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32年前、CMの十数秒の奥に潜んでいた"6分超の大作バラード" アルバムを締めた一曲の正体

  • 2026.6.28

テレビCMから流れた十数秒で、多くの耳に覚えられた曲。だがそれは、本来、6分を超える長尺の大作バラードだった。ソロアルバムのいちばん最後を締めるためにつくられた一曲を、1か月半後にシングルとして切り出した。十数秒の親しみやすい入り口の奥に、丹念にこしらえた大きな器が控えていた。藤井フミヤの『エンジェル』は、その短い顔と長い本体の双方をまっすぐ束ねた、名バラードである。

藤井フミヤ『エンジェル』(作詞:藤井フミヤ/作曲:小倉博和)ーー1994年5月20日発売

アルバム表題曲からのシングルカット

ソロ1stアルバム『エンジェル』に収録された1曲だった。チェッカーズ時代のフミヤが放った最初のフルアルバムである。

アルバム名と同じ題を持つ表題曲は、そのなかでラストに置かれている。10曲の物語の終着点として最後を締める一曲を、約1か月半後に切り出してシングルに仕立て直したのが、このシングル『エンジェル』だ。直前のシングル『女神(エロス)』は、まだ国民的バンドになる前の桜井和寿が書いていたが、そこからわずか1か月半で、性格の違う2曲を矢継ぎ早に世へ出していたことになる。

切り出されたシングルは、トヨタのCMソングに採用された。テレビから流れた十数秒のメロディは、多くの耳に残った。だがその十数秒は、アルバムを締めくくる大きな曲の入り口に過ぎなかった。

短いCMの顔と、6分を超える本来の姿。同じ一曲が二つの顔を抱えていた。重い扉を最初から見せず、軽い窓から覗かせる。CMで覚えた人ほど、フル尺で出会ったときに別の景色を渡される。これが『エンジェル』という曲の振れ幅だ。

豪華な編曲陣と弦が描く6分の弧

その大きさは、編成によって支えられている。アルバム全体の弦アレンジを手がけたのは金子飛鳥。本曲にも飛鳥ストリングスが参加し、壮大なバラードの土台になっている。サビへ向かって声と一緒に立ち上がっていく弦の厚みは、シングルの体裁にはもったいないほどのスケールを曲に与えている。

曲全体の編曲は、藤原ヒロシ、KUDO、小倉博和の3人が連名で担当した。なかでも藤原ヒロシの参加は、当時のクラブカルチャーを下地にした作り手が、大作バラードに加わったということでもある。豪華なストリングスを背負った構えに、別の角度の感覚が差し込まれている。

ソロ1stアルバム『エンジェル』の作曲陣は、Char、桜井和寿、土屋昌巳と、それぞれの場所で名の通った作り手で固めた顔ぶれだった。色合いのばらけた10曲を順に並べたあと、最後にアルバム名と同じ題を持つこの曲で全体を束ねる。6分を超える尺は、その締めの役割を担うための長さでもある。アルバム単位の構えがあるからこそ、シングルとして切り出された後も、聴き終えたときに残る手応えが大きい。

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1997年8月、東京・日本武道館で行われた藤井フミヤのライブより(C)SANKEI

歌い手としての船出を支えた山弦のもう一人

主役を張るのは、フミヤの歌である。チェッカーズという大所帯のフロントマンとして、若い熱量で客席を引きつけてきた歌い手が、グループ解散をへてソロ歌手として歩み始めた最初期の一曲がこれにあたる。バンドの装いをそぎ落とした位置で、歌そのもので勝負する。広がりのある旋律をまっすぐ伸ばしていくフミヤの声と、6分を超える尺のなかでひとつの大きな弧を描く曲の構えが、過不足なく噛み合っている。

歌い上げる場所だけで力を込めるのではなく、長い助走を声でゆっくりと運んでいく。前半は親しみやすい近さで、サビでは大きく開けた高みまで連れていく。バンドの一員として歌っていた頃に養われた地力が、ソロ歌手の声のなかにそのまま生きている。CMで耳に残った十数秒の親しみと、フル尺のスケールの両方を、ひとりの声で違和感なくつなげていける。

作曲を担ったのは小倉博和。ギターデュオ・山弦の片割れだ。1993年に放たれたソロデビュー曲『TRUE LOVE』の編曲は、山弦のもう一人の佐橋佳幸が手がけていた。片や作曲、片や編曲で、山弦の二人がそれぞれの形でソロ初期の藤井を支えていた構図がここに浮かぶ。藤井フミヤとしては3枚目のシングルにあたるこの曲で、ソロ・藤井フミヤの世界が一段はっきり形を取った節目になった。

地に足のついた仕事がかみ合ったから、ソロ歌手としてのフミヤの出発点が、揺らがず伸びやかな一曲として残っている。大舞台のフロントマンを離れたところで歌うのは、たぶん簡単ではなかったはずだ。それでもこの一曲には、肩肘を張った気配がない。

十数秒の入り口の奥に大きな空が広がる

CMで誰もが口ずさんだ十数秒の親しみと、ソロアルバムを締めくくる6分超の大きさ。普通なら相容れないはずの二つを、一曲で無理なく束ねている。十数秒で覚えられるやさしさを入り口にしながら、最後まで聴くと、壮大な編成のなかをまっすぐ昇っていく一本のバラードに着地する。入り口の小ささと、抜けていく先の広さ。その落差こそが、聴き終えたあとに残る重みになる。

CMで覚えたあの短いフレーズに惹かれた人ほど、フル尺で受け取った景色の広さに驚くはずだ。アルバム名と同じ題を持つ表題曲を、わざわざ最後に置き、シングルにも切り出した。その念入りな扱い方こそ、この一曲を藤井フミヤのソロの旗印に据えた、当時の姿勢の現れだったように映る。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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