1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. そもそも銀塩写真って?大判カメラって何がエラい?今さら聞けない杉本博司の写真術Q&A

そもそも銀塩写真って?大判カメラって何がエラい?今さら聞けない杉本博司の写真術Q&A

  • 2026.7.3
写真家・鈴木 心から知る。今さ聞けない杉本写真術Q&A

解説:鈴木 心(写真家)

すずき・しん/1980年福島県出身。6万人近くを撮影してきた〈鈴木心写真館〉や1,000名以上が修了している〈鈴木心写真学校〉も主宰。杉本の公式YouTubeチャンネル『HIROSHI SUGIMOTO 杉本博司』を制作・撮影。

Q.そもそも銀塩写真ってなんですか?

A

「ハロゲン化銀」を用いた写真技術です。

銀塩写真は、ハロゲン化銀(銀塩)を感光乳材としてフィルムや湿板、印画紙などの支持体に塗布し、光を当てることで像を記録する技術です。銀塩写真のうち、支持体にフィルムを使うものがフィルム写真。フィルムを現像し、印画紙に焼き付けたものをプリントと呼びますが、この印画紙にもハロゲン化銀が塗布されています。

Q.「ゼラチンシルバー」の「ゼラチン」って?

A

銀塩写真の要です。

ゼラチンシルバープリント=銀塩写真。フィルムや印画紙の上にのせる感光乳材は、ゼリー状のゼラチン層の中に、光センサーであるハロゲン化銀の粒子が無数にちりばめられた構造体です。モノクロフィルムはここが1層で、カラーはR(赤)・G(緑)・B(青)という異なる光の波長をキャッチする3層がミルフィーユ状になっています。

Q.フィルム写真ってなんかいい、のはなぜ?

A

フィルムは物理的な厚みを持つ立体空間。写真に奥行きや立体感を生み出すからです。

デジタル写真の場合、光を受け止めるセンサーは平面。規則正しく並んだ画像素子が、光を分解して信号に置き換えます。一方、フィルムは物理的な厚みを持つ立体空間。ハロゲン化銀が捉えた光量子が「潜像核」を形成し、奥行きを持って記録されるんです。これが圧倒的な階調を生み出す源泉となり、写真に「物」としての力が宿る。銀塩写真の一番大きな魅力です。

Q.銀塩写真が得意なことは?

A

光を潤沢に記録することです。

立体層のネガフィルムは光の明暗を受け止める許容範囲が大きく、まぶしい光から真っ暗な影までを破綻せずに記録できます。また、ゼラチン層のハロゲン化銀粒子が、ランダムに配置されていることも重要。弱い光は表層の粒子だけに反応して柔らかなグレーを生み、強い光は深層の粒子まで到達して力強い黒を生む。物理的な厚みが、滑らかな光の階調と立体感、ある種のアナログ感にもつながります。

デジタルのセンサーは光の明暗に対するバッファが狭いので、〈劇場〉のような、極端に明るい光と暗い闇が同居する美しい階調を出すことが、基本的には難しいんです。

Q.写真における「プリント」の定義がわかりません。インクジェットプリントとは違うもの?

A

フィルムに立体的に記録された画像を印画紙の上にも「立体的に」記録したものです。

写真フィルムに記録された画像は明暗が反転した「ネガ(陰画)」。これを、目で見ているのと同じ明暗の「ポジ(陽画)」として記録する作業が現像です。ネガフィルムに電球光を当てて発生させた立体的な光を、暗室の中で、印画紙の上に立体的に焼き付ける(この時、通常はフィルムより大きな像を得るために、引き伸ばし機で拡大投影した像を記録します)。

つまり「プリント」は、紙の上にも立体的に光が記憶されたもの。メカニズムは目に見えないけれど、物質感はプリントを通してダイレクトに体験できるんです。

Q.映画1本分を長時間かけて撮影する〈劇場〉はどうして全然ブレていないの?

A

写真家が持ち続けているクオリティへの執念とただごとではない努力の賜物です。

長い時は2時間以上もある映画1本分を、長時間露光で撮影する〈劇場〉。撮影時は、観客やスタッフの動きも影響してしまいます。杉本さんは8×10のフタを手に持ってレンズの横で待機。突発的な動きを察知した瞬間に光を遮断するそうです。

中でも大変なのは屋外のドライブインシアターで行う場合。庭師さんが使うような背の高い脚立にカメラをのせて撮影するのですが、風で脚立が揺れたり車のヘッドライトが当たったりしたら台なし。そこで、瞬間的にレンズを覆うためのフタを自作して取り付け、長い針金で地上からパカパカ開閉できるようにしたそうです。撮影後はすぐホテルへ戻って浴室でテスト現像し、ピントやブレを確認。修正点があれば翌日また撮影。

完璧なネガができるまで何日でも繰り返すのですが、上映作品が変わると露出も変わるので、イチからやり直し。作品からはそういう苦労が感じられない点も、杉本さんらしさですよね。

Q.写真の個性は何で決まるの?

A

まずは道具の組み合わせが大切です。

ミュージシャンが自分の思い描く音楽にふさわしい楽器を一つ一つ選んで組み合わせるように、カメラ、レンズ、フィルム、印画紙などをどう選んで組み合わせるのかが、絵作りの大きな要素。写真の場合はフィルム選びから始まることが多いと思います。

Q.フィルムやレンズ選びのポイントは?

A

色とコントラストを決めるのがフィルム。世界を捉える解像度を決めるのがレンズです。

フィルムは主に色とコントラストの担当。フィルムのブランドや種類、銘柄によって、得られる色の濃度やトーンが違い、硬い/柔らかい、粗い/密といった質感も異なります。同じ醤油でも、濃いのと薄いのがあり、甘い醤油もポン酢醤油もある、みたいなことですね。一方、現実の世界をどういう解像度で捉えてフィルムにインプットするのかを決めるのはレンズです。

Q.「エイトバイテン」って何ですか?

A

大判カメラの一つ。解像度はデジタルカメラの数十倍です。

エイト・バイ・テン(8×10)は、8×10インチ(約20×25㎝)のフィルムを使う大判カメラのこと。フィルムには画素(ピクセル)がないのであくまでも目安ですが、解像度で言うと、デジカメのフルサイズに相当する35㎜フィルムは、1,000万画素ぐらい。8×10のフィルムは5億8,000万画素ぐらいのイメージです。

Q.大判カメラって何がエラいの?

A

大判だからこその圧倒的な情報量と解像度に加え「アオリ」の技法もすごいんです。

フィルムの面積が大きく解像度が高い大判カメラ。もう一つの大きな特徴が、レンズ面とフィルム面が蛇腹でつながる構造です。「アオリ」と呼ばれる撮影技法も、この構造を生かしたもの。レンズ面とフィルム面それぞれの傾きを調整することで、建築など対象物のパースや歪みを補正したり、ピントの合う範囲を調節したりできるんですね。言ってみれば光学法則を用いたアナログな補正システム。

無限に撮り直しが利いてフォトショップなどでの修整もできるデジタルと違い、プロセスそのものに個性が出ます。

Q.杉本さんはどんなカメラを使っているの?

A

現在はRHフィリップス&サンズです。

〈ジオラマ〉など1970年代の作品制作に使っていたのは、木製カメラの最高峰〈ディアドルフ〉社の8×10です。その後、95年に導入して現在も使っているのは、〈RHフィリップス&サンズ〉社製。アルミと木でできた軽量かつ機動性の高い設計で、製造台数も少なく、シリアルナンバーが入っています。杉本さんは吟味して選んだ機材を徹底的に使い続けるタイプ。DIYで改造もしているようです。

Q.杉本さんはなぜ大判カメラを使うの?

A

滑らかな階調と解像度のためです。

例えば〈海景〉は、まぶしいほどの白から闇のような黒まで無段階の豊かな階調を待ち、景色を目で見るよりも解像度高く体感させてくれる。そういった没入感を実現するために、圧倒的な情報量を取り込める8×10の大判フィルムを使い、1m以上もある巨大プリントに焼いているのだと思います。

あの滑らかで濃密なグラデーションは、フィルムのポテンシャルを最大限に引き出す高い技術力と、銀塩写真ならではの物質感とが相まって生まれるものなんです。

Q.〈海景〉みたいな水平線、私にも撮れる?

A

うーん……撮れないと思います。

〈海景〉のほとんどは広角レンズで撮影されています。広角による歪みが出にくいのは、カメラの周囲に海がぐわんと回り込んでくるような環境。なので、世界各地をリサーチして、岬の突端のような、海に突き出した場所を探すそうです。何日も泊まり込んでテストを重ね、時間によって変わる空気の質感や空の光、海の色を確かめる。雨雲が去るタイミングを待ち、波が静まる頃合いを計り、辛抱強く待って待って待ち続ける。あの水平線は、その先に現れるのです。

Q.まるで本物の風景のような〈ジオラマ〉が杉本さんにしか撮れないのはなぜ?

A

忍者だからです(ウソです)。

「野生動物の生態をリアルに再現した自然史博物館の展示を、モノクロ写真にしたら現実っぽく見えるのでは?」というアクロバティックな発想と、それを生命の歴史になぞらえたことがとにかくすごい。

剥製や風景がボケると作り物に見えてしまうので、広角レンズでピントを深くし、20~30分の長時間露光で撮影されています。展示された風景の空と大地に極端な明暗差がある場合は、自ら黒いボードを手に動き回り、局所的に覆い焼き(光を当てる量を部分的に減らすことで、暗い部分を明るくすること)。

あるいは、館の照明のバラつきをカバーするために、懐中電灯を持ち込んで暗い箇所に光を当てるという人力戦法も敢行しています。その姿が展示ガラスに映り込んではいけないので、カメラの周囲に黒布を張り、自身は全身黒ずくめの忍者スタイルで臨んだそうです。

Q.杉本さんのお気に入りのカメラのレンズを知りたいです。

A

シュナイダー社が作る広角レンズの名作、スーパーアンギュロンです。

スーパーアンギュロンは、ドイツのレンズメーカー〈シュナイダー・クロイツナッハ〉社の名品。杉本さんは広角レンズが大好きで、そこ、広角じゃなくてもいいのでは?という時でも広角で攻めていきます。広角レンズは被写界深度が深い。つまり「ピントが合っていると感じる範囲」が広い。〈ジオラマ〉も近距離から165㎜や150㎜の広角レンズで撮られていて、だから風景や剥製がすぐ目の前にあるような迫力が感じられるんです。

広角だと画像周辺部にある立体物が外に向って流れる形に歪んでいるように見え、線の解像度も落ちがちですが、杉本さんはそのハードルを、独自に編み出した工夫や現場の状況を利用するアイデアで見事にカバーしています。

Q.フィルムカメラのサイズを決める時は何を基準に考えればよいですか?

A

印刷したいサイズから逆算してふさわしい解像度を決めてください。

フィルムの場合は、A4やA3できれいに印刷するなら4×5(シノゴ)と呼ばれる大判や機動力もある6×7、L判プリントくらいなら扱いやすい35㎜……という具合に、アウトプットに合わせて選ぶのが一般的。

ただし杉本さんは、小さなプリントでしか焼けなかったデビュー前から8×10でも撮影をしていたそうです。既に未来を見据えていたのかもしれないし、テクニックを追求したかったのかもしれません。杉本さんに限らず、写真展で写真を見る面白みの一つは、「この写真家は、この大きさ、この解像度で作品を見せたかったんだ」という絶対的なあり方を体験できるところです。

Q.杉本さんが使う印画紙にヒミツはある?

A

リッチな階調と重厚感を生むファイバーベースの印画紙です。

銀塩写真の印画紙には主に、レジンコート(RC)とファイバーベース(FB)があります。一般的にはRCが多く使われますが、杉本さんは一貫してFB。バライタとも呼ばれる昔ながらの印画紙で、手で持ってもたわまないぐらい厚いのが特徴です。RCはコートされていて扱いやすい半面、表面の反射で黒の締まりが浅く見えてしまう。

一方、コートされていない繊維質のFBは、階調がしっかり出て、モノクロ写真の重厚感が感じられます。扱いは大変ですが、〈海景〉や〈劇場〉のリッチさはFBじゃないと出せないのです。

Q.銀塩写真を屋外に展示して傷まないの?

A

「物」としての耐久性はかなり高いです。

ハロゲン化銀は耐酸化性がとても強いんです。インクジェットプリントが紫外線で褪色しやすいのに比べ、銀塩写真には物としての耐久力がある。杉本さんの作品は直島やピッツバーグなどで屋外展示されていますが、今も劣化せずクオリティが保たれています。

Q.展覧会で杉本さんの写真を味わい尽くすためのコツはありますか?

A

可能な限り写真に近づいて見てください。

展覧会では、とにかく写真に顔を近づけてなめるように見てほしい。〈海景〉の波の一つ一つまで見えてきます。近くで見てよし、遠くから眺めてよし。杉本さんの技術力の高さゆえの魅力です。

Q.銀塩写真のすごさを体感する裏技は?

A

光に透かして裏から見てみましょう。

銀塩フィルムや印画紙を用いた写真を光に透かして裏側から見ると、違う像やディテールが現れたりします。例えば、順光では黒く潰れて見えていた部分に、実は何かが写っていた……というように。これもまた、光が「立体的に」像を結んでいるから起こる現象です。

Q.〈建築〉はどうしてボケているの?

A

杉本さんが子供の頃から抱き続けている世界観の表れだと思います。

大型カメラは蛇腹を延ばしてレンズを前方へ繰り出せます。この構造を利用して、焦点の合わない像を表現したのが〈建築〉。

杉本さんいわく「ボケているのではなく、現実が溶けてイメージへ戻っていっている」そうですが、その根底には、「現実は全部作り物」「模型(という作り物)が本物っぽく見えるのはそもそも現実がフェイクだから」という杉本さんの世界観が影響していると僕は考えています。そして、現実のつがいとしての写真に完璧な説得力を持たせるためにも、写真技術を極める必要があったのでしょう。

Q.〈放電場〉はどうやって撮っているの?

A

唯一、カメラを使っていない作品です。

〈放電場〉は電流をフィルムに直接焼き付けた作品。金属板にフィルムをのせて金属の棒で高圧電流を放電したり、帯電させたフィルムを水中でスパークさせたりしています。水の成分まで研究したそうで、一番いいスパークをしたのが、数億年前のヒマラヤの塩を入れた塩水だったとか。

杉本さんによれば、「人類の起源は、海に雷が落ちた反応で生命体のきっかけが生まれたこと。その当時の海水と同じ」。〈放電場〉は〈海景〉ともつながっているんですね。

Q.チェキも銀塩写真と同じなの?

A

ざっくり捉えれば、同じです。

「支持体に現像液を塗り、露光後すぐに真っ暗な場所で現像する」というプロセスを、機体の中で行っているのがチェキなどのインスタントカメラです。現像液が閉じ込められているのは、フィルムの余白(文字が書ける白い部分)。

カメラからフィルムが排出される時、内蔵ローラーで白い部分が押しつぶされ、薬剤がフィルム全体に行き渡って現像が進む仕組みです。拡大も複製もできず感度も固定されていますが、それが“フィルムっぽさ”にもつながります。

Q.〈Opticks〉が色鮮やかなのはなぜ?

A

ポラロイドのフィルムだからです。

部屋に差し込んだ朝日を光学ガラスのプリズムを通して分光させ、その光を壁に投影して撮影した〈Opticks〉。最初はインスタントカメラのポラロイド690が使われましたが、日本での販売が終了したため、今は〈ハッセルブラッド〉のカメラに、ポラロイドフィルムが入るアダプターを付けて撮影しています。

展示ではこのポラロイドをもとに、デジタルを介して大判印画紙にプリント。つまりポラロイドがネガの役割を果たします。ちなみに、この極端に鮮やかな色はポラロイドならでは。ネガフィルムだと出しづらいそうです。

Q.杉本さんが世界で評価される理由は?

A

筋金入りのテクニックオタクだからでしょうか。

超初期から、世界を見る視線とテクニカル面での探求心がリンクしていた。だから、ブレてないか、ボケてないか、フィルムが捉えた階調をすべて引き出せているか……という技術的なチェックがすさまじい。後でレタッチできるデジタルや、なんでも作れてしまうAIの土壌では生まれ得なかった、銀塩写真だからこその職人技です。そのことがアートとしての完成度の高さを支え、「日本人らしい」という評価にもつながっているのだと僕は思います。

Q.杉本博司はどのような写真家ですか?

A

「写真をどれだけ幸せにできるのか」を自分にも我々にも問い続けている写真家。

杉本さんが言う“絶滅写真”。僕には、「銀塩写真でできることは、すべてやりきったよね」と、杉本さんが幕引きをしてくれることのように思えます。銀塩写真も喜んでいるんじゃないかな。杉本さんは銀塩写真を幸せにし続けている写真家。その作品は見る人にも「あなたは写真を幸せにできるの?」と問いかけてきます。

 

元記事で読む
の記事をもっとみる