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純烈・白川裕二郎、2027年3月末でグループ卒業 昨年母を亡くし「情熱がなくなった」

  • 2026.6.8
純烈・白川裕二郎 純烈・白川裕二郎卒業&新メンバーオーディション記者会見の様子 クランクイン! width=
純烈・白川裕二郎 純烈・白川裕二郎卒業&新メンバーオーディション記者会見の様子 クランクイン!

3人組ムード歌謡コーラスグループ純烈の白川裕二郎が、2027年3月末日をもって、純烈としての活動を終了し、グループを卒業することを発表。8日に都内某所で行われた記者会見では、母親が昨年に亡くなったことでグループを続けるモチベーションが「他のメンバーよりもなくなってしまった」と卒業理由を語った。なお、引き続きG-STAR.PROには所属し続ける。

【写真】昨年亡くなった母親について語り、涙を浮かべた純烈・白川裕二郎

2007年に結成し、3年間の準備期間を経て2010年6月23日に「涙の銀座線」でユニバーサルミュージックから6人組グループでメジャーデビューした純烈。紆余曲折あり、2025年3月末で新加入メンバー岩永洋昭が卒業し、オリジナルメンバー3人の白川、酒井一圭、後上翔太で新たなスタートを切っていた。

白川は、大相撲力士、俳優という異色の経歴を持つリードボーカル。小学6年生の時に父親を亡くし、姉と白川をひとりで育ててきた母親を、昨年10月に亡くしたばかりだった。

会見には輝くオレンジ色のスーツで登場した三人。白川は「きっと突然の報告で、心配されたり、びっくりされているファンの方たちがいらっしゃったと思います。ただ、純烈を卒業するというのは5年前からずっと伝えさせていただいていたんです」と長年考えた末の卒業だったと明かす。

5年前といえば、小田井涼平が卒業した2022年よりも前。その頃から母親が白川を認識できなくなってきたそうで、「母のそばにいてあげることが親孝行」と考えが変わり、卒業を意識し始めたという。

「去年の10月にうちの母親が他界しまして、自分の中でも純烈を続けていくモチベーション、情熱みたいなものが、他のメンバーよりもなくなってしまったような気がしました。中途半端な気持ちで純烈を続けるのは、ここまで支えてくださった事務所のスタッフの皆さん、そしてメンバー、ファンの皆さんに申し訳ないなということで、卒業という決断をさせていただきました」と経緯を明かす。

白川は母親が亡くなった当日もステージに立たなければいけなかったそうで「やっぱり(亡くなる瞬間に立ち会えなかったことに)後悔はあります。でもうちの母親の口癖が『目の前にいるファンの皆さんや仕事のありがたみを感じて、大変なことがあるかもしれないけど、何があっても頑張んなさい』で、その言葉を思い出しながら、当日はステージに立ちました」と涙を浮かべながら、言葉を詰まらせて振り返った。

加えて「今まで純烈には7人在籍したわけなんですけれども、そのうちの4人がいろんな事情があって卒業していきました。今度は僕が見送る方ではなく見送られる側として卒業させていただくことになります。心と体をリセットして、一度充電させていただいてから、またファンの皆さんの前で歌わさせていただく、そんな日がくればいいなというふうに思っております」と歌手として復活する可能性も示唆した。

リーダーの酒井は、白川卒業にあたり、新メンバーオーディションの実施を発表。「純烈セカンドチャンスオーディション2026」と銘打って、純烈の新しいメンバーと、純烈、モナキに続くグループのメンバーを募集する予定で、条件は“男性”のみ。ジャンル、年齢、国籍、形態等の制限は一切ないという。

歓迎要件は「歌唱に自信がある方」「ダンスの経験がある方」「配信活動、トーク、企画に自信のある方」の3つ。

酒井は「記者会見を見て急に思い立った方でも構いません。できれば5人組という形で、僕たちが両サイドにいて真ん中に新メンバーの3人がいるみたいなイメージを持っています。歌いたい方でもいいですし、目立ちたい方でもいいですし、とにかく元気な、やる気のある方、集まっていただければなと思っております」と思いを語る。

同オーディションは年齢不問。「赤ちゃんはさすがに面白くないと思うんですけど(笑)、モナキのメンバーのように、それぞれの個性が集まって光るのがグループの良さだと思うので、例えば中学生とか高校生とかの若い方で、一人だと世に出れないかもしれないけれど、誰かと組んだら一つのキャラクターを全うできるんじゃないかなとピンとくる方がいればぜひともご応募ください」と呼びかけた。

ちなみに年齢は問わないが「新幹線とか飛行機とか、本当に毎日のように移動があるので、ご自身の健康と命と相談してエントリーいただければなと思います」と酒井は笑った。

■ファンクラブに公開したコメント全文

・白川裕二郎

結成は今から約20年前。
俳優をやっていた自分が、リーダー酒井から紅白でたら親孝行できるんじゃない?から僕の純烈人生は始まりました。
人生って何が起こるか分からないよね。

6人時代全くの無名時代から応援してくれた皆様、健康センターで歌っていた頃、
紅白の舞台まで一緒に夢を追いかけてくださった皆さんがいたからこそ、ここまで歩いてくることができました。

楽しい時も、苦しい時も、皆さまの声援に何度も支えられてきました。ステージの景色、皆さまの笑顔、いただいた拍手は、僕にとって一生の宝物です。

このたび、自分自身の人生と向き合い、たくさん悩み考えた末に、純烈を卒業する決断をいたしました。
今度は見送る側ではなく見送られる側。

純烈で過ごした日々に誇りと感謝を持って、新しい道へ進みたいと思っています。

ここまで歩んでこられたのは、変わらず応援してくださったファンの皆さま、支えてくださった関係者の皆さま、そして温かく見守ってくださったメディアの皆さまのおかげです。

時には厳しい言葉をいただくこともありましたが、その一つひとつが、自分を成長させてくれたと感じています。

純烈はこれからも素晴らしい歌と笑顔を届けてくれるグループです。どうか変わらぬ応援をよろしくお願いいたします。

そして自分自身も、皆さまへの感謝を胸に、また新たな場所で精一杯進んでいけたらと思っています。

一度立ち止まり肉体的にも精神的にもしっかりと充電をさせていただき、また皆様の場所に純烈としてではなく白川裕二郎として戻ってきたいと思います。
2027年3月31日までどうぞ皆様よろしくお願いします!!
ありがとう!

白川裕二郎

・酒井一圭

夢は紅白!親孝行!このスローガンを胸に2007年からオリジナルメンバーとして頑張ってきた白川裕二郎さんが2027年の3月いっぱいで卒業します。

お父さんを早くに亡くし、お母さん、そしてお姉さんと共に生きてこられた白川さんは大相撲時代、俳優時代、とにかくお母さんに親辛行したい一心で頑張っていました。

25年前にスーパー戦隊シリーズで出会い、仲間となり、カラオケに行った時、彼の声の才能に触れ「歌手になった方が親孝行できるんちゃいます?」純烈結成時、メンバーに誘ったことが現在に至ります。

去年10月。お母さんが92才で息を引き取りました。8年連続紅白出場、純烈のリードボーカルとして頑張り続けた勇姿を拍手をもって見届けてくれたと思います。

純烈に誘った身としましては、食えるようになろう。親孝行して家族の力になれるように頑張ろう。でした。なので、この卒業は、おめでとうございます。よく頑張りました。もっと早くに根を上げると思っとったわ!なんです。

これからは介護を続け家族を支えられたお姉さん、純烈で留守がちな家をいつも守ってくれた奥さん、保護猫ちゃんたち、ご家族の皆さんとゆっくり過ごして、大好きなバリに行ったり、海に出て釣りしまくったりしながら、英気を養っていただきたいと思っています。

え!?純烈はどうなるの!?って???
まー、何とかなるやろ。しらんけど。(笑)

酒井一圭

・後上翔太

デビューして丸16年。
純烈のボーカルの白川さんが来年3月に卒業します。

ずっと一緒にやってきたメンバー。
どんな時も変わらず純烈として歌やファンの皆様に向き合い続けてきた姿を見てきました。

『お母さんのために歌いたい』
心の底からそう思っているのが僕らメンバーやスタッフの皆様、そしてなによりファンの皆様にも伝わってきた姿だったと思います。
そして今もそれは変わりません。

そんなお母さんを亡くした昨年。突然に訪れたその日もステージに立っていた白川さんです。
辛くないはずないのに純烈らしく笑ってステージに立っていたんです。

そんな白川さんが下した今回の決断。
メンバーとして尊重しないはずがありません。

残された7ヶ月ちょっとの同じメンバーとしての時間で、見たい景色や立ちたい場所には全て一緒に行きたいと思います。
結成以来変わらない大目標である大晦日の大舞台に3人で立つことを目指して前進していきたいと思います。

ファンの皆様。
白川さんが卒業した後も純烈は純烈らしく活動することをお約束いたします。 ファンの皆様はもちろん、少しのんびりした生活に戻った白川さんが楽しく笑って見られる純烈であり続けます。

白川さん。
まだ半年以上ある残された時間、
これでもかというくらい全国を旅しながら、思い出を作りましょう。
『お疲れ様でした』は、当分先まで取っておきたいと思います。

後上翔太

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