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32年前のさわやかなミリオンヒット、実は「男のうろたえ」だった CMから街中へ届いた夏ウタ

  • 2026.7.6
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一色紗英-1997年4月撮影(C)SANKEI

夏の屋根の上、ペンキを塗る短パンとタンクトップ姿の女の子がいる。自転車で通りがかった男の子が、その姿をふと見上げる。15秒の映像に張りつくように、爽やかなメロディが街じゅうに鳴っていた。テレビをつけても、コンビニでも、プールサイドでも、同じ歌のサビが流れていた。

DEEN『瞳そらさないで』(作詞:坂井泉水/作曲:織田哲郎)ーー1994年6月22日発売

5枚目のシングル。大塚製薬「ポカリスエット」のテレビCMソングに起用され、CMで顔を出した一色紗英は、その年のポカリガールとしての最後の夏を駆け抜けた。CMの15秒のなかで完結する爽やかさが、フルサイズの一曲ぶんに広がったとき、何が見えてくるのか。それを語っておきたい。

駅前でもプールでも同じサビが鳴っていた夏

1994年の夏は、テレビをつければこの曲が流れていた。屋根の上で塗装をする一色紗英と、自転車の男の子がすれちがう一カット。あの夏のCMが街じゅうの記憶に残ったのは、もちろん画の力でもあるが、それ以上に音楽の側からの強度があったからだ。

爽やかな男声と、跳ねるギターと、青く抜けたシンセの音。夏の空気を音にしたらこうなる、という見本のような音像が、15秒のたびに繰り返し届けられた。

シングルは当時の週間1位を獲り、累計100万枚を超えていく。DEENにとって自身2作目のミリオンであり、デビュー曲『このまま君だけを奪い去りたい』に続く大ヒットだった。坂井泉水(ZARD)×織田哲郎のコンビがDEENに用意したのが、この曲だ。爽やかなメロディの設計図と、夏の手触りを切り取る言葉。両方の達人が組んだヒットの記憶は、画と音が一体になって街に流れ込んでいた。

あの夏、自分が口ずさむ一曲が、テレビの向こうの誰かにも、駅前で待ち合わせるあの人にも、同じように鳴っていた。日本中で同じサビを共有していたという体感のほうが強い。

「瞳」から「話」へ一字だけ変わっただけで

ところが、この曲を歌詞ごと丁寧に追いかけると、思いがけない手触りに行き当たる。CMの爽やかさからは想像できないほど、主人公の男は弱っている。

サビで繰り返される「瞳そらさないで」は、祈りでも命令でもなく、もう答えが見えはじめている相手に向けた、ほとんど悲鳴に近い縋りつきの言葉である。間奏明けには「話そらさないで」へと一文字だけ変えて返ってくる。瞳から話へ。視線をそらされた次は、言葉そのものをそらされはじめている、ということだ。

男はもう、相手の心が半分こちらにはないことに気づいている。気づいたうえで、ここで踏み止まろうとして声を絞り出している。

夏のワードが随所に散りばめられた歌詞の表面は、たしかにポカリのCMが切り取ったあの爽やかさと響き合う。だが「君の中に自分がどれくらい居るのか確かめてみたい」と歌う男の視線は、夏の景色ではなく、隣にいる相手の表情のほうへ向いている。隣の人がいま自分のことをどう思っているのか、もう本当のところは分からない。確かめる勇気もない。ただ、瞳だけはそらさないでほしい。そんな矛盾の核を抱えた男の歌だ。

これを書いたのは女性の作詞家だ、というところが面白い。坂井泉水が男性ボーカル向けに作詞を提供し、男目線の独白を組み立てている。男が書く男目線とは別の方向から、男という生きものを言葉でつかまえてみせた。男が自分について書いたなら、もう少し格好をつけたかもしれない。あるいは黙ったかもしれない。だが女性が書いた男目線は、見栄を張らない。震えながら相手の瞳をのぞき込んでいる、その姿のまま音に乗せられている。

爽やかなメロディと、相手の不安を語る歌詞。表と裏が真逆を向いている一曲だ。サビだけ口ずさんでいた頃には気づかなかった切実が、フルサイズで耳を澄ますたびにふっと立ち上がってくる。CMの15秒は曲の表面しか街へ届けていない。本体には、すがる男の声が最後まで置かれている。

30年を経て同じ舞台に並ぶ声

時間を一気に飛ばす。2022年2月、東京ガーデンシアターで開かれたZARD30周年公演に、池森秀一がゲストとして招かれた。舞台で歌った『瞳そらさないで』である。坂井泉水の生前のボーカル音源と、池森のキーを変えた生歌と、生バンドの演奏が、同じ一曲のなかで重ねられた。発売から28年、爽やかなCMの夏から長い長い時間が流れたあとに、女性が男目線で書き上げたあの歌が、女性作詞家本人の声と、男性ボーカルの声で、同じ舞台のうえに並んで立った。

CMから流れてきた清涼感、夏のサビの裏でうろたえていた男の思い。そこに、生前の声と現在の声が重なる短い時間が降りてくる。爽やかなメロディと切実な歌詞という最初のねじれは、30年を経て、もうひとつ別のねじれを背負って戻ってきた。書いた声と歌った声が、時間を越えて同じ位置に並ぶ。そこに、当時の夏を知る人もそうでない人も、一度耳を傾けてみてほしいと言いたくなる、新しい奇跡が宿っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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