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妻の転勤を「家庭を捨てるのか」と止めた俺が、ひとりの3ヶ月で書いた手紙の最後に描いたもの

  • 2026.5.23
ハウコレ

俺は30代の会社員で、共働きの妻と二人暮らしです。妻のキャリアは応援してきたつもりでした。けれど、妻から転勤辞令の話を聞いたあの夜、俺の口から出た言葉は自分でも信じられないものでした。

反射的に出た言葉

ある夜の夕食の席で、妻から「地方支社への転勤辞令が出た」と告げられました。期間は2年。栄転だと、妻は少し誇らしげでした。喜ぶべきだとどこかで分かっていたのに、俺の口から出たのは「女のくせに転勤を受けるの?」という言葉だったのです。

「家庭を捨てるのか」とまで言ってしまった。なぜそんな言い方をしたのか、自分でもよく分かりませんでした。ただ、妻のいない2年間が想像できなかった。朝起きたら朝食があって、洗濯物が畳まれていて、夜には「おかえり」と声がかかる。あれが当たり前だと、心のどこかで信じきっていたのです。

譲らなかった妻と、譲った俺

それから何度も話し合いをしました。妻は揺らがず、俺はだんだん引かざるを得なくなりました。最後は折れる形で送り出したものの、出発の日、玄関先で何を声にかければいいのか分からず、俺はただ手を振っただけでした。

妻が出ていったあとの部屋は、想像していたより広く感じました。テレビをつけても、料理を作っても、何かが足りない。連絡は週末の短いメッセージだけ。妻の声が、こんなにも家の中を満たしていたのかと、いまさら気づくことになりました。

ひとりで知った当たり前

炊飯器のセットを忘れて朝食を抜いた日、洗濯物が溜まって着る服がなくなった日、ゴミの分別が分からずベランダに袋が積み上がった日。妻が当たり前にこなしていたことが、俺には何ひとつ当たり前ではありませんでした。

家事は思っていたより重く、終わりがありませんでした。それを妻はずっと、文句も言わずにやってくれていた。仕事をしながら、俺の生活を支えながら。俺はそれを当然のように受け取って、いざ妻のキャリアの話になると「女のくせに」と言い放ったのです。

そして...

3ヶ月が経った週末、俺は便箋を買ってきました。電話やメッセージでは、ちゃんと伝えられない気がしたのです。書きながら何度も手が止まり、何度も書き直し、最終的に短い言葉になりました。「毎日の家事をやってみて、お前がどれだけのことをしてくれていたか分かった。転勤を応援する。頑張れ」。

最後に、似顔絵を描き添えました。文字だけでは足りない気がして、けれど絵は本当に苦手で、目の大きさが左右で揃わない、髪型もよく分からない、ひどい絵になりました。封をしてポストに投函したあと、俺は少しだけ笑って、それから少しだけ泣きました。妻が戻ってくる頃には、もう少しまともな夫になっていたい。そう思いながら、空になった食卓で、ひとり夜を過ごしました。

(30代男性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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