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【風、薫る】「愛おしいです」シマケン(佐野晶哉)の告白シーンに重なる名作朝ドラと、りんと直美が立つ「岐路」の行方

  • 2026.8.1

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「名作朝ドラが重なる海辺のシーン」について。あなたはどのように観ましたか?

田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第18週「岐路にて」は、直美(上坂樹里)が病院を出て新しい仕事をつくり、りん(見上愛)は新潟で看護から離れたまま、二人が別々の岐路に立つ一週だ。看護は誰かの善意でまわすものなのか、報酬のある仕事にできるのか。それが週の主題である。

発端は、貧しい人のもとへ医者を送れないかという願いだった。調べてくれた木村(前野朋哉)は、採算がとれないため慈善で治療に行くのは難しいと答える。看護婦だけならと食い下がる直美には、看護婦が慈善で行くのも難しいことは君が一番わかっているはずだ、と返す。

行き詰まった直美は捨松(多部未華子)に相談する。裕福な人から受け取り、貧しい人からは取らなければ採算が合うのではないか。大学病院ではできないと漏らす直美に、捨松は「だったらご自分で会を作ればいかが?」と勧め、アメリカにはすでに派出看護の会があること、料金を三段階に分ける方法を教える。そのうえで、挑戦できる直美が羨ましいとも言う。自分は夫・大山(高嶋政宏)の力を借りて動けるが、それでは『金持ちの奥様なのに慈悲深い』で終わってしまい、女の地位向上にはならない。「私はいい人になりたいのではなく、この社会を変えたい」。慈善と、社会を変えることは違う。

病院を辞めると告げた直美に、院長の多田(筒井道隆)は、大学病院は今の医学では救えない命を救うべく進み続けねばならない、一方で今の医学から貧しさで零れ落ちる命を救う者も要ると言い、めぼしい町医者のリストを渡す。自分の紹介だと名前を出していい、どちらの医も仁術だ、と添えて。院長派のスパイと見られていた用務員の万作(ずん飯尾)が、多田の幼馴染だったことも明かされる。第15週の多田は、病院に落ち度はなかったとみなが足並みをそろえるなかで「人は石垣、人は城」とつぶやいていた。その院長が、ここでは辞めていく一人に自分の人脈を渡す。

会は、直美が母から受け継いだものと、りんが結んできた縁で立ち上がっていく。元手は文(内田慈)が遺したお金だ。第17週で、りんもかつて働いた瑞穂屋の卯三郎(坂東彌十郎)が全財産を届け、親が遺した遺産ですからと促されて受け取ったものだ。医療機械もその卯三郎に相談する。事務所は、りんの母で直美の二人目の母を名乗る美津(水野美紀)が見つけた、長屋のすぐ前の空き部屋。薬はりんの幼馴染で製薬会社に勤める虎太郎(小林虎之介)が便宜をはかり、チラシはりんを慕うシマケン(佐野晶哉)が新聞社でこっそり刷ってくれた。人手は、帝都医大に残った多江(生田絵梨花)が、看護を学びながら結婚して看護婦にならなかったしのぶ(木越明)に声をかけている。医師も患者も動かしてきた直美の人使いのうまさが、りんの残した縁を得て発揮される。金も、場所も、道具も、薬も、人手もそろった。足りないのは相棒だけだ。当のりんは新潟にいて、会には加わっていない。

会を始めると手紙で知らせた直美に、りんからは「応援しています」とだけ返ってくる。

そんな折、吉江(原田泰造)が訪ねてくる。会の名前をつけてほしいという直美の頼みを引き受け、九州で伝道すると告げる。ずっと直美が心配だった、自分に会うときくらいは笑わせたかった、と。涙をこぼす直美に、「それは、ウソ泣きではないですよね?(笑)」と返して笑わせる呼吸は、『生理のおじさん』で親子を演じた二人ならではだ。後日はがきで届いた名は「恵風看護婦会」。第17週で卯三郎は、自分で名をつけると愛着がわくから文は子に名をつけなかったのだろうと語っていた。母から名をもらえなかった娘が、自分の会には名を受け取る。

ところが、仕事の中身がなかなか伝わらない。しのぶが最初に赴いた家では女中がわりに使おうとされ、それは違うと断ったところ、依頼そのものを取り消されてしまう。

この線引きの難しさは今もそのままだ。訪問介護では、家族の分の食事づくりも、家族の部屋の掃除や洗濯も介護保険の対象外だ。ヘルパーは家事代行ではないが、それでも頼まれ、断れば冷たいと受け取られる。

会に収入が入らないまま、それでも直美はしのぶに給金を払う。受け取れないと断るしのぶに、直美は言う。誰かの善意に頼っていたらチャリティーになってしまう、私は派出看護をちゃんとした仕事にしたいのだ、と。担い手不足も深刻で、厚生労働省の資料によれば、訪問介護員の有効求人倍率は2022年に約16倍と過去最高を記録し、施設の介護職員の約4倍を上回る。ケアを仕事として成り立たせる壁は、明治から変わっていない。

直美自身も、途中で立ち止まる。「よく考えたら家の中に他人を入れるんだものね」。在宅介護でも、ヘルパーを頼みたいのに他人が家に入るのは嫌だと固辞する親は多い。

それでも依頼は来ない。やっぱりりんさんがいてくれたら、と漏らすしのぶは、会って話してみないとわからない、戻ってきてと言いに行くしかないと直美に勧める。チラシをまく直美に、通りかかった陸軍軍人の小川(甲斐翔真)も、自分ならどうすればいいかを一緒に考えてくれる援軍を呼ぶ、と助言する。呼ぶべき相手は、一人しかいない。

一方、新潟のりんのもとに黒川(平埜生成)が訪ねてくる。黒川病院の跡取りで、帝都医大で修業して戻り、最新の医療機器を揃えたが、この土地にトレインドナースはいない。帝都医大と同じ給金で看護婦取締にという申し出を、りんは断る。あれから患者に触れておらず、看護婦としてやっていく自信がない。それでも黒川は、君のように患者のために悩める人こそ必要だと引き下がらない。このやりとりを聞きつけた新聞記者・横沢(井上祐貴)にも、りんは言い切る。看護婦は看護や衛生を学び、訓練を受けた人がつく仕事で、決して敬遠されるべきものではない、と。

その横沢は、りんの人生を乱暴に要約したうえで、「見事に、人生の岐路に立つたびにまっとうな道を外れてきたんですね」と言ってのける。同じ道を歩む人ばかりでは社会は変わらない、と続ける賛辞でもある。やがて横沢は、市民に暴力をふるう警察を止めに入って鑑別所へ送られ、りんのもとに手紙が届く。心配だ、無事なら顔を見せにきてほしい、と。だが女学校の校長・望月(関智一)は見舞いを止める。ただでさえ子持ちの女なのに働いている、普通とは違うのだから目立つな。騒ぎを起こすおなごにいい縁談はこない、とも。おなごの身の守り方を教えているという校長に、りんは、それでも先生にはきれいごとを言ってほしいと返す。ならばなぜ看護婦をやめたのかと問われて、りんは答えられない。それでも鑑別所を訪ねたりんに、横沢は接見室で突然結婚を申し込む。りんは断った。

ちなみに、唐突に映るが、これには下敷きがある。りんのモチーフ・大関和も、普通選挙運動で入獄した社会運動家・木下尚江のもとへ10カ月通い、出獄を前に結婚を申し込まれた。周囲の反対で破談になった恋である。

「なぜ看護婦をやめたのか」の問いの答えが見えるのは、授業中に生徒が倒れた場面だ。脈をはかるりんの手は震える。それでも気を取り直し、冷静に看護をやり遂げる。風邪だった。変わらず看護ができるではないかと言う黒川に、りんは、患者ではなく娘、家族のつもりでやったのだと話す。黒川は、看護の教えをまとめてほしいとも頼む。

小川の言葉に押され、直美は環(英茉)とシマケンを連れて新潟へ向かう。看護をしたと聞いて、手の震えは治ったのかと思う直美に、りんはこう明かす。「手が震えるのはね、怖いんだと思う。人の命に触れるのが」。第15週で失われた手が戻ったわけではない。震えの正体は、腕の鈍りでも自信のなさでもなく、恐れだった。

りんとシマケンをつないだのは、「いとしげ」という言葉だ。新潟では「かわいい」の意味で使うらしいとシマケンが手紙に書き、りんが土地の人に尋ねてまわっていた。本作はこれまで、看護婦、社会、夢といった西洋由来の新語がもたらすものを描いてきた。今週その役目を担うのは、土地の古い言葉だ。

同行したシマケンは、りんが求婚されたと直美から聞いて気が気でない。みなで海へ出た日、直美はシマケンに気を遣って派出看護の話を持ち出し、居合わせた横沢を引っ張っていく。残されたのは、りんとシマケンと環の三人だ。夕暮れの海で、シマケンは言う。りんさんと美しい海を見て、環ちゃんを見て、風に吹かれて、この気持ちを表現するには言葉が足らないんだ、と。

りんが「いとしげ」を差し出すと、シマケンは立ち上がって精一杯に告げる。「愛おしいです!いつかこんな瞬間を書いてみたい」。りんは笑顔で涙を流し、「愛おしい」とつぶやく。『あさイチ』でも触れられていたが、この場面に『ばけばけ』を思い出した人は多かっただろう。『カムカムエヴリバディ』のるい(深津絵里)と錠一郎(オダギリジョー)もほうふつとさせる。横沢は答えを求め、シマケンは求めていない。

援軍を呼びに来たはずの直美は、派出看護はすごい、順調なんでしょうとりんに言われて言い出せない。足りないのはあなただと、切り出せずにいる。「応援しています」としか書けなかったりんと、うまくいっていないと言えない直美。二人の岐路は、次週へ持ち越される。

(田幸和歌子)

文/田幸和歌子

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