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涙あり笑いあり結婚報告あり フィギュアスケート坂本花織が地元・神戸で現役引退会見

  • 2026.5.15

フィギュアスケート女子シングルで、北京五輪で銅メダル、ミラノコルディナ五輪で銀メダルを獲得した坂本花織(シスメックス)が、兵庫県神戸市にある神戸ポートピアホテルで引退会見を実施。持ち前の明るいキャラクターが全面に出た当日は、最後に衝撃の告白をするなど、見どころ満載だった。

恩師からのVTRメッセージに涙

純白の衣装で会見場に登壇した坂本。まずは会場右に設置されたモニターより、これまでの競技活動を振り返るVTRが流される。

画像1: 恩師からのVTRメッセージに涙

笑みを浮かべながらも、母・悦子さんや、中野園子、グレアム充子両コーチからのメッセージには涙ぐむ場面も。

画像2: 恩師からのVTRメッセージに涙
画像3: 恩師からのVTRメッセージに涙

VTR終了後は、所属するシスメックス株式会社CEOである家次恒氏より花束が贈呈。

画像4: 恩師からのVTRメッセージに涙

「守り」だった五輪

ここから報道各社からの質疑応答に。

まず現役時代から口にもしていた「引退(シニア転向)」に対し、いざそうなった今日の心境を聞かれ、フィギュアスケートは自身にとっての「青春」であったと答える坂本。

25歳という、フィギュアスケートにおいては決して“若くない”年齢での引退だが(4月で26歳に)、最後の大会となったチェコ・プラハでの2026世界選手権では、SPで今季自己最高を記録し、トータルでも4年ぶりに自己ベストを更新して4度目の優勝を果たすなど、アスリートとしてまだまだ“底”を見せてはいない状況での決断でもある。
最終的に引退を決めたのは、2025-2026シーズンに入る直前だったそうだが、2022年の北京五輪後に、「あともう4年目指します」と語った時点で「次(ミラノコルディナ五輪)がラスト」と覚悟を決めていたという。

2018年の平昌五輪も含め、3度のオリンピック出場を果たしている坂本花織。北京五輪では、先述の女子シングルに加えて団体戦でもメダルも獲得し、さらに直後にフランス・モンペリエで開催された世界選手権では初優勝。名実ともに第一人者となった。
ミラノコルディナ五輪を含めて2大会でメダルを獲得した坂本だが、五輪をひとことであらわすと「守り」。「攻めきれずに終わってしまった」と振り返る。

キャリアのハイライトについては2つの大会が思い浮かぶという。まず挙げたのが先ほどの2022年世界選手権。メダルを獲得した北京五輪直後ということもあり、もう一度ピークに持っていくためのモチベーション維持に苦心しながらの出場だった。メンタルを崩すこともあった中、普段は厳しい指導を行う中野コーチが優しく接したという。そしてもう一つが、現役最後の大舞台となったチェコ・プラハでの2026世界選手権で4度目の優勝を決めたこと。

シニア転向後はプロフィギュアスケーターとして、アイスショーへの参加を検討している坂本は、将来的にはコーチ業も視野に入れている。目指す指導者像は、自身を指導した中野コーチ。それぞれの選手にあった技術指導を行いたいと語る。

坂本といえば、トリプルアクセルが代名詞のひとつ。毎シーズン様々なプログラムで、ファンを楽しませてきたことも印象的だが、それぞれがお気に入りで、どれか一つを選ぶことには“苦悩”。中でもロヒーン・ワード氏が振付を担当し。ジャネットジャクソンの楽曲「Rock With U」を採用し、本人からも反応され大きな話題となった2022-23シーズンプログラムに関しては、「3分25秒にここまで詰め込めるのか」と、競技者目線で驚いたそうだ。

それを踏まえた自身の「武器」は、件のジャンプはキャリア前半時は感じていたものの、後半期に入ると、「伸び」といったスケーティングの本質部分だったという坂本。具体的にと問われると、「表現が難しい…」と熟考。逆に報道陣へ問いかける一幕も。

故郷・神戸への想い

兵庫県神戸市に生まれ育ち、小学校から大学も一貫して神戸である坂本は、地元への思い入れが強いことでも知られている。この日の会見もまた神戸。地元メディアも多数参加し質問を寄せていた。

「なぜ離れなかったのか?」という声には、中野コーチやグレアムコーチの存在、大会成績に一喜一憂してくれる所属クラブ「シスメックス」のメンバーなど、自身に欠かせない存在が数多くあり、「出る選択肢が全くなかった」。西宮市にある「ひょうご西宮アイスアリーナ」が2013年にオープンするまで、神戸含めて練習拠点となるスケートリンクがなかった坂本は、ノービス時代は、大阪まで通っていた。送迎役をつとめ、活動を後押ししていた母には感謝の気持ちしかないという。

「明るいキャラクター」に対する葛藤

明るい性格や前向きな発言でファンも多い坂本。後輩にも慕われていることで知られている。しかし、不甲斐ないシーズンや結果を送った時には人知れず涙を流すこともあった。

「でもここを乗り越えられたらかっこよくない?」と問いかけることで、前向きに矢印を向けたことも“秘訣”だったという。さらに師事する中野コーチからは、「この世界ジュニアでグランプリ取ったらファイナル行けるかもね」など、「頑張ればできる」具体的な目標を掲げられることも多かったといい、そうした指導も前述の前向きさにも繋がっていたようだ。

一方で、自身のキャラクターは、「真剣な顔ができない」と、悩みになることの方が長年あったという。その中で2023-24シーズンに、マリー=フランス・デュブレイユが振付を担当したフリープログラム『Feeling Good』にて、「初めて思い切って、普段の自分をしっかり切り離してプログラムができるようになって、『あ、やっとできるようになった』って思った。自分の性格が活かされ、ようやく払拭できた。」と語る。

画像: 「明るいキャラクター」に対する葛藤

勝負強さ、転機となった「コロナ禍」

20年を超えるスケーター人生を振り返り、ノービスからジュニア時代は、成績も安定せず、ここ一番の勝負強さで次のステージに上がってきた坂本。逆境を跳ね返す力は、カナダ・モントリオールで開かれた2024世界選手権での逆転優勝など、シニア時代にも遺憾なく発揮された。VTRでも流れていた幼少期の自身に対しても、「好きだから楽しめていたんだな」と再認識し、スケートを続けさせてくれた母には感謝の気持ちしかないという。

画像: 勝負強さ、転機となった「コロナ禍」

栄光の反面で、シニア転向1年目は初のオリンピック出場となった平昌五輪、さらに日本での開催を控えていた世界選手権の存在もあり、「まぐれと思ってほしくない」という気持ちで奮い立たせていた。

一方、「オリンピアンとして頑張る1年」と意気込んだ2019-20シーズンは、様々な“反動”がきたという。私生活では神戸学院大学に進学し、変化した生活リズムへの対応に苦心。連覇を狙った日本選手権でも6位に終わるなどしている。

当時を振り返り、「二年連続ですごく頑張った反動が来てしまった。スケートが好きなのには変わりないけど、『何に向かって頑張ってるんだろう』と思いながら、毎日の練習も何のために行っているかわからなくなってしまった」と語る坂本。肉体的にも休息を求めていた時期だった。

そこに振りかかってきた「コロナ禍」が、結果的に立ち直るきっかけとなった。世界的なパンデミックは、シーズンを締めくくる世界選手権(カナダ・モントリオール開催予定)が中止となるなど、フィギュアスケート界にも大きな影響を与えている。

坂本にとっては「合法的に休むことができた」期間となった。

「最初の1ヶ月は遊べる、すごい暇やなって思ってたんですけど、 みんなが滑れない状況にあって、土台は一緒っていうことは、今、陸でトレーニング頑張れば、またスケートできるようになった時に、取り戻すところからじゃなくて、すぐ飛んでそこからさらにっていう風にできるんじゃないかなっていうのを思い始めてから、気持ちがすごく前向きに変わって。1ヶ月半滑らずに一生懸命トレーニングして、復帰してからは、すごく練習にも前向きに取り留めるようになったので、きっかけはコロナで滑れなくなったことでしたね」

群雄割拠の時代に突入するフィギュアスケート界

坂本花織の引退も含め、フィギュアスケート界は群雄割拠の時代に突入しようとしている。
ペアで金メダルを獲得したりくりゅうコンビこと、三浦璃来&木原龍一も2025-26シーズンをもって引退、男子シングルと団体戦で銀メダルを獲得した鍵山優真は休養を選択し、競技全体を通して一つの区切りとなっている。なお、りくりゅうコンビの引退は人づてに耳にしたという。
さながら戦国時代の様相となっているが、「誰が勝っても初優勝、楽しみではある」と、世界選手権・日本選手権ともに女王に君臨した状態から第一線を引く「絶対王者」だからこそのエール。やり切ったかという質問に対しては、他選手のジャンプ練習を見て、寂しさを感じることもあるという。

画像: 群雄割拠の時代に突入するフィギュアスケート界

いま何がしたいかという問いには、「お母さんの作るコロッケを食べたい」。
アスリートでもあることから揚げ物は控えており、一人暮らしをはじめて6年になり疎遠になっている中、自身にとっては格別のごちそうという。なお、母・悦子さんもそのことを覚えており、既に振舞われてたそう。

関西スポーツ界を盛り上げていきたいとも語る。

私事ですが…

報道陣からの質疑応答後は、再度の花束贈呈に。ここで何度も感謝の気持ちを発していた中野コーチ、グレアムコーチがサプライズ登場。

中野コーチからは、「コーチは地味で楽しいことはあまりない仕事。やっぱり派手なところに慣れてしまっているので、ちゃんと落ち着いて続けてくれるかどうかが心配。」と親心を見せつつ、「なんとか私の代わりに兵庫県をあげてくれることを祈っている」と、神戸っ子の後輩に対してエール。

画像1: 私事ですが…

グレアムコーチからは、「ここからは指導者として、頑張って神戸から世界に羽ばたく子たちをいっぱい作れるように、中野先生になるまでサポートしますので頑張りましょう」と、今度は偉大な指導者の後継者になっていくためのサポートを約束。

万感の思いで花束を受け取った坂本だが、「サプライズ」はこれだけではなかった。

画像2: 私事ですが…

終盤、定番である坂本本人による会場撮影を終えた後、本人の口から衝撃発言。

「私事ですが結婚しました」

お相手は神戸学院大学時代に知り合った一般男性。フィギュアスケート関係者ではないとのことだ。

ちなみに中野・グレアムコーチには既に報告したが、人づてに存じていたと返されたそう。入籍は5月5日付。

画像3: 私事ですが…

取材・執筆:向山純平

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