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朝ドラ『風、薫る』捨松(多部未華子)の「社会を変えたい」が直美の背中を押した瞬間

  • 2026.8.3

朝ドラ『風、薫る』捨松(多部未華子)の「社会を変えたい」が直美の背中を押した瞬間

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

「私はいい人になりたいのではなく、この社会を変えたいのね」

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公として描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第18週「岐路にて」が放送された。

サブタイトルが示す通り、二人の主人公には大きな分かれ道が訪れていた。

直美(上坂樹里)に訪れた岐路において今週何度も登場したのが「派出看護」という言葉である。

派出看護とは、患者宅や病院をトレインドナースが個々に訪れて行う看護のことを指すもので、現代の訪問看護のさきがけにあたるような存在ともいえる。原案本で取り扱われている本作の主人公たちのモチーフとなったナースのひとり鈴木雅が、明治24(1891)年に日本初の民間の派出看護協会「慈善看護協会」(のちの「東京看護婦会」)を設立する。作中でも描写されてきたが、上流階級が病院へ入院し治療を受けることの大変さ、あるいは貧困層が医療を受けることへのハードルは、当時の医療の課題のひとつであった。

協会の設立によって、それまで個々で行われていた派出看護を、統一された基準のもと行うものへと発展させた。

作品の世界に戻ると、直美はこれまでの経験から、貧しい人にもきちんとした医療、そして看護を届けたいという思いをいっそう強めていた。そこには、文(内田慈)とのめぐりあいも大きな影響があっただろう。そんな思いに包まれる直美に、いくつかの風が吹く。

帝都医大病院の医師の木村(前野朋哉)は、慈善で治療や看護するのは現状として難しいとしつつ、
「看護婦だって慈善で看護するのは難しい。それは一番君がよく分かってるんじゃないか」
と、大学病院ではできないことを正論ぎみに突きつけながらも何かを見つけ出してもらえるような言葉をかける。

そんな直美に、
「だったらご自分で会を作ればいかが?」
と、アメリカで実施されている派出看護の会の仕組みを教え、さらなる風を吹かせてくれたのが捨松(多部未華子)である。容態や内容などによって段階を踏んだ料金体系を作るなと、組織として行う看護の道を照らし出してくれる。

「日本初ですね」
日本初のトレインドナースの道へと背中を押したときと同様、再び捨松が大きな風を吹かせてくれた。
「私はいい人になりたいのではなく、この社会を変えたいのね」
「名士の奥様」立場上自由な道を歩けない捨松の思いが直美に託された。

直美は帝都医大病院を辞める決心をする。その思いに触れ、院長の多田(筒井道隆)は、貧しさからこぼれ落ちる命を救うことも必要だと、町医者のリストを直美に渡し、自分の名前を出していいと送り出してくれた。卯三郎(坂東彌十郎)やりんの母の美津(水野美紀)、虎太郎(小林虎之介)、シマケン(佐野晶哉)ら周りの人々の協力のもと、直美の派出看護会「恵風看護婦会」が形づくられていく。

「やっぱりりんさんがいてくれたら」

いっぽう、りん(見上愛)にも新たな岐路が訪れていた。新潟で女子寮の舎監をつとめるりんのもとを、医師の黒川(平埜生成)が訪れる。りんにもう一度看護婦にならないかと黒川は言った。帝都医大病院を出て黒川病院を継いだものの、新潟にはきちんと教育を受けたトレインドナースがいないと。そんな黒川の申し出をりんは断る。りんは、今も心の傷をひきずり、自信を失ったままなのである。直美が協会を立ち上げたことを報告する手紙にも、「応援しています」と返すのみで、看護の世界との壁を感じる。

そんななか、女学生が倒れ、そのときりんは自然とふるまい、やはり手が震えたりはするのものの、女学生を看護する。自信を失ったとはいえ、りんの心の奥底にある「看護」の炎はちゃんと残っていた。りんは、この件によって、自分の手が震えるのは、命に触れるのが怖いんだと思うと、その本質に向き合うことができた。それと同時に、りんの目の前に新たな岐路が訪れていることが示された。

直美が周囲の協力のもと立ち上げた「恵風看護婦会」ではあるが、やはり何事も「初めて」のものを理解されることは難しく、なかなか依頼は舞い込まない。会で一緒に活動してくれることになたかつての仲間、しのぶ(木越明)が思わずこう口にした。
「やっぱりりんさんがいてくれたら」

それは、周りの人たちも思うことであり、本心では直美もそれを求めていたかもしれない。そんなしのぶの、戻ってきてと言いに行くしかないという言葉、そして直美に思いを寄せる陸軍少尉の小川(甲斐翔真)にも、どうすればいいかを一緒に考えてくれる援軍を呼ぶという声にも押され、直美はりんの娘・環(英茉)とシマケンと一緒に新潟へと向かう。

直美はいきなり直談判するのではなく、りんとシマケンとの時間を作らせるような流れを作り出した。夕暮れの浜辺でシマケンは、この幸せな気持ちを表現する言葉が見つからないと笑う。

「いとしげ?」
りんは、新潟の言葉を口にする。もとはシマケンからの手紙に、新潟では「かわいい」や「美しい」といったニュアンスの言葉だと記していたものだ。その言葉に、
「愛おしいです!」
シマケンは叫んだ。そして、こう続けた。
「いつかこんな瞬間を書いてみたい!」

これこそが「いとしげ」そのものなのだろうという思いに包まれる。シマケンの思いもまた、ある意味「岐路」を迎えているのかもしれない。

肝心の本題、りんを再び看護の道に戻すということについてはまだ本格的に切り出せてはいない。りんと直美、二人はまだ岐路の中にいる。まさに「岐路にて」の状態だ。

直美が岐路で選ぶ道はもう決まっている。その道の先に、別の岐路から歩いてくるりんがいるのか。その行方を見守りたい。

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