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胴体を締めると、人はリスクを取らなくなる

  • 2026.7.30
胴体を締めると、人はリスクを取らなくなる
胴体を締めると、人はリスクを取らなくなる / Credit:Canva

ドイツ人間栄養研究所(DIfE)などの研究チームによって、胴体を物理的に締めつけられた人は、リスクの高い選択が減ることが示されました。

特別な装置が使われたわけではありません。

参加者はただ、体幹を締めるインナーを着てゲームに臨んだだけです。

それだけで、判断が慎重な方向へ動きました。

論文では、身体への操作が体内感覚を変え、それが行動変化を引き起こすことを「証明する」と、強い言葉で記されています。

なぜ胴体の引き締めが、人間の判断を変えてしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年5月13日に『Biological Psychology』で公開されました。

目次

  • 判断は、頭の中だけで起きていない
  • 判断を動かしていたのは、心臓より胃の信号でした

判断は、頭の中だけで起きていない

実験で使用された補正下着。どちらもややきつそうな印象を受ける/Credit: Polzin et al., Biological Psychology (2026)

腹をくくる。

肝が冷える。

胸騒ぎがする。

腑に落ちる。

日本語は昔から、判断や感情を内臓の言葉で語ってきました。

決断とは頭の中の作業のはずなのに、私たちはそれをお腹や胸の出来事として表現してしまいます。

これは、あながち比喩だけの話ではありません。

私たちが「感覚」と呼ぶものの大半は、外を向いています。

目は光を、耳は音を、皮膚は温度を捉える。

すべて、体の外で起きていることを知るための装置です。

ところが体には、内側を向いたセンサーもあります。

心臓の鼓動、空腹、満腹、吐き気、疲れ。

これらを感じ取り、意味を読み取る能力は内受容感覚と呼ばれています。

そしてこの内側からの信号は、危険や疲労を知らせることで、感情や行動、さらには意思決定にまで影響すると考えられてきました。

実際、体の声を聞くのが上手い人ほど衝動的になりにくい、あるいは有利な選択をしやすい、という報告はいくつも積み重なってきました。

なかでも印象的なのが、ロンドンの金融トレーダーを調べた研究です。

自分の心拍を正確に当てられる人ほど、市場で長く生き残っていたという結果が報告されています。

内面に耳を澄ますことができる人は、危ない橋を渡らずに済んでいる——そんな証明にも思えます。

ところが、この見方には落とし穴がありました。

体の声が聞こえるから慎重になれるのか、それとも慎重な性格の人がたまたま体にも敏感なのか。

「卵が先か鶏が先か」の問題のように、どちらが先かを断言できなかったのです。

そこで今回研究者たちは、参加者たちの体に物理的な刺激を与えて確かめることにしました。

調査にあたってはまず、健康な男女47人が集められ、最終的に44人分のデータが分析されました。

そして体幹を締めるインナーを着る日と、ゆったりした服で過ごす日を、1日ずつ体験してもらいました。

またどちらを先に着るかはランダムとされました。

こうすると同じ人が両方の条件を経験するため、性格や体質といった個人差の影響を、大きく取り除けます。

そのうえで、参加者はリスクを測るゲームに臨みました。

画面には32枚のカードが並びます。

当たりを引けば得点、外れを引けば失点。

参加者は「何枚めくるか」を自分で宣言します。

多くめくれば得点は伸びますが、外れを引くと、あらかじめ示された点数を失います。

そのため宣言した枚数が、そのままその人のリスクの大きさになります。

結果、胴体を締めた日、参加者がめくると宣言したカードの枚数が減ったことが判明します。

参加者たちがめくっていたカードはおおむね13〜14枚でしたが、胴体を締めた日は1枚ほど(率にすると1割弱)減っていました。

なお、男女に分けて追加で解析したところ、男性への効果は不確かだったものの、女性に限れば1.7枚ほど(1割強)減っていました。

(※ただし性差については事前の研究計画にない事後解析で、「男女で効果が違う」ということ自体は、統計的に確かめられているわけではありません。そのため論文でも「人間全体(被験者全体)」では胴体を締めるとリスクをとらなくなるという因果関係が示されているという結論になっています

判断を動かしていたのは、心臓より胃の信号でした

Credit:Canva

では、なぜ慎重になったのでしょうか。

この研究では、水をどれだけ飲めるかで“お腹の感覚の鋭さ”を測る課題も行われていました。

その分析を進めると、締められた参加者の体では、お腹からの信号を感じ取る力が、鋭くなっていたのです。

しかも締めた日には、お腹の満腹感を聞き分ける力が鋭い人ほど、リスクを避けていました。

では、押されるとなぜ信号が強くなるのでしょうか。

うるさい部屋では、時計の秒針は聞こえません。

ところが深夜、静まり返った部屋で横になっていると、あの音が嫌になるほど耳につきます。

秒針の音量は、まったく変わっていない。

変わったのは、周囲との差です。

体の中でも似たことが起きていると考えられます。

ふだん胃から届いている微弱な報告は、他の刺激に埋もれて意識に上がってきません。

そこに外から圧をかけると、胃の膨らみをより感じ取りやすくなった、と考えられます。

その結果、ふだんは埋もれていたお腹の声が、判断の材料として使える大きさに達したのだと考えられます。

しかし、まだ肝心なことが残っています。

お腹の声が大きくなると、どうして判断のほうが変わるのでしょうか。

研究者たちが挙げる仮説の1つは、危ないときに理屈抜きで起こる体の反応です。

危ない選択肢を前にしたとき、人は考えるより先に体が反応します。

胃がきゅっと縮む。

手のひらが冷たくなる。

この反応が「なんとなく嫌な感じ」という目印になって、判断の中に混ざり込むという考えです。

これをソマティック・マーカー仮説と呼びます。

つまり体は、判断の後で反応しているのではありません。

もともと体は先回りして、票を投じていました。

この考えに沿えば、今回は圧迫によって内臓からの信号や体への注意が強まり、その一票が重くなった——そう考えられています。

ただし、今回確かめられたのは「補正下着で胴体を締めると、カード課題でリスク選択が減った」という因果関係の部分であり、その先の生物学的なメカニズムの解明には至っていません。

また締められて本当に胃の感覚が鋭くなったのか、それとも締め付けの不快感で体に注意が向いただけなのかについても、研究者たち自身、この二つをまだ区別できていないと認めています。

それでも今回の研究は、体と判断の関係をめぐる研究の見取り図を一歩進める研究だと言えます。

かつては「体の声を聞ける人は、良い判断をするのか」という視点が主でしたが、今回の研究は「体の声を大きくすれば、判断は変えられるのか」という部分に切り込んだからです。

腹をくくる。

肝が冷える。

腑に落ちる。

私たちが内臓の言葉で語ってきた判断のありようは、想像よりずっと物理的なものなのかもしれません。

少なくとも、胴体を少し締めるだけで動いてしまう程度には。

元論文

Body core compression enhances interoception leading to altered risk choices
https://doi.org/10.1016/j.biopsycho.2026.109290

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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