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35年前、背中に「受信料を払おう」と書いて歌った紅白 ふざけた格好でしか届かない真顔があった

  • 2026.6.28

毎週日本中をいちばん笑わせていた二人が、番組のいちばん最後で、声の調子を切り替えずに張りつめたメロディを歌い出す。聴いている側は、笑いから別の温度へ移行する時間を持てない。だからこの曲は、当時テレビの前にいた人たちの体に、笑った残り火の温度ごと刻まれている。

とんねるず『情けねえ』(作詞:秋元康/作曲:後藤次利)ーー1991年5月29日発売

人気バラエティとして頂点にいたとんねるずが、本気の音楽でどこまで届くのかを試した一枚と言っていいかもしれない。蓋を開けてみれば、年の暮れに日本歌謡大賞の大賞を受け、初めて紅白歌合戦の舞台に立ち、累計で70万枚を超えて日本中に届ききった。

笑い疲れた画面の最後に鳴り出す張りつめた旋律

彼らの冠番組『とんねるずのみなさんのおかげです』のエンディングだった。ふざけ倒したコントの余韻がまだ画面に残っているうちに、急に背筋の伸びたメロディが立ち上がる。腹を抱えて見ていたはずなのに、出だしの一音目で空気の温度がスッと下がる。番組の最後でこの曲を待っていたと思っていた人も少なくないだろう。

石橋貴明と木梨憲武、二人の声色はもともと別物だ。前へ押し出していく強い声と、ふっと力の抜けたバリトン寄りの声。普段の二人はその差を笑いの推進力にしているが、この歌では二色がそろって同じ方向へ進む。掛け合いというよりも、肩を並べて同じ言葉を運ぶ。歌のうまさを誇示しない歌い方が、かえって聴き手の重心を下げてくる。

サビへ向かって旋律が一段ずつ張りつめていく。声を張り上げるのではなく、息の押しを少し増やす。歌は「これ以上行くと声が破れる」という限界の手前で、二人がそろって踏みとどまる。そのギリギリの抑制が、聴く側に「ふだんふざけている人間が真剣に何かを言いに来ている」という気配を渡してくる。

歌詞ではなく息の量で本気を運ぶ歌い方は、彼らが出てきたお笑いの呼吸法を、まっすぐな音楽の側へ持ち込んだものだ。

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1991年10月、東京・日本武道館で行われたとんねるずコンサートより(C)SANKEI

湾岸戦争の年の五月「この国」を歌った

発売は1991年5月29日。その年、湾岸戦争でテレビは長い時間ニュース漬けだった。茶の間が世界の戦場をいちばん近くで見ていた時期に、コンビは「この国を滅ぼすなよ」と歌った。続けて「この国をおちょくるなよ」。曲名は『情けねえ』。長渕剛風の世界観を踏襲しながら、誰が誰に向かって情けないと吐き捨てているのか、歌は明示しない。ただ、聴いている側が居住まいを正してしまう言葉だけが置かれている。

ジャケットはジャケットの上に赤い丸が大きく置かれ、その下にとんねるずの二人が立つ。風刺と呼ぶよりも、笑いの位置から国の輪郭を素手で触りにいった。社会派でも反体制でもない。ふだん日本中を笑わせている二人が、自分の足元の社会を一度だけ真顔で見つめ直す。そのまなざしの居心地の悪さこそが、この曲のいちばんの強度になっている。

受信料を払おうと書いて紅白で歌った

その本気は、年の暮れの大舞台で物的に証明される。第42回NHK紅白歌合戦に、コンビは本曲で初出場した。注目すべきは出で立ちだ。全身に赤と白のボディペインティングを施し、二人が並ぶと背中に「受信料を払おう」と読めるよう書き分けて、まっすぐな歌を歌いきった。本気の歌をこれ以上ないふざけた格好で届ける、というやり口で、笑いと真顔の反転を晴れ舞台でも貫いた。

同じ年、この曲は第22回日本歌謡大賞の大賞にも選ばれた。バラエティ番組の主題歌が大賞を受け、その流れで紅白の舞台に届く、というルートは当時としても異例である。累計で70万枚を超える売上。お笑いの二人が真顔で放った一曲が、これだけの数の茶の間へまっすぐ入っていったことの数字的な裏づけだ。コミックソングという出自では到底届かない高さまで、音楽の重力で運ばれていったわけである。

二十七年後、最終回でこの歌が幕を引いた

時計を回す。2018年の春、コンビの冠番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』が最終回を迎えた。そして番組の幕を引いたのも、やはりこの一曲だった。かつてエンディングを飾った歌が、シリーズの最後でもう一度ラストを締めたのである。

このとき、歌詞は数語だけ書き換えられていた。「この国を滅ぼすなよ」は「バラエティを滅ぼすなよ」へ、「この国をおちょくるなよ」は「フジテレビをおちょくるなよ」へ。1991年に外へ放った問いを、27年後には自分たちが生きてきた居場所のほうへ折り返した。投げた問いが長い年月をかけて作り手のもとへ返ってくる構図が、たった数語の差し替えに込められていた。

幕の引き方も、彼ららしかった。涙でしんみり締めるのではなく、「情けねえ」の自嘲を歌に乗せたまま、最後はいつもの軽い別れのあいさつでふっと番組を降ろした。笑いと本気を同じ声に同居させたまま、二人は最後の幕を下ろす。当時テレビの前にいた世代にとって、それは一本の線がきれいに閉じた瞬間だったはずだ。

毎週の笑いの最後で聴いていた歌が、長い時間をまたいで、シリーズの最後でもう一度流れる。お笑いの二人が真顔で投げた問いと、最後にその問いの矛先を自分たちへ折り返した自嘲。その円環を、この一曲が静かに閉じてみせた。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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