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「うちの子の写真にしたから」義実家から我が子の写真が1枚残らず消えた。義実家の価値観についていけなかった

  • 2026.5.28
「うちの子の写真にしたから」義実家から我が子の写真が1枚残らず消えた。義実家の価値観についていけなかった

廊下に並ぶ、見知らぬ子どもたち

結婚して10年以上が経つ。義実家には年に数回顔を出すが、玄関を入ったときの空気は毎回変わらなかった。

靴を脱いで廊下に上がると、壁際のフォトフレームに子どもたちの写真が並んでいる。

うちの子の七五三、運動会、卒園式。それが当たり前の光景だった。

だから、その日の廊下が妙だった。

フォトフレームの数は変わらない。でも、そこに写っているのは見たことのない顔ばかりだった。うちの子の写真が、一枚もない。制服姿も、晴れ着姿も、運動会の一コマも、全部消えていた。

背筋が冷たくなり、足が止まった。リビングから義妹が顔を出して、こちらに向かって明るく言ったのだ。

「うちの子の写真にしたから」

悪びれる様子は一切なかった。許可を取った話でも、相談された話でもない。

決定事項として、笑顔のまま伝えてきた。

止めなかった義母の理由

「全部ですか」と確認するように声を出した。

義妹は「うん、せっかくフレームあるし、新しい写真の方がいいかと思って」と言ってリビングに戻っていった。

台所から義母が出てきた。私が何か言う前に「ああ、写真ね」と笑った。

「止めなかったんですか」と聞くと、義母は少し首をかしげた。

「義妹も張り切ってたから」

さらりと言った。まるで天気の話でもするようにだ。

問題は写真の枚数ではなかった。我が子の存在を一枚残らず外して入れ替える行為に、この家の誰一人として違和感を持っていない。

常軌を逸した行動を、家族ぐるみで当然のこととして受け入れている。その事実の方が、何倍も怖かった。

帰り道に消えなかった冷たさ

義母はその後、何事もなかったように台所に戻り、お茶とお菓子を持ってきた。夫は気づいていないのか、いつも通り義母と話を始めていた。

私は自分の席に座ったまま、廊下の方向をもう一度見た。義妹の子どもたちが並んで笑っているフレームが、こちらを向いているように感じた。

帰り道、夫にさりげなく話すと「そうだったの」とだけ言った。

動じていなかった。「義妹もうれしかったんだろう」と続けたが、うれしい気持ちで動くなら、せめて一言あってもよかったはずだ。

義実家に子どもを連れていくたびに、あの廊下を通ることになる。誰かが静かに我が家の存在を消しにかかっている感覚は、被害妄想ではない気がした。あの一言を笑顔で言える義妹と、それを止めなかった義母が同じ家にいる限り、胸の底の冷たさは消えそうにない。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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