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【第175回直木賞『けんぐゎい』】容姿や性質、境遇によって「圏外」と呼ばれた女たち。その力強い再生と連帯を描く時代小説【書評】

  • 2026.8.7
けんぐゎい 朝倉かすみ/光文社
けんぐゎい 朝倉かすみ/光文社

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本を閉じたあと、みっともないほど、おんおん泣いた。泣けて、泣けて、たまらなかった。私もこの物語の主人公と同じように、世間並みの幸せは自分には与えられないと、諦めたことのある人間だからだろうか。いや、たとえそうでなくとも、身体の内奥にズシンと響くものがあるはずだ。身に降りかかる理不尽を、怒りも拒絶も相手に悟らせず、どうとでも受け取れる微笑でやり過ごす。もし、そんな日々を過ごしているなら、きっと、この「圏外」と呼ばれた女たちの物語に強く強く共鳴するだろう。

その物語こそが『けんぐゎい』(朝倉かすみ/光文社)。第175回直木賞を選考委員の満場一致で受賞した話題作だ。本作が描くのは、江戸時代、容姿や性質、境遇によって社会の外側へ追いやられた「圏外(けんぐゎい)」の女たちの姿。ジャンルでいえば、時代小説にあたるだろうが、ここには、その枠には収まらない新しさがある。読み進めるほどに、その凄まじいパワーと、物語の底に流れる静かな祈りに圧倒されずにはいられない。

痘痕に覆われた姉と「逆上せ癖」の妹

舞台は江戸後期。主人公のふゆは利発な娘だが、幼少期に患った疱瘡によって、全身に痘痕が残っている。一方、妹のりよは美しい器量を持つものの、ふとした拍子に気持ちが昂り、取り憑かれたように喋り続ける「逆上せ癖」があった。幼くして父を亡くし、母とともに暮らすふたり。やがて、ふゆは手習師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に、それぞれ出されることになるのだが……。

女たちが呑み込まされる理不尽

前半は悲惨な状況が続き、ページをめくるほど、苦しい。ふゆの日々を知るにつれて、私たちの胸の内には、苦い感情が、うじゃうじゃと虫のように、次から次へと湧き出してくる。だが、どうしても読む手は止められない。ふゆの思いがそのまま地の文へ溶け出したような独特の語り口は、私たちをどこまでも引きずり込んでいく。

まず感じるのは、行き場のない怒りだ。たとえば、ふゆの母は、ふゆがへりくだった態度を見せないと、あからさまに眉をひそめ、彼女の見た目を容赦なくあげつらい、「これじゃあ肩身を狭くして生きるよりほかない」とまで言う。りよが奉公先の旦那に手を出されて「おっかあおっかあ」と泣きながら帰ってきても、「旦那のお手がつくなんて奉公にはつきものなんだ」「ま、せいぜい可愛がっておもらいよ」と鼻を鳴らす。――母親がこんな言葉を吐くなんて、なんという時代なのか。いや、「昔だから仕方がない」と受け流すことなどできない。女たちに降りかかる仕打ちを当たり前のものとして呑み込ませる言葉は、今も形を変えて残っているからだ。

では、母のもとを離れれば、ふゆに幸せが訪れるかといえば、むしろ状況は悪化していくばかりだ。手習師匠のもとで、一時は確かに穏やかな日々を得るが、見目麗しい宗三郎という男が師匠の養子になると、すべてが壊れていく。

引用----

「おまえは圏外、一生外側にいるしかないんだ。おまえを世間並みの人間にしてやれるのは、このわたしだけなんだよ」

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禍々しいほどに歪んだ欲望を持つ宗三郎は、ふゆや下女たちを手籠めにし、その心身を蹂躙する。宗三郎から強淫を受け続けたふゆは、やがて、子を身ごもってしまう。

自分を閉じ込める、小さく粗末な籠

りよはふゆに言う。「ふうちゃんは、じぶんの手で籠をつくってるようなもんだ」と。「そこでひたすら身を縮めて、あたしに丁度の籠があってよかったと、ありがたがってる、振りをしている」のだと。読めば読むほど、私たちはそんなりよの言葉に大きく頷かずにはいられない。この時代、女が声を上げることは容易ではない。なかでもふゆは、「ぶつぶつ」を言い訳に、不幸になるのは当然なのだと自らに言い聞かせているように見える。けれど、彼女の内側には、尋常ならざるものが巣食っている。それは、たとえ痘痕をきっかけに生まれたとしても、もはや痘痕どころの騒ぎではない。それなのに、身に起こるすべてを無理やり呑み込もうとするふゆは、あまりにも悲しくて、あまりにも悔しい。

「圏外」の女たちが集う国

だからこそ、後半の展開には、こちらまで勇気づけられる。ふゆは、現人神と崇められる女医者と出会い、自分の人生を生き直す道を見いだしていくのだ。女医者の弟子となった彼女は、「自分が申し訳ないと思うことなど、ほんとうはなにもない」とようやく気づく。そして、女や子どものための施設をつくり、「圏外」の女たちが安心して暮らせる居場所を築いていく。そうしてふゆは、ありのままの自分を「善し」と受け止められるようになっていく。その姿に、どうして魂を揺さぶられずにいられようか。

理不尽を笑ってやり過ごしてきた人に。「自分には人並みの幸せなど訪れない」と一度でも諦めたことのある人に。そして、自分の持って生まれたものを、まだ「善し」と言えずにいる人に。この本を読んで、ふゆたちの肉声に触れ、泣き、怒り、胸を熱くしたなら、きっとあなたも、自分を閉じ込める小さな籠の存在に気づき、内に秘めた強さに目を向けられるに違いない。凄まじくもまぶしいこの物語を、今を生きるあなたにこそ、ぜひ読んでほしい。

文=アサトーミナミ

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