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かつて、12万人の頂点に立った「伝説の美少女」日本人初、“国際的な快挙”を達成した「母なる女優」とは

  • 2026.7.1
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2018年7月、松下洸平との2人芝居『母と暮せば』制作発表に出席した富田靖子(C)SANKEI

主演を張る人が、いつのまにか主演の隣に立つ母になっている。富田靖子のキャリアには、その重心移動の差分がある。本人がそれを誇示しないからこそ、変化はかえって静かに見える。

1983年、約12万人の公募から選ばれて『アイコ十六歳』で主演デビューした少女が、2026年の朝、安曇野の食卓で娘の隣に立っている。少女の主演から、娘の隣に立つ母へ。その距離を、いくつかの代表作で読みたい。

等身大のまま主演を担う

富田靖子は1983年、約12万人以上の応募者の中からオーディションで選ばれて映画『アイコ十六歳』の三田アイコ役で主演デビューした。中学生の不器用な揺らぎを、ほぼ等身大の身体でそのまま画面に置く役だった。

1985年、大林宣彦監督の映画『さびしんぼう』で橘百合子とさびしんぼうの役を演じる。尾道三部作の最終作にあたるこの作品で、富田はいくつもの顔を一つの身体に同居させる役を引き受けた。明るい同級生と、画面の向こうから現れる白塗りの少女。同じ俳優の身体に、別の温度が交互に立ち上がる。

主演を続けた時期に、この国の映画は富田靖子に何を委ねていたのか。技巧で見せる主演ではない。十代の身体に流れる時間そのものを、加工せずにフィルムへ置ける主演だ。後年、母役で見せる「説き伏せないやわらかさ」の根は、この時期にもう据えられている。

外向きの大きな器に名前が置かれる

20代半ばで、役の渡され方が一段変わる。1995年の映画『南京の基督』。芥川龍之介の同名小説を原作とする日本・香港合作で、富田が演じたのは南京で生きる若い女性・宋金花である。この主演で第8回東京国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門の最優秀女優賞を受けた。日本人女優として、同部門での初受賞となっている。1997年にはNHK大河ドラマ『毛利元就』で美伊の方を演じた。中村橋之助演じる主人公・毛利元就の正室であり、実質的なヒロイン格である。

国際映画祭の主演女優賞と、大河の正室。並べてみると、外側の大きな器に名前を置く時期だったとわかる。だが富田はそこから、主演を張り続ける看板スターの道を歩まなかった。20代で一度「主演を担える俳優」として外側まで認められた事実が、後年の母役の重みを下から支えている。看板を降りたわけではなく、看板を持ったまま画面の重心を別の場所に動かしていく俳優、と読むほうが近い。

同時代の娘の隣で母を立てる

時を超えて2016年のTBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』。富田は森山桜役を演じた。新垣結衣演じる主人公・森山みくりの母である。

契約結婚という設定と、エンディングの恋ダンスで年末の社会現象になったヒット作のなかで、桜役は声を張らない。頑張りすぎる娘に肩の力を抜かせる、おっとりした性格の母として、食卓の側で生活の温度を受け止める。

ここで起きているのは、少女時代に主演をくぐった俳優が同時代の娘の隣に置かれた、という配役上の判断だ。母役は誰でもいいわけではない。新垣結衣演じるみくりという、同時代の若い女性像の中心人物の隣に置くなら、母役の側にもかつて画面の中心にいた重さが要る。説き伏せずに笑っているだけで娘の足元が安定する母を、富田は十代の主演で蓄えた余白で立てている。

朝の食卓で家族の支柱になる

2019年下半期から放送されたNHK連続テレビ小説『スカーレット』。富田は川原マツ役で、戸田恵梨香演じる主人公・川原喜美子の母を演じた。

桜役のおっとりとは違う、もう一段複雑な家族の母である。酒浸りで横暴な父親と個性豊かな3姉妹のあいだを、一歩引いた位置からそっと回す妻にして母。柔らかい笑みとわずかな言葉で家族の精神的支柱になる役どころだ。

朝ドラの母役は、毎朝15分、半年にわたって画面の前に届く。視聴者の生活時間と並走するこの枠で、家族の支柱を担える俳優は限られている。戸田恵梨香の喜美子が信楽の女性陶芸家として陶芸の世界に飛び込んでいけたのは、川原家の母が変わらず食卓に座っていたからだ、と画面の側で受け取れる立ち姿だった。

『逃げ恥』のみくりの母と、『スカーレット』の喜美子の母。同じ俳優が、別の質感のヒロインの隣で別の質感の母を立てている。母役という同じ役名のなかに、もう一段細かい配役の判断がある。富田はそれぞれに別の温度で応えた。

母の引き出しに翻訳される少女主演

2026年6月からスタートするNHK BSドラマ『勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜』。福本莉子演じる主人公・月岡美琴は、長野県の梓川病院に勤める3年目の若手看護師で、富田靖子はその月岡美琴の母・月岡里美役を演じる。料理と朗らかさで娘を支える、温かな母の役だ。

1983年に約12万人から選ばれた少女が、いまは娘の隣で家庭の空気を整えて立っている。脱皮した、と書くのは違う。主演を張った人の余白が、そのまま母役の引き出しに翻訳されている、と読むほうが正確だ。少女の主演から、娘の隣に立つ母へ。富田靖子のキャリアは、そういう静かな歩み方で続いていく。


※記事は執筆時点の情報です

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