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「貧乏くさくて恥ずかしい」母の節約を嫌った私が、家庭を持って猛省したワケ

  • 2026.6.15

幼少期に“ケチ”だと思って反発していた母の節約習慣。
でも大人になり家庭を持った今、暮らしのなかでその意味を実感する瞬間が増えていくことに──。
今回は筆者の知人から聞いた、母の想いがじんわり心に響くエピソードをご紹介します。

画像: 「貧乏くさくて恥ずかしい」母の節約を嫌った私が、家庭を持って猛省したワケ

何でも節約する母

私の母はとにかく“節約命”の人でした。

小さなことでも無駄を嫌い、家のなかでは常に節電・節水が当たり前。

使っていない家電のコンセントは即抜いたり、冷暖房の設定温度もとても厳しく管理されていたりしました。

外出時は必ず水筒を持たされ、自販機でジュースを買うなんて論外。服もほとんどが親戚や近所のおさがりでした。

不満

「節約はケチじゃない」
「工夫して暮らすってことよ」

今思えば、母の節約には明確な目的がありました。

父の収入が不安定だった時期があり、教育費と緊急時のための貯蓄を最優先にしていたのです。

娘3人が希望した習いごとは何でも通わせてくれ、田舎から都内への大学進学も“諦めさせないため”に毎日の小さな出費を徹底的に抑えていた母。

私たちに我慢をさせてまで節約したのは、将来の選択肢を減らさないための“先回りの配慮”でした。

とはいえ、当時の私はどうしてもその意見に賛同はできず……。

特に思春期には、母の努力を想像することもせず「どうしてうちだけこんなに細かいことばかり気にしなきゃいけないの?」と、母の工夫を「貧乏くさい」と切り捨てて噛みついてしまったことがあります。

そんな私を困ったようなほほえみを浮かべながらなだめる母の表情が印象的でした。

同じ立場になり分かったこと

あれから時が流れ、私も家庭を持ち、子育てと仕事に奮闘しています。

物価が上がり続け電気代やガス代も家計を圧迫するなか、ふと母の節約術を思い出すことが増えました。

電源タップのスイッチをこまめに切ること。飲み物を家から持っていくこと。すぐにサイズアウトする服や学用品は、フリマアプリや譲り合いで十分まかなえること。

そうした細かな節約の結果毎月の固定費と雑費がじわじわ下がり、赤字不安が薄れ、心に少し“余白”が生まれるのを感じています。

当時はただ『恥ずかしい』と感じていた節約も、今では暮らしを支える大切な土台だったと気づいた私。

お金に少し余裕があることで急な出費にも慌てずに済み、その安心感は家族の会話や日々の空気にも落ち着きをもたらしました。

また、まとめ買いや作り置きをすることで毎日の小さな迷いが減り、家で一緒に過ごす時間も自然と増加。

日々のジュースや細かな贅沢を我慢した分、旅行や誕生日の外食など、本当に大切な体験には遠慮なくお金を使うことができ、家族の記憶に残る時間を作れました。

そして、節約によって教育費を確保できたことで、進路の選択肢を狭めずに済み、子どもが何も気にせず未来を選ぶ力にもつながっていると思います。

節約術は生きる術

母は家計を守るだけでなく、私たちに“無理せず賢く生きる力”を身につけさせてくれていたのだと今になってようやく理解できました。

節約は、ただの我慢ではなく、“いかに工夫して豊かに暮らすか”の知恵と学んだ私。

母がくれたその知恵は、今の私と家族の暮らしを支える大きな財産になっています。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:一瀬あい
元作家志望の専業ライター。小説を志した際に行った女性への取材と執筆活動に魅せられ、現在は女性の人生訓に繋がる記事執筆を専門にする。特に女同士の友情やトラブル、嫁姑問題に関心があり、そのジャンルを中心にFTNでヒアリングと執筆を行う。

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