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「ちゃんと話し合いの場を設けてちょうだい」今まで何も協力しなかった伯母。祖母の葬儀1週間後の言葉に思わず絶句

  • 2026.5.30
「ちゃんと話し合いの場を設けてちょうだい」今まで何も協力しなかった伯母。祖母の葬儀1週間後の言葉に思わず絶句

年末年始のたびに増える家事と沈黙

子どもの頃から、毎年年末年始になると決まって伯母と従姉妹が実家にやってきた。

滞在は短くても2週間、長いときは1月半ばを過ぎても荷物がリビングの隅に置かれたままだった。

実家に帰ってきた娘、という気持ちがあるのかもしれない。

伯母は生活費を一切入れず、家事もほとんど手伝わなかった。

台所に立つのは祖母と母だけ。お節料理も大掃除も、人数が増えた分だけ手間が重なるのに、伯母はこたつで従姉妹とテレビを眺めていた。

そういう年末年始を、20年以上繰り返した。

不満を口にできる空気ではなかった。

「家族なんだから」という言葉が、いつも何かを塞ぐように漂っていた。

祖母も母も声を上げることはなく、誰も指摘しないまま、毎年正月が終わっていった。

祖母が寝たきりになっても、電話はかかってこなかった

祖母が体を悪くして寝たきりになったのは、私が社会人になって少し経った頃だった。

介護は実家が中心になった。

通院の付き添い、週に何度かの入浴介助、かかりつけ医との連絡調整。

母と父が手を回しながら、少しずつ日常が介護に塗り替えられていった。

伯母から連絡が来たことは、ほとんどなかった。

施設への入居を検討したときも、費用の相談をしても、「自分はちょっと今は難しい」という返事が続いた。

具体的な金額も出てこない。日程の調整も進まない。ただ時間だけが過ぎていった。

毎年の年末年始に生活費も入れず家事も手伝わなかった人が、介護の話になっても同じように動かない。

驚きよりも、「やっぱり」という感覚が先に来た。結局、施設費用は実家側がほぼ全額を負担することになった。

「ちゃんと話し合いの場を設けてちょうだい」

祖母が亡くなったのは、冬の静かな朝だった。

葬儀の連絡を入れると、伯母は来た。

従姉妹も来た。久しぶりの再会を、悲しみよりも少し早い表情で迎えていた。

葬儀が終わって1週間も経たないうちに、電話が来た。

「ちゃんと話し合いの場を設けてちょうだい」

形見分けのこと。財産のこと。そういう話だった。

20年以上、年末年始に帰るたびに生活費も払わず家事もしなかった。

介護が始まっても連絡ひとつ寄越さなかった。施設費の相談をしても動かなかった。

それなのに、相続の話になった途端に「話し合いの場」を求めてくる。

権利として言っていることはわかる。法的に間違いではないのかもしれない。

それでも、モヤモヤする。10年経った今でも。

あの電話の声の調子が、ふとした拍子に思い出される。

今も交渉が続いている。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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