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「塾代も家も親頼み」最強の母に感謝していた私。援助と引き換えに『失っていたもの』にハッ

  • 2026.6.23

家の援助や、子どもの教育費──。ずっと支えてくれていた母親に、Aちゃんは心から感謝していました。けれど、子どもの成長とともに、その距離感が徐々に苦しくなっていって──。今回は、友人Aちゃんがポツリと漏らした“本音”をご紹介します。

画像: ftnews.jp
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なんでもできる人

母は、地元では有名な英語塾を経営しています。
私が小さい頃に父と離婚してから、母はひとりで会社を大きくしながら、私を育ててくれました。

仕事ができて行動力もある。私は昔から「なんでもできる人」として尊敬していました。

大人になってからも、その関係は変わりませんでした。

私の子育ても全力で支えてくれて、子どもの受験塾代や英語レッスン代、進学後の生活費まで援助してくれていたのです。

家を建てるときにも助けてもらいました。「ここまでしてくれる親なんて、なかなかいない」と、感謝しかありませんでした。

母とは頻繁に海外旅行にも行っていて、周りから「仲がいいね」と言われることも多かったのです。

増えていった“口出し”

ただ、子どもが成長するにつれ、少しずつ空気が変わっていきました。

最初は、「勉強してる?」「英語は続けたほうがいいよ」といった声かけ程度だったのです。

でも、だんだん細かくなっていきました。
成績や勉強時間、食生活、スマホの使い方まで、気にするようになっていったのです。

最初の頃は、「子どものことを思って言ってくれている」と受け止めていました。

実際、母はずっと教育の世界で生きてきた人です。経験も知識もあるから、言っていることは間違っていないのでしょう。

それでも、プレッシャーを感じるようになっていきました。

さらに、その言葉は夫にも向くようになります。

“感謝している”からこそ難しい

夫は、「勉強だけがすべてではない」という考え方です。
そのため、母の価値観との間で戸惑う場面が増えていきました。

私自身も、「そこまで言わなくても」と思うことがあっても、強く言い返せません。
だって、ずっと助けてもらってきたからです。

経済的にも、子育ての面でも、たくさん支えてもらいました。だからこそ、「もう少し自分たちのペースでやりたい」と言いづらいのです。

ある日、ふと気づきました。

もしかしたら私は、“親離れ”ができていなかったのかもしれない。
そして母も、“子離れ”ができていなかったのかもしれない、と。

もちろん今でも感謝しています。
母のことは尊敬していますし、嫌いになったわけではありません。

ただ、“支えてもらうこと”と“頼りきりになること”は違うのだと、今になって少しずつ感じるようになりました。

どんなに仲が良くても、家族だからこそ難しい距離感がある。
最近は、そんなことをよく考えるようになりました。

【体験者:40代女性・主婦、回答時期:2026年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。

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