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【田園日記~農と人の物語~】色の濃さと、日もちのよさが自慢の「ゴーヤー」

  • 2026.6.11

農にまつわるリアルを伝えるドキュメンタリー連載。情熱をもって地元で「農」を盛り上げる「人」にスポットを当て、いま起こっているコトをお届けします。今回の舞台は長崎県南島原市。雲仙普賢岳の噴火災害から三十四年。復興を機に始まったゴーヤー栽培ですが、今では高品質を誇る産地へと成長しています。




試行錯誤の末に選んだ“ゴーヤー栽培“

長崎県の島原半島は、食材の宝庫。雲仙普賢岳の火山活動がもたらした肥沃な土壌と、豊富な湧水、温暖な気候を強みに、多彩な農畜産物が育まれてきた。その一つが、ゴーヤーである。

「東京の市場に行くと、色が濃くて、棚もちがいいと言われるんですよ。われわれのゴーヤーは、一週間たっても色が変わらない、と喜ばれています」

そう話して胸を張るのは、JA島原雲仙「東部ゴーヤ部会」部会長の松島修吾さん(71)です。

松島さんの圃場は島原半島の南側、南島原市の海を見下ろす丘陵地にある。海の向こうに見えるのは熊本県。反対方向を見上げれば、雲仙普賢岳がそびえている。

市内でゴーヤー栽培が始まったのは、三十年ほど前のこと。きっかけの一つとなったのは、平成三年の雲仙普賢岳の噴火災害だった。

大量の火山灰が連日降り注いで、農作物は甚大な被害に遭った。松島さんも葉タバコを作っていたが、露地栽培の継続を断念。国や自治体の助成を受けてハウスを建て、施設栽培での経営再建を図った。

「最初に作ったのはハクサイ。次がスイカで、そのあと導入したのがゴーヤーでした。当時は産地も少なくて、単価がよかった。メロンより高いときもありましたからね。栽培法が比較的、簡単という点も魅力でした」と、松島さんは振り返る。



授粉はあえて人の手でしっかりと

だが、時代は変わった。温暖化の影響もあるのだろう。
もともとは南国の野菜だったゴーヤーの産地が、関東方面にまで広がっている。

当初は我流で作っていたと話す松島さんだが、現在では「いかに市場や消費者から、選ばれる品物を作るか」を、つねに意識して栽培しているという。

当地での定植は、まだ寒い二月に始まる。ハウス内を室温二八~三〇度に管理しながら、苗を育てていく。そして、四月中旬から収穫・出荷を開始する。

六月いっぱいでいったん出荷を終えたら、土壌消毒と土づくりをして、七月末にふたたび定植する。八月中旬から十一月末まで収穫・出荷をしていく。

七月の一か月間、作業を休む理由を尋ねると、真夏は市場にゴーヤーがたくさん出回るうえ、室内が暑くなりすぎて、作物の質が落ちるためだと教えてくれた。




一方、品質を高めるために、こだわっているのは、人の手で受粉させること。雄花を摘み、雌花に一つ一つ、手作業で花粉を付けていくのだ。

「自然でも受粉するんですが、人の手でしっかりと受粉させることで、品質がよくなるんです。変形果が少なくなるし、出荷後の棚もちがいいのもそのおかげです。ただし、作業は毎日ですけん、おおごとですよ(笑)」

三十アールを営む松島さん。受粉作業だけで、毎日二時間かかるという。東部ゴーヤ部会の四十人ほどいる部会員も全員、その手間を惜しまずに作業しているそうだ。

高品質を求め、手間を惜しまず

収穫や受粉と同時に、つるの誘引作業もほぼ毎日する。わき芽を取りながら、葉と葉が重ならないようつるを誘引。葉や実に日光を十分に当てることで、色の濃いゴーヤーが育つのだ。

さらに小さな果実の段階から、曲がっているものには「スマート」と呼ばれるプラスチックの整形具を装着。まっすぐなゴーヤーに仕上げていく。

夏が近づくと、ハウス内は室温四〇度にもなる。作業が過酷になるだけでなく、高温障害のおそれもあるため、気象情報をチェックしながら、ハウスの開け閉めを、こまめにすることもたいせつだ。



また、「最初が肝心」と話す松島さん。長年、施設栽培を続けてきた圃場は、連作障害のリスクもはらむ。定植前にしっかりと土壌消毒をして、土壌分析もしながら、必要な成分を補っていくという。

そのほかにも、害虫対策、台風などの天災と、収穫までに越えなければならないハードルは多い。

「質のよいゴーヤーを作り続けるのは難しい。だからこそ、最後までミスなくできて、きれいなゴーヤーが実ったときは、うれしいですよ」と、ほほ笑む松島さん。

「あとは、ブレのない品物を出すこと。できるだけそろった品物を出すよう、部会でもつねに呼びかけています。悪いものを出せば、信用はすぐになくなりますからね」

積み上げてきた信用を、守り続けるために。今日も雲仙普賢岳の麓で、ゴーヤーの生長を見つめ続けている。



※当記事は、JAグループの月刊誌『家の光』2025年9月号に掲載されたものです。

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