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ケニー・ロバーツを倒したV3の革命児 1983 HONDA NS500

  • 2026.6.14

1978年の月刊誌創刊以来、RIDERS CLUBは数多くのバイクを撮影し、その時代の最先端テクノロジーや試乗インプレッション、そして機能美を伝えてきた。その膨大なアーカイブの中から、今なお語り継がれるレジェンドマシンを厳選。当時の誌面に刻まれたインプレッションとマシン解説を再構築し、現代の視点からその価値を振り返る。

PHOTO/T.HOASHI

TEXT/RIDERS CLUB

勝利の先にあった“つながり”の思想

1983年、Honda NS500はロードレース世界選手権500ccクラス最終戦サンマリノGPで、メーカーズタイトルとフレディ・スペンサーによるライダーズタイトルを同時に獲得した。

この快挙は単なる選手権制覇ではない。今日の視点で振り返れば、「速いマシンとは何か」という問いに対する一つの答えを示した出来事だった。

当時の500ccクラスは、ケニー・ロバーツ率いるYAMAHA YZR500が王座に君臨していた。Hondaはその牙城を崩すため、ピークパワーだけを追い求めるのではなく、ブレーキングからコーナリング、そして加速までを一連の流れとしてつなげる設計思想を追求した。

1983年型NS500は、前年型と外観こそ似ていたが、その走りはまったく異なるものだった。軽くリーンしただけで自然に旋回へ入り、S字では最小限のライダーアクションで方向を変えていく。ライダーの入力を減らしながらコーナリングスピードを高めるという考え方が、フレーム、サスペンション、タイヤ、エンジン特性に至るまで貫かれていた。

1983 HONDA NS500
1983 HONDA NS500

この「小さく動かして大きく曲がる」という感覚は、現代のMotoGPでも重要視されるターンイン初期の応答性や、立ち上がりでのライン自由度にも通じるものだ。電子制御を持たない時代に、NS500はライダーの入力だけでその領域へ迫っていたのである。

その背景には、NR500開発で培われた軽量化と低重心化、そして質量集中の思想があった。4ストロークV型4気筒で限界に挑んだHondaは、2ストロークV型3気筒へと転換し、実戦の中で理想の形を磨き続けた。

1983年型では過渡特性を徹底的に滑らかに整え、スロットル開度に対する出力特性をよりリニアなものへ進化させた。広いパワーバンドはライダーの負担を減らし、300km/hを超えるGPマシンでありながら精神的な余裕を与えていた。

現代のMotoGPマシンやスーパースポーツがトラクションコントロールや各種電子制御によってライダーをサポートするように、NS500もまた「怖さを減らして速さを引き出す」という発想の原型だったと言える。

旋回特性も大きく進化した。前年型が「深いリーンで強烈に曲がる」マシンだったのに対し、1983年型は「浅いリーンで素早く向きを変え、早く立ち上がる」方向へシフトした。

一発の速さではなく、レース全体を通して平均速度を高めるための思想である。

1983 HONDA NS500
’82年型からの変更点として挙げられるのは、後方2気筒から出る2本のエキスパンションチャンバーのテール部分がクロスしていないこと、メインフレーム左側にマウントされていないこと、そしてACG式CDI点火の採用によりバッテリーが取り外されたことだ。さらに、それまでリアショックユニット下に一体化されていたリザーバータンクが、フレーム右側へ移設されている。細部に目を向けると、後方2気筒の排気側にはATAC用の小さな2つのチャンバーが設けられ、それを開閉するバルブとリンク機構も確認できる。フレーム関係に大きな変更はない。V型3気筒エンジンはもともと幅が狭く、そのコンパクトなエンジンを中心に、あらゆる部品を可能な限り近づけて配置することで、徹底した重心集中化が図られている点にも注目したい。その思想は、エキスパンションチャンバーのテール部分で板厚を薄くして慣性モーメントの低減を狙うなど、細部にまで及んでいる。フロントタイヤは低プロファイル化され、リアタイヤに近い形状を採用。通常であれば非常に重いハンドリングになりやすい組み合わせだが、NS500は軽快かつニュートラルな操縦性を実現している。もちろん、その一方で強大なグリップ性能も獲得していた。

エンジンはV型3気筒。中速域の厚いトルクと高回転域の伸びを両立し、ATAC(可変排気共鳴機構)によって1万1000rpm超まで淀みなく回転を続けた。

キャブレターはφ36mmを中心としたセッティングを採用し、全域で扱いやすさを重視。1983年からは市販レーサーRS500Rとのコンポーネント共有も進められ、GPで培われた技術を広く展開する体制が整えられていった。

シャシーも徹底した質量集中化が図られた。エンジン搭載位置を見直し、チャンバーは後方ほど板厚を薄くして慣性モーメントを低減。中央気筒チャンバーの取り回しも変更され、左右バランスと質量集中を高いレベルで両立している。

さらに前後16インチホイールを採用しながら接地面積を増大。タイヤ性能を中心に据えた設計思想は、現代レーシングマシンにも通じる考え方だった。

リアサスペンションにはプロリンクを採用し、リザーバータンク配置まで熱対策を考慮。フェアリングやシートカウルも軽量化と剛性確保を両立させている。

またHondaは当時からカーボン素材の可能性にも着目していた。ホイールやリアブレーキディスク、スイングアームなどで実戦テストを重ね、軽量化による応答性向上を追求していたのである。

1983 HONDA NS500
1983 HONDA NS500

タイヤはミシュラン製スリックを装着。超偏平プロファイルによって浅いリーン角でも高い旋回力を発揮し、切り返しの軽快さにも貢献した。

当時試乗したテスターは、このマシンを「小さな操作で大きな結果を生むマシン」と評している。

高速コーナーでは高い旋回力を活かし、中速コーナーではリーン角を抑えながらスピードを維持する。ヘアピンやシケインでは必要に応じて深く寝かせ、自在にラインを描いていく。

そして何より特筆すべきは、ブレーキングから旋回、立ち上がりまでが自然につながっていることだった。

質量配置、タイヤ、フレーム剛性、吸排気特性。それぞれを個別に最適化するのではなく、すべてを同じ方向へ向けて機能させる。

NS500は「つながり」を重視した設計によって速さを手に入れたのである。

その思想は後のNSR500へ受け継がれ、さらに現代のMotoGPマシンへと発展していった。

ウイングレットやシームレスミッション、電子制御が当たり前となった現在でも、人の入力に対して車体が素直に応えること、タイヤを中心に力の流れを設計すること、そしてすべての技術を“つながり”でまとめ上げることの重要性は変わらない。

1983年のNS500は、それを世界タイトルという結果によって証明した伝説のGPマシンなのである。

1983 HONDA NS500
1983 HONDA NS500
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