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フランコ・バレージ追悼…守備大国イタリアが生んだ「史上最強DF」5人

  • 2026.8.4

サッカーを伝統とする国には、それぞれの特色があるもの。イタリアといえば、何といっても「守備の文化」だといえる。

そのイタリアサッカーの守備を象徴する名DFフランコ・バレージ氏が、2026年7月31日に66歳で死去した。ACミランは「クラブの歴史全体が涙している」と、その別れを惜しんでいる。

今回はバレージ氏への追悼を込め、守備大国イタリアが生んだ「歴代最高のDF」候補5人を紹介する。

フランコ・バレージ

画像1: (C)Getty Images
(C)Getty Images

イタリア代表:81試合1得点(1982~1994年)

7月31日に66歳でこの世を去ったフランコ・バレージは、「サッカー史上最高のリベロ」と呼ばれるにふさわしい選手だった。

恵まれた体格や圧倒的なスピードを持っていたわけではないが、試合の流れを読み、最終ライン全体を動かし、相手が攻撃に移る前に危機を掻き消した。

ACミラン一筋で20年間プレーし、そのうち15シーズンにわたって主将を担当。セリエAを6度、欧州最高峰の大会を3度制し、クラブの黄金時代を築いた。現役引退後、彼の背番号6は永久欠番となっている。

1994年ワールドカップでは、膝の手術からわずか25日ほどで奇跡の復帰を果たす鉄人ぶりを見せつけた。決勝でブラジルを相手に120分間プレーし、ほぼ完璧な守備を見せた。PK戦では失敗したが、痛みを抱えながらチームを支える姿が印象的だった。

ファビオ・カンナヴァーロ

画像2: (C)Getty Images
(C)Getty Images

イタリア代表:136試合2得点(1997~2010年)

ファビオ・カンナヴァーロは、守備者として世界の頂点に立った数少ない選手である。180cmに満たない身長でありながら、相手の動きを先に読む力、爆発的な跳躍力、ボールへ飛び込むタイミングによって体格差を補った。

パルマではジャンルイージ・ブッフォン、リリアン・テュラムらと強固な守備陣を形成。その後はインテル、ユヴェントス、レアル・マドリーなどでプレーした。

最大の功績は、主将として臨んだ2006年ワールドカップ。イタリアは大会を通じて堅守を貫き、24年ぶりの世界一を達成。カンナヴァーロはその年、DFとして史上3人目となるバロンドールを受賞した。

なお引退後は名将マルチェッロ・リッピの弟子として中国、サウジアラビア、イタリアなどで指導者を務め、2026年ワールドカップでは初出場のウズベキスタン代表を率いている。

アレッサンドロ・ネスタ

画像3: (C)Getty Images
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イタリア代表:78試合0得点(1996~2006年)

アレッサンドロ・ネスタは、イタリアが生んだ「最も完成度の高いセンターバック」といえる選手の一人だ。

ラツィオの育成組織で育ち、17歳でトップチームにデビュー。若くして主将を任され、1999-00シーズンにはクラブをセリエA優勝へ導いた。そして2002年にミランへ移籍すると、パオロ・マルディーニとセンターバックのコンビを形成。UEFAチャンピオンズリーグを2度制し、欧州最高峰の舞台でも実力を証明した。

対人守備、カバーリング、空中戦、ボール扱い、戦術理解。そのすべてが高い水準にあり、2000年から2005年までに5度、セリエA最優秀DFに選ばれている。

その一方で、負傷には何度も苦しめられた。2006年ワールドカップでも大会途中に離脱し、イタリアが優勝する瞬間をピッチ上で迎えることはできなかった。それが唯一といっていい、彼のキャリアに欠けていたものであるといえる。

ジュゼッペ・ベルゴミ

画像4: (C)Getty Images
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イタリア代表:81試合6得点(1982~1998年)

ジュゼッペ・ベルゴミは、20シーズンに及ぶ現役生活のすべてをインテルへ捧げた「ミスター・インテル」だ。口ひげを蓄えた風貌から、若い頃から「オジさん」の愛称で親しまれたという。

1982年ワールドカップではまだ18歳ながら準決勝と決勝に出場し、イタリアの優勝に貢献。決勝では西ドイツのカール=ハインツ・ルンメニゲを封じた。

1992年を最後に代表から遠ざかったが、1998年ワールドカップを前に34歳で電撃復帰。負傷者の代役として招集されると、決勝トーナメントでも安定したプレーを披露した。

クラブではインテルで公式戦700試合以上に出場。セリエA優勝やUEFAカップ制覇を経験し、移籍せずに一つのクラブを守り続けた。

2026年2月には長年のライバルであり盟友でもあったバレージ氏とともにミラノ・コルティナ冬季五輪の聖火を運んでいる。

パオロ・マルディーニ

画像5: (C)Getty Images
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イタリア代表:126試合7得点(1988~2002年)

「サッカー史上最高のDFは誰か」という問いに、パオロ・マルディーニと答える人は少なくないだろう。偉大な父チェーザレもプレーしたミランでデビューし、25シーズンにわたって一つのクラブだけで戦った。

キャリア前半は左サイドバックとして活躍。スピード、対人守備、攻撃参加、両足の技術を兼ね備え、世界最高の選手と評価された。

さらに年齢を重ねるとセンターバックへ移り、フランコ・バレージの後継者として最終ラインを統率した。多くの名ディフェンダーとともに形成した守備陣は、いつの時代もクラブサッカー史上最強クラスだった。バレージの引退後は主将となり、次の世代のネスタやカフーらもまとめ上げた。

現役最後の2009年まで世界最高水準を保ち、ミランで公式戦900試合以上に出場。7度のセリエA、5度の欧州制覇を経験した。引退後はミランのテクニカルディレクターとしてチーム再建に関わり、2021-22シーズンのリーグ優勝にも貢献している。

2026年7月にはイタリアサッカー連盟の技術部門責任者に就任したものの、代表監督人事をめぐる混乱を受け、わずか16日ほどで辞任したと報じられている。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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