1. トップ
  2. エピソード
  3. 「義妹が羨ましかった」義実家に甘え放題の義妹。数年後、気づいてしまった嫉妬の正体

「義妹が羨ましかった」義実家に甘え放題の義妹。数年後、気づいてしまった嫉妬の正体

  • 2026.5.23

義実家に頼り放題の義妹

夫の妹は、見ているこちらが引くほど感情の波が激しい人だった。

スマートフォンが壊れて中のデータが消えかけた時には、携帯ショップへ泣きながら電話していた。

緊急とは言えない場面でも周囲を巻き込み、周りを右往左往させるのが当たり前のような人だった。

普段はよく笑い、人懐っこい。誰とでもすぐに打ち解ける愛嬌があり、その明るさが余計にやっかいだった。

結婚後も義母にべったりで、何かといえば食事をおごってもらい、百貨店に一緒に出かけていた。

義実家は裕福で、義妹のそういった行動を誰も咎めなかった。

出産後は家事をほとんどしなかった。近くに住む義母が毎日訪ねてきて、料理から片付けまで担った。

義妹は当然のような態度だった。

時々義実家に顔を出した時、義母が疲れた顔で台所に立っているのを見た。

義妹はソファでスマートフォンを眺めていた。

(義妹が羨ましかった)

正直に言えば、その言葉が一番しっくりくる。

見た目にお金をかけ、義実家の財力に守られ、誰かが常に助けてくれる。

私の目には、彼女の人生がひたすらイージーモードに映った。羨ましさを通り越して、妬ましいとさえ感じていた時期もある。自分と義妹を比べて、気持ちが沈む夜もあった。

数年後、気づいたこと

それから数年が経った。

義妹の様子が変わってきた。

子どもが通院や療養が続いているという。

以前のような余裕ある笑顔はあまり見られなくなった。義母もその対応で疲れが出始めていると、夫から聞いた。

義妹が大変そうだと知った時、私が最初に感じたのは同情ではなかった。

「ああ、こういうことか」という、静かな納得だった。

ざまあみろという気持ちも特に出てこなかった。子どもたちが苦しんでいると知ると、そんな単純な感情にはなれなかった。

以前、誰かから聞いた言葉を思い出した。

人生の幸福と不幸の量は、長い目で見れば誰にとっても同じになる、というものだった。

当時はうまく飲み込めなかったその言葉が、今は少し実感として近づいてくる気がした。

義妹への妬ましさは、もうほとんどない。

彼女の暮らしを羨む気持ちも薄れた。でも、すっきりと晴れたかというとそうでもない。子どもたちの状況を思うと、単純に喜べるものでもなくて、どこか複雑な気持ちが残る。

人生が平等かどうかなんて、誰にも証明できない。

それでも今は、義妹を見ても以前のようにモヤモヤが湧いてこなくなった。それだけのことかもしれないが、私にとっては十分な変化だった。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる