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「かつて日本代表は韓国の敵ではなかったのに…なぜ日本に追い抜かれた」韓国レジェンド、『立場逆転のワケ』を力説

  • 2026.7.4

日本代表も参戦した今大会のワールドカップには過去最多となる48チームが出場している。

アジア勢は9チームが出場したものの、すでに全滅となった。

グループステージを突破したのは日本とオーストラリアだけで、その両チームも決勝トーナメント1回戦を勝ち抜けなかった。

日本は強豪オランダと引き分けるなどグループ2位で突破したものの、王国ブラジルに敗れて敗退。

一方、韓国は1勝2敗でグループステージを突破することさえできず、激しい批判に晒されたホン・ミョンボ監督は辞任に追い込まれた。

そうしたなか、元韓国代表のチェ・スンホは、『The Fact』で、このような思いを吐露していた。

「日本はかつて3点差で勝利した相手から、韓国を凌駕する存在へ。かつて日本は韓国の敵ではなかった。我々は今、何を学ぶべきか?

私は1980年に初めて代表ユニフォームに袖を通してから、1991年までの約12年間で日韓戦を15試合ほど戦った。

率直に言って、当時の日本は韓国の敵ではなかった。我々が2~3点差で勝利するのが普通だった。

技術、闘志、経験、自信といったパフォーマンス面において、韓国が圧倒的に優位にあった。

当時の韓国選手たちにとって、日韓戦は絶対に勝たなければならない試合だったが、それと同時に勝利は手の届くところにあるという確固たる信念があった。

だが、サッカーにおいて、過去の勝利は、将来の成功を保証するものではない。この事実を最もよく体現しているのが日本だ。

韓国は1983年にプロリーグを発足させると活性化に注力していた一方、日本ははるかに長期的な視点を持っていた。

日本サッカー協会は『日本サッカー100年ビジョン』という長期プロジェクトを発表、50年以内のワールドカップ優勝を目標に掲げた。

当時は夢物語のように聞こえたが、その夢は単なる言葉だけに終わらなかった」

「その計画を政策に落とし込み、政策をシステムと結びつけ、そして、数十年にわたり揺るぎないそのシステムを維持した。

何よりも印象的だったのは、フィロソフィーの一貫性。ユースチームからフル代表まで、あらゆるレベルで統一されたサッカー哲学を共有し、コーチ育成もその方向性に沿って体系的に行われた。国際大会では若い選手を積極的に起用し、たとえ失敗してもそれを成長の糧とした。

政府と地方自治体は着実にサッカーインフラを整備し、協会は専門家の知見を尊重し、長期的な計画を維持した。経営陣やリーダーシップの交代があっても政策は安定しており、現場の声は意思決定プロセスに反映された。

結局のところ、日本サッカーの競争力は、少数の傑出した選手によるものではなく、才能を育成するために設計されたシステムから生まれたものだった。

今大会の日本はブラジルに敗れたものの、そのパフォーマンスは世界の強豪国と肩を並べるものだった。

攻守の素早い切り替え、戦術的柔軟性、高い技術力、そして、フィジカルを補うスタミナと自信の融合――これらはすべて、長年の努力の賜物だった。敗れはしたものの、日本サッカーが選んだ道が正しかったことが十分に証明された。

一方、韓国の現状はどうか?かつて日本を圧倒した時代の記憶は残っているが、今やその記憶だけでは現状を説明できない時代だ。

代表監督が変わるたびに哲学は変わり、短期的な結果に基づいて方針は揺らぎ、ユース育成、プロリーグ、代表チーム間の連携は薄れつつある。

サッカーはもはや個人の才能だけで成功が決まるスポーツではなく、システム、哲学、忍耐力が競争力を左右する時代だ。

『木を育てるには10年かかるが、人を育てるには100年かかる』という諺がある。

日本はその長期的なプロセスを信じ、最終的にその成果を手にした。

我々はかつて日本より強かった時代を懐かしむのではなく、なぜ日本に追い抜かれたのか、その理由を冷静に見つめ直さなければいけない。

サッカーは嘘をつかない。成長は準備に比例し、投資に見合った成果が得られる。

日本サッカーが我々に教えてくれる最大の教訓は、勝敗ではなく『持続可能性』だ。

今の韓国サッカーが必要としているのは、新しいスローガンではない。協会会長や監督が誰になるかといった問題を超えて、20~30年先を見据えた国家的なビジョンと、揺るぎない哲学が必要だ。

これこそがアジアの頂点に返り咲くための最短ルートであり、グローバルな舞台で戦うための唯一の解決策だと信じている」

長期的な目標を掲げてそれに取り組んできた日本との差を実感する結果になったととらえているようだ。

65歳のチェ・スンホは、1986年と1990年のワールドカップに出場するなど韓国代表として97試合に出場したレジェンドで、韓国が強かった時代を知る人物ともいえる。

筆者:井上大輔(編集部)
画像提供:Getty Images

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