1. トップ
  2. 長刀鉾の稚児(ちご)・長谷航太郎さん。祈りをつなぐ夏ー祇園祭と家族の物語【前半】

長刀鉾の稚児(ちご)・長谷航太郎さん。祈りをつなぐ夏ー祇園祭と家族の物語【前半】

  • 2026.7.16
撮影=星野裕也

1150余年にわたり受け継がれてきた「祇園祭」

平安時代の869(貞観11)年、疫病封じを祈願したことに始まる京都の祇園祭。

1200年近く続いてきた伝統の祭りが、2026年の今年も7月1日から1カ月にわたり執り行われます。今年、前祭(さきまつり)の山鉾巡行で先頭を行く長刀鉾に乗り、神の使者を務める稚児(ちご)には、小学3年生の長谷航太郎さんが選ばれました。7月1日には、八坂神社にて祭りの無事を祈る「お千度(せんど)の儀」に臨みました。

儀式の前、稚児は神の使いとして白化粧が施される。 撮影=星野裕也

【7月1日】祭礼の無事を祈る「お千度の儀」へ

「お千度の儀」の支度をする稚児の長谷航太郎さんと着付けをする稚児係の井尻浩行さん(左)。 撮影=星野裕也


「お千度の儀」は、祇園祭の始まりを神前に奉告し、祭礼の無事を祈願する神事。長刀鉾の稚児と、その補佐役である禿(かむろ)が白塗りの姿で八坂神社本殿を時計回りに3周します。この3周は、千度参りと同じ功徳があるとされる古くからの習わしで、祭礼の成功と山鉾巡行の安全を祈願します。

祖父から孫へ受け継がれる、お稚児さんの務め

7月1日に八坂神社で行われた「お千度の儀」。稚児の長谷航太郎さん(中央)、禿の小学4年生の長谷恭佑さん(右)と築地啓太さん(左)とともに。 撮影=星野裕也



白塗りをし、衣装を身につけた航太郎さんの手を携え寄り添うのは、父の拓治郎さんと祖父の幹雄さん。大役が決まった時、拓治郎さんは、祖父幹雄さんの思いが叶ったと感慨深く受け止めたそうです。というのも、幹雄さんは69年前、9歳の時に稚児を務め、航太郎さんが生まれた時から「いつか孫も」の思いを口にしていたそうで、ご両親はこの日を思い描いていたと言います。

「お千度の儀」。神妙な面持ちで八坂神社の本殿を参拝する稚児の航太郎さん。 撮影=星野裕也

「息子は緊張するかなと思いましたが、クラスのみなさんや先生から『応援してるよ』と言っていただき、何事も楽しみポジティブに取り組んでいます。“マネージャー役”である私は、そんな航太郎を父が楽しそうに見ているのをうれしく思っています」と、拓治郎さん。

長刀鉾保存会にて、航太郎さんと、父・拓治郎さん、母・亜希さん。 撮影-星野裕也

毎日一緒に坂道ダッシュを続け、心身ともに強くなる我が子に驚いているとか。「弟思いの優しい子ですが、受け答えもしっかりとしてきて日々成長しています。貴重な機会をいただきました」と、家族を支える妻の亜希さんも話します。

航太郎さんは「本物の刀を持つのが楽しみ」と無邪気に語りながら、祖父の経験を知り「しっかり頑張りたい」と、さまざな行事にひたむきに取り組んでいます。

「決まった時はとてもうれしかった。父母の仏壇にも報告をしました」という祖父・幹雄さんは、自身の時のことをよく覚えているそうで、馬に乗って町を行く社参の儀、京都御所への訪問も印象に残っています。

1957年、9歳の時に稚児を務めた祖父・幹雄さん。当時の様子を懐かしく振り返る。 撮影=星野裕也

「昔もいまも稚児は祭りの華。しっかり務めてもらいたいし、祇園祭は京都の誇りですから、お祭りについてこの機会によく知って、伝統をつないでいってほしいと思います」と、行事を受け継ぐ大切さを伝えようとしています。

八坂神社で執り行われる「お千度の儀」へ向かう前、長谷家3世代で。 撮影=星野裕也

稚児の装束も、祖父・幹雄さんから孫・航太郎さんへ

航太郎さんが各儀式で身に着ける装束は、幹雄さんが69年前の稚児を務めた時に着用したもの。丁寧に手入れを重ねながら、家族の歴史とともに保存されてきました。古きよき時代の染織技術と意匠が息づく見事なきものは、今年の祇園祭の見どころの一つです。

「お千度の儀」で航太郎さんが着用した夏用の装束。透け感のある生地に、優雅な飛鶴文様が描かれた格調の高い一枚。 撮影=星野裕也
鶴を大胆に配した意匠。余白を生かした構図と金銀彩が涼感を演出し、祭礼装束らしい華やかさ。 撮影=星野裕也
「吉符入りの儀」で着用した装束。色とりどりの竹の文様が大胆に描かれている。 撮影-星野裕也
カラフルな竹に金や銀の丸紋も散りばめられた、古典的でありながらモダンで華やかなデザイン。 撮影=星野裕也



【7月3日&5日】山鉾巡行に向けた「稚児舞(ちごまい)稽古」と「吉符(きっぷ)入りの儀」

7月3日には、長刀鉾の会所で「稚児舞稽古」が行われました。

「稚児舞」とは、7月17日の山鉾巡行の日に、鉾の上で披露される舞のことです。特に、巡行の際に長刀鉾の上で舞われる「太平の舞(たいへいのまい)」を指し、その舞を身に付けるために稽古が行われます。長刀鉾に乗る「生稚児(いきちご)」は神の使いとされ、祭りの重要な役割を担っています。現在、実際の子ども(生稚児)が鉾に乗るのは長刀鉾のみです。

「稚児舞稽古」では、扇の扱い方や足運びや姿勢、腕や体のゆったりとした動きや所作、お囃子に合わせた間の取り方などを学びます。見た目は静かで優雅な舞ですが、鉾の上という高い場所で、多くの観衆に見られながら正確に舞う必要があるため、細かな所作を繰り返し練習します。

長刀鉾の会所で行われた「稚児舞稽古」の様子。 撮影=星野裕也
「稚児舞」の優雅な所作やタイミングを繰り返し稽古する。 撮影=星野裕也
衝立を鉾に見立て、「太平の舞」の稽古をする。 撮影=星野裕也

7月5日の「吉符入りの儀」では、鉾に見立てたビルの2階から四条通に向かって、お稚児さんが関係者の前で舞を披露。この舞は、巡行本番で長刀鉾の上から披露される「太平の舞」へ向けた重要な一歩となるのです。堂々とした稚児の姿に、沿道の人々が見入っていました。

雨のなか執り行われた「吉符入りの儀」。 撮影=星野裕也
航太郎さんは、祖父・幹雄さんが稚児を務めた際に着用した同じ着物でのぞんだ。 撮影=星野裕也
「太平の舞」で、桧扇状の拍子木を交差させる所作を披露。 撮影=星野裕也

稚児に寄り添い、祇園祭を未来へつなぐ「稚児係」の存在

稚児係をはじめ、関係者が「吉符入りの儀」に向けて支度を整える。 撮影=星野裕也

そんな稚児たちに常に寄り添い、祭りの意義を伝えながら、舞や所作の指導、心身のケア、家族へのサポートまで担っているのが、稚児と囃子方の経験をもつ井尻浩行さんです。井尻さんは25年にわたり、この「稚児係」のご奉仕を続けています。

「年齢やお住まいの近さ、神事へのご理解などを踏まえながらお声掛けをし、ご縁のあるお子さんにお稚児さんを務めていただきます。お稚児さんが儀式を経る度に成長されるのを、私たちはそばで感じることができます」。

気を付けているのは「大人のペースだけで進めてはいけないということ」。自身の経験を生かして稚児や家族に、祇園祭の伝統や儀式の一つひとつの意味を伝えていきます。「科学も医療もない時代に、疫病を封じ、町を浄化しようと願い、町衆が継いできた祇園祭の意義や伝統を知らせていきたいですし、それをまた次に伝えてほしい」と、井尻さん。伝統を継ぎ誠心誠意、祭りに奉仕する人々の熱い夏が始まっています。

「稚児舞稽古」を終えた稚児の航太郎さん(中央)、禿の長谷恭佑さん(左)、築地啓太さん(右)。 撮影=星野裕也

撮影=星野裕也 取材・文=大喜多明子 編集=吉岡尚美(本誌)

〇選りすぐりの記事を毎週お届け。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ