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<何でも自分が一番という妹>【言いなりだった姉】の堪忍袋の緒が切れた“妹の許せない一言”は、、、

  • 2026.6.18

筆者の友人・N美には2歳年下の妹がいます。N美は幼い頃から自分よりも妹を優先する両親に寂しさを感じていました。そんな家庭環境がN美の妹に『常に自分が一番』と思わせるきっかけになってしまったようで──。

画像: ftnews.jp
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妹のF加は小さい頃から身体が弱く、両親はF加の心配ばかりしていました。
幸いなことに私は身体が丈夫で、体調を崩すこともほとんどなかったため、両親は常にF加を優先。

そのせいか、F加には年齢を重ねるにつれ『私が一番』『周囲の人は私を助けて当たり前』という言動が増えていきました。
私のことを見下したり、こき使ったりすることも多く、私はモヤモヤするものを抱えていたのです。

結婚

F加は私よりも先に結婚。
お相手は地方で会社を経営する一族の息子で、玉の輿だと両親も親戚も大喜びしていました。

それから数年後に私も結婚。
男の子を授かったものの、数年後に夫の女性関係が原因で離婚してしまいました。
F加はそんな私をさらにバカにするようになり、たまに連絡をしてきても、自分の自慢話ばかり。

「お姉ちゃんは昔からダメなところが多かった」「私みたいになれたら良かったのに」などと言われたため、私は自然と距離を置くようになっていました。

暴言

息子が高校に進学するときのこと。
経済的に余裕がないことを理解していた息子は、行きたかった私立高校を諦めて公立高校へ進学することを決めてくれました。

ちょうど同じころ、F加の娘がドイツへ留学することになったという連絡が……。
F加は「やっぱり子どもにいろいろな経験をさせてあげるのが親の役目」と言い出しました。
息子の話をすると「分相応」「S君(息子)はどうせ高卒になるんだからそれで十分」と私どころか息子までバカにしたような言い方をしたのです。

決断

私はF加の性格をわかっていたつもりでしたが、息子のことまでバカにされるとは思いませんでした。
さすがに腹が立った私は「そこまで言われる理由はない」と伝え、F加との関係を切ることを決めました。

F加は『自分が一番大切にされるべき存在』という意識を、小さい頃から植え付けられ、そのまま大人になってしまったのかもしれません。
たった二人の姉妹なのに、私はとても残念な気持ちです。

それからもF加からは定期的に連絡が来ますが、私はもう付き合うつもりはありません。

【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:RIE.K
国文科を卒業し、教員免許を取得。OLをしていたが、父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄、多くの『ちょっと訳あり』な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。シングルマザーとして子どもを養うために、さまざまな仕事の経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地・職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。

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