい。それでも次に声がかかったときは、自分の事情もきちんと伝えてみよう。

この土地で暮らしていくためにも、ただ黙って合わせるのではなく、自分なりの付き合い方を見つけていきたいと思っている。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ