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32年前発売→ただのベスト盤ではなかった 生活のほうが音に寄っていく1枚

  • 2026.7.11
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竹内まりや—2007年4月撮影(C)SANKEI

日曜の午後、丁寧に淹れたコーヒーの湯気の向こうから、聞き覚えのある声が流れてくる。歌う人はいつも少しだけ大人で、いつも隣にいる。声の距離が近い。この人の歌は、暮らしのなかにするりと入ってくる。

竹内まりや『Impressions』ーー1994年7月25日発売

シングルヒットをただ束ね直しただけの1枚ではない。全15曲を通して聴いたときに立ち上がるものが、明らかに「アルバム」の像を結んでいる。ベスト盤という枠に収まらないベスト盤だ。300万枚を超える売上は、その像が広くも深くも届いた証にすぎない。

贈った歌に挟まれた作者の家という設計

『Impressions』は竹内まりやの名曲を集めたベストアルバムだ。だが、収録曲を並べて眺めると、単なる寄せ集めからは遠い。全編曲は山下達郎、ライナーノーツも山下達郎の筆による。表現の輪郭を1人で決め、鳴りの隅々をひと組の耳で仕上げる。それだけで、選曲リストは1枚のアルバムとして統一された空気を吸うことになる。

3月にシングルリリースしたばかりの『明日の私』がアルバムに投げ込まれ、80年代に発表した『マージービートで唄わせて』『恋の嵐』『シングル・アゲイン』『もう一度』『本気でオンリーユー(Let's Get Married)』『リンダ』のほか、『マンハッタン・キス』『告白』『純愛ラプソディ』『家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)』などが並ぶ。そこに、他アーティストへ提供した楽曲を本人が歌い直した3曲、河合奈保子『けんかをやめて』、薬師丸ひろ子『元気を出して』、中森明菜『駅』が差し挟まる。

書き下ろしと、シングル群と、他人に贈って戻ってきた曲。三種の輪郭が混じり合いながら、1枚のなかで「作り手であり歌い手である」という彼女の立ち位置を静かに浮き彫りにする。冒頭を『けんかをやめて』で開き、終わりを『駅』で閉じる並びも意味深い。他人の声で世に出た曲を本人の声で挟むことで、アルバム全体が"作者の家"に帰ってくる設計になっている。

『明日の私』の1曲を新たに書き下ろしてベスト盤に投げ込んだ振る舞いも、この人らしい。過去の総括で閉じるのではなく、次の1曲を差し出して現在地を更新する。ベストという枠に区切りをつけないための"開きっぱなしの1曲"が、選曲の中ほどに置かれている。

洗練された編曲が声の子音に照準を合わせる

シングル群の並びは、聴き手の記憶を一気に往還させる。小粋なジャズの香りを漂わせた『マージービートで唄わせて』、聞くたびに涙がこぼれてしまう『シングル・アゲイン』、ドラマの主題歌として大人の恋を歌った『純愛ラプソディ』。ここには自身最大のヒットとなった歌もあり、生活の音量で長く流れ続けた歌もある。

すべての曲に共通するのは、街のなかにするりと溶ける気配だ。都会的な洗練が下敷きにあるのに、聴き手を突き放さない。山下達郎の編曲は、シンセもギターもコーラスも、竹内まりやの声と発音の粒に照準を合わせて配置している。ギターは声を邪魔せず、リズムが刻むところで音節を持ち上げる。歌が聴きやすい、とはこういうことだと静かに教えてくれる。

そして提供曲のセルフカバー3曲。作った人自身が歌い直したとき、曲は元のオリジナルから離れて、もう一度作者の書いた通りの表情に戻る。『けんかをやめて』は台所の勝手口で交わすような口ぶりで、『元気を出して』は年下の後輩に手渡す包み紙のように、『駅』は書いた人自身のまなざしで。歌の設計図が、作者の声で確かめられる贅沢が、このアルバムには含まれている。

台所の高さで書かれた詞が描く生活の円環

新録の『明日の私』は、日常の言葉を並べて明日を見つめ直す1曲だ。派手な起伏で押すのではなく、暮らしのなかで反芻する種類の詞に、素直なメロディが寄り添う。次に置かれた『FOREVER FRIENDS』は、時間をかけて育った友情の温度を、体温そのままに歌い切る。

『恋の嵐』はカラリと明るいポップスのなかに大人の恋の湿度を封じ込める曲、『もう一度』の切なさは戻せない時間へまっすぐ向かい、『マンハッタン・キス』は都会の孤独をキスの一瞬で描く。『本気でオンリーユー(Let's Get Married)』は結婚をユーモアのままの明るさで綴り、『告白』は打ち明ける前夜のためらいそのものを歌にする。『リンダ』は少しだけ伸びやかで色気のある色を差し込み、『家に帰ろう(マイ・スウィート・ホーム)』は家庭を持つことの祝祭で全体を締める。恋・別れ・友情・家庭・自立が、生活の色ごと、ひとつの円環に収まっている。

彼女は、家庭の時間軸で歌を書き続ける人だ。台所や食卓や車のなかにある高さで詞を書き、歌の子音を邪魔しない滑らかさでメロディを運ぶ。声は張らず、しかし芯は通っている。書くことと歌うことの境目が薄く、その薄さが聴き手の耳と心にすっと入る。

生活のなかで書かれた詞は、聴き手の生活のなかへ戻っていく。恋の始まりも、破局も、結婚も、家庭も、すべてが読者の側の温度で受け取れる語彙で書かれている。特別な事件を派手な言葉で書くのではなく、誰の日々にも訪れる場面を当たり前の言葉で書き切る。普遍的、とはこういうことだ。

節目のたびに棚の手前へ戻ってくる声

このアルバムは、時が経つほど棚の手前に戻ってくる種類の1枚だ。新譜だった頃も、10年後も、20年後も、家のスピーカーから流れれば、その日の空気の色にすっとなじむ。曲が古びるのではなく、生活のほうがこの音に寄っていく。

ベスト盤とは普通、当時のヒット曲をひとところに集めた記念写真の役割を持つ。だが『Impressions』は、その枠を出て、その後の日々に立ち会うためのアルバムになった。書いた人が歌い、隅々まで作り込んだ人が編曲し、聴いた人の暮らしのなかに長く置かれ続けた。300万枚を超える数字は、その結果にすぎない。もっと重要なのは、その1枚を、何かの節目でもう一度取り出したくなる人の多さだ。

歌い継がれる、というのはこういうことだ。誰かの声で受け継がれるだけではなく、同じ声のまま、同じ音のまま、聴き手の側に長く居続けること。彼女の声は、季節や時代の色が変わっても、その先で待っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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