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2人の若き数学者が300年来の多面体ルールを覆す――「自分自身を通り抜けられない立体」を初発見

  • 2026.5.1
2人の若き数学者が300年来の多面体ルールを覆す――「自分自身を通り抜けられない立体」を初発見
2人の若き数学者が300年来の多面体ルールを覆す――「自分自身を通り抜けられない立体」を初発見 / Credit: Steininger & Yurkevich (2025), arXiv:2508.18475

私たちは普段、3次元の立体について「これくらいなら直観で答えが出る」と素朴に信じて生きています。

たとえば、こんな問いです。

「サイコロの中を同じ大きさのサイコロを通過させられるか?」

ほとんどの人が、まず「無理に決まっている」と答えるはずです。

同じ大きさなのだから、通り抜けられるわけがない。

直観的にそう感じます。

ところが、答えはイエスなのです。

サイコロを角を上に向けて立てれば、同じ大きさのサイコロを通せる穴を開けることができます。さらに巧妙な向きを選べば、約6%大きい立方体まで通せることまで分かっています。

これは300年以上前にライン川のルパート王子という人物が賭けに勝ったと伝えられ、後に数学者ジョン・ウォリスが数学的に証明してみせた、数学界では有名な話です。

それから現代に至る300年のあいだ、数学者たちはあらゆる立体を調べてきました。

立方体、正四面体、正八面体、正十二面体、正二十面体、サッカーボール状の形まで――次々と「自分と同じ形のコピーを通せる、まっすぐな穴」が見つかり、ついに2017年、3人の研究者が正式にこう予想しました。

「すべての凸多面体には、自分と同じ形のコピーをまっすぐ通せる穴を開けることができる」と。

ところがオーストリアの若い数学者2人が、5年がかりの研究の末、現時点で唯一、自分自身の通り抜けが不可能な多面体を発見してしまいます。

その形の名は、ノパーヘドロン。

2人は無限を別の無限に変換し、無限の弱点を突き、有限で無限を打ち倒す定理を駆使して5年がかりで証明にこぎつけました。

なぜその多面体だけが、300年続いた素朴な期待を裏切る現代の予想をくつがえせたのでしょうか?

研究の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されています。

目次

  • 自分自身を通り抜けられる立体、という奇妙な事実
  • 見つかりはじめた、自分を通れない形
  • 無限を別の無限に変換する魔法
  • 300年来のルールを破る多面体がみつかった
  • 3次元空間は高次元よりも変な空間かもしれない

自分自身を通り抜けられる立体、という奇妙な事実

自分自身を通り抜けられる立体、という奇妙な事実
自分自身を通り抜けられる立体、という奇妙な事実 / Credit:Canva

・サイコロの中をサイコロが通るとは?

まずは話の出発点となる、ルパート王子のサイコロの不思議さから確認してみましょう。 「サイコロの中を同じ大きさのサイコロを通過させられる」というのは普通に考えると、確かに無理があります。 普通のサイコロは重さも硬さもあり、油圧プレスなどで無理に押し込めば両方とも壊れてしまいます。

しかし数学者が見ているのは、サイコロの材質ではなく、立体の形を決める「角の8個の点の配置」と、その影の形だけです。

凸多面体というのは、角の点さえ確定していれば、それらを結ぶことで辺・面・中身までが自動的に決まる立体です。

頂点の配置は、立体全体を決める「骨格図」のようなものです。

サイコロを「8個の角の点の配置」とその影として捉える――300年前のルパート王子もそう考えました。

サイコロとサイコロを両手で押しつぶし合う狂人では、数学の歴史に名前を残すことができません。

才能に恵まれたルパート王子と、後にその話を書き残した数学者ジョン・ウォリスはそうではなく、「サイコロを<通す/通さない>という問題を考えるときに本当に重要なのは、角の8個の点に触れずに、その内部を通るかどうかだ」――つまり「角の8個の点が、もう一方のサイコロの影の内側にすっぽり収まる向きを見つけられるか?」と問題を数学的に翻訳したのです。

角の点さえ影の内側に入れば、辺・面・中身もすべて影の内側に収まる――だから角の点だけを調べれば十分、というのが鍵でした。

この条件では、ほんの少しの工夫で通り抜けが可能です。

具体的には、サイコロを角で立てます。

テーブルの上に、サイコロの一つの頂点だけが触れている状態です。 このとき、上から見下ろした影は、正方形ではなく正六角形になります。

そして正六角形の影は、もとの正方形の面より一回り大きいのです。

だから、その六角形の中には、もとのサイコロの一面より大きい正方形を描き込むことができる。

この対角線方向(角を上にした向き)でも同じ大きさのサイコロを通せますが、ニューランドが見つけた別の巧妙な向きでは、最大で約「1.06」、つまり約6%大きいサイコロまで通り抜けることができます。

これは数学的なトリックではなく、実際に3Dプリンタで作って実演している人もいます。 物理的に再現できる、れっきとした事実です。

・「すべての立体がそうなのか?」という、自然な問い

300年の時を経てついに発見された自分自身を通れない多面体
300年の時を経てついに発見された自分自身を通れない多面体 / Credit: Steininger & Yurkevich (2025), arXiv:2508.18475

立方体がそうだと分かれば、当然次にこう考えたくなります。

「ほかの立体ではどうなんだ?」

ここで人間の好奇心が動き出します。

20世紀以降、世界中の数学者やパズル愛好家が、さまざまな立体を相手にこの問題を解いてきました。

1968年には、正四面体と正八面体もルパート性を持つことが示されます。

さらに正十二面体、正二十面体、そしてサッカーボール状の切頂二十面体まで――次々と「自分と同じ形のコピーを通せる穴」が発見されていきました。

それが20世紀以降コンピューターの能力が上がってきてからは特に、その速度は加速していきました。

どんなにチェックしても、出てくるのは通り抜けOKな「ルパート性を持つ立体」ばかりなのです。

自分と同じ形のコピーを通せる穴を持たない立体は、誰も見つけられなかった。

そして2017年、リチャード・ジェラード、ジョン・ウェッツェル、リーピン・ユアンの3人の研究者がついにこう正式に予想しました。

「すべての凸多面体は、ルパート性を持つ」

ここでいう凸多面体とは、ざっくり言えば「平らな面だけでできていて、へこみがない立体」のことです。

サイコロも、ピラミッド型も、サッカーボール型も、みんなこの仲間です。

その「みんな自分と同じ形のコピーを通せる」というのが、2017年の予想でした。

直観的にも、すごく自然に聞こえます。

私たちは普段、立体というものを「とりあえず手に取って、見れば分かるもの」だと思って生きています。

複雑な形でも、何度か回せばどこかに穴を通せそうな気がする。

だから「すべての凸多面体には、自分と同じ形を通せる穴を開けられる」と言われれば、「まあ、そうなんだろうな」と納得してしまう。

ところが――違いました。

見つかりはじめた、自分を通れない形

見つかりはじめた、自分を通れない形
見つかりはじめた、自分を通れない形 / Credit:Canva

・「あるかもしれない」と疑い始めた2人の若手

話は約5年前に飛びます。

オーストリアで学生だった2人の数学好きの若者が、いつものようにYouTubeを眺めていました。

その日、彼らがたまたま開いた動画は、サイコロの中を別のサイコロが通り抜けていく、あの不思議な3Dアニメーションだったのです。

2人は、画面の前で釘付けになりました。

「ちょっと待って。これって、あらゆる立体でできるのか?」

その疑問が、彼らのその後の5年間を決めてしまいます。

2人の名前は、ヤコブ・シュタイニンガー氏と、セルゲイ・ユルケビッチ氏。

10代の頃に数学オリンピックの準備を通じて出会って以来の親友です。

シュタイニンガー氏は最終的に修士号を、ユルケビッチ氏は博士号を取得しましたが、2人とも最終的にはアカデミアを離れました。

シュタイニンガー氏はオーストリアの国立統計機関に、ユルケビッチ氏は運輸システム会社に勤めながら、空き時間で一緒に数学を続けています。

YouTubeでルパートのキューブを知った2人は、すぐにアルゴリズムを書き始めました。

さまざまな多面体を入力して、その立体に自分と同じ形のコピーを通せる穴(ルパートトンネル)があるかをコンピューターに探させるのです。

立体の角の点(関節)の位置をぐるぐる回転させながら、「全部の角の点が、もう一方の影の中に収まる向き」を探させる。

そういうプログラムです。

すると、奇妙な傾向が見えてきました。

ほとんどの立体については、アルゴリズムはほぼ瞬時に通し方を見つけてしまいます。

ところが、ごく一部の立体については、コンピューターをいくら走らせてもまったく見つからないのです。

まるで絶対に通過できない不良品の知恵の輪が存在するかのようでした。

理論ではどんな多面体も通り抜けなければならないのに、なぜ以上に苦戦する場合があるのでしょうか?

「これはおかしい」

2人はそう考えました。

アルゴリズムが見つけられないだけの可能性もありますが、ひょっとするとこの立体には、本当に通し方が存在しないのではないか。

2021年の論文で、彼らは公の場で初めてこう書きました。

「すべての凸多面体がルパート性を持つわけではないのではないか」

これが、2017年の「すべての凸多面体はルパート性を持つ」という予想に対する、最初のはっきりとした疑義表明でした。

ただし、当時の2人にとって、これはまだ「そう思う」というだけの話でした。 「そう証明する」とは別の話です。

・数億の形を試したGoogle社員

2人の予想に呼応するように、世界の片隅でも別の研究者が動き始めていました。

Googleのソフトウェアエンジニアであるトム・マーフィー氏です。

インターネット上では「Tom Murphy 7世(VII)」という遊び心のある名義でも知られている人物で、彼は仕事の合間に趣味として、なんと数億通りの多面体をコンピューターで生成し、片っ端からルパート性をチェックしていました。

ランダムに作った多面体、頂点を球面に並べた多面体、特殊な対称性を持つ多面体、そして「いままで見つかっていた通し方をわざと邪魔するように頂点を一つだけ動かした多面体」――ありとあらゆるパターンを試したのです。

それでも、彼のアルゴリズムはほぼすべての立体に、あっさり通し方を見つけてしまいました。

そんな中で、数学者たちは少しずつ「これは怪しい」という立体のリストを作っていきます。

「2週間、デスクトップでずっと作業しました。あの立体はあらゆる試みに抵抗するんです」

ジョンズ・ホプキンス大学のベンジャミン・グリマー氏は、62面の美しい立体「菱形二十・十二面体(ロンビコシド十二面体)」について、こう述懐しています。

これらの「通し方が見つからない頑固な立体」は、いつしか「ノパート候補」と呼ばれるようになります。

「ノー(できない)」と「ルパート」を合わせた造語で、先のマーフィー氏が「Tom Murphy 7世」名義でSIGBOVIK 2025という学術ユーモア会議で命名しました。

しかし、これらが本当に「自分と同じ形のコピーを通せる穴を持たない立体」なのか、それとも「コンピューターが見つけられないだけ」なのかは、誰にも証明できません。

立体の向きには無限のパターンがあります。

コンピューターはその中の有限個しかチェックできません。

「いくらやっても見つからない」と「絶対に存在しない」のあいだには、深い溝があるのです。

「これがあるかもしれない、ないかもしれない」――そんな過渡期的な状況が数年間続きました。

無限を別の無限に変換する魔法

無限を別の無限に変換する魔法
無限を別の無限に変換する魔法 / Credit:Canva

シュタイニンガー氏とユルケビッチ氏は、力ずくのチェックでは埒が明かないと考えていました。

立体の向きには無限のパターンがあります。

コンピューターで一つずつ調べていたら、宇宙が終わるまでに終わりません。

ここで2人が考えたのは、こういう発想でした。

立体を8個や、20個や、60個の角の点の集まりとして数学的に扱うと、立体を通すかどうかは、結局のところ次の問いに変わります。

「2つの立体の角の点を、どう回転させ合えば、通すほうのすべての点がもう一方の影の内側に収まるか?」

難しそうに思えますが、ようは内側の通すほうの角の点が外に出たらアウトというのを、グリグリ回転させながら確かめていくという意味です。

そして2つの立体の影の関係を決めるパラメーターは、論文では合計5つで表されます。

内訳は、一方の立体の射影方向(影を作る視線の向き)を決める2つの角度、もう一方の立体の射影方向を決める2つの角度、そして影の平面内での回転を決める1つの角度――計5つの「ダイヤル」です。

5種類の数値(軸)で物事が決まる世界を、数学では「5次元の問題」と呼びます。

だから「2つの立体の向きの無限の組み合わせ」というのは、5次元空間の中の1つの点として表現できる――

「何を言っているかわからない」と思うかもしれません。

ですが要は、無限に思えるパターンがあるところを、2つの立体の影の関係を変える「ダイヤル(軸)」が5種類あり、それらを少しずつ動かせる。

3次元空間なら「縦・横・高さ」の3種類のダイヤル(軸)で位置が決まりますが、5次元空間の中ではそれが5種類になると考えたのです。

この5種類のダイヤルで問題となる外側と内側のサイコロたちのあらゆる影の関係が決まります。

2つの立体の回転パターンは無限にあります。
ダイヤルをいじって5次元空間のどこに存在するかも無限の選択肢があります。

こう書くと進歩がないように思えますが、研究者たちは、まず無限の種類を別の形にしてみたのです。

「無限の考え方を変えた」とも言えるでしょう。

どうしようもない相手も角度を変えてアプローチすれば打開策がみつかることがあるように、埒が明かない無限相手でも、考え方を変えれば何かが見えてくるかもしれません。

実際、無限の形を変えることで「宇宙が終わるまで続けても証明できない無限」を「5次元空間の全ての地点で、通れる場合が存在しないことを証明すればいい」という問題に書き換わりました。

ただ依然として、無限の点を調べなければならないという課題は残っていました。

・はみ出し者をみつければいい

はみ出し者をみつけろ
はみ出し者をみつけろ / Credit: Steininger & Yurkevich (2025), arXiv:2508.18475

ここから先は、2人がどうやって「無限の組み合わせを排除する論理」を組み上げたか、という話です。

難しそうですが、中身はかなりシンプルです。

立体の角の点たちを上から見下ろした影に閉じ込めようとするとき、角の点がもう一方の影から「どれくらいはみ出しているか」をコンピューターで測ることができます。

もちろん人間が実際に定規と分度器で人力で測ることもできますが、コンピューターに任せた方が楽です。

ただ時にはコンピューターがかなりの時間をかけても、点のいくつかが影から大きくはみ出し続けてしまう場合もあります。

このとき、その向きを少しいじったくらいでは、関節のはみ出し方は劇的には変わりません。

多少ダイヤルを回しても、はみ出した関節は、はみ出したままです。

つまり、ある向きで「盛大にはみ出している」という事実があれば、その向きの周辺一帯は、まとめて「ルパート通路が存在しない領域」と考えられるわけです。

疑わしきは罰してしまう方法です。

5次元のダイヤル空間に、はみ出している領域の「ブロック」が、ごっそり生まれるイメージです。

これが2人の最初の武器、「大域定理(global theorem)」と呼ばれる結果でした。

もちろん、疑わしきを罰する「だけ」では数学の証明どころか普通の裁判でもアウトです。

そこで2人は立体の影の輪郭に並ぶ点たちのなかから、特定の条件を満たす、影の境界上の3点を選んで調べることにしました。

これらは「3方向に最大限に張り出している」「原点を内側に含む三角形を作る」「角度的に局所的に最も遠い」など、複数の条件を満たすよう選び抜かれた点たちです。

研究者たちはこの3点の動きを集中的に調べました。

無限、5次元ときて、3つの点の動きまで絞り込んでいったわけです。

これが2人の考えたもう一つの武器「局所定理(local theorem)」でした。

すると立体をどんなふうにわずかに回転させても、必ずそのうちの少なくとも1つの点が、さらに外側に飛び出してしまうことが、論理だけで証明できるのです。

1つが必ず外に飛び出すことを証明できたということは、無限に試しても飛び出し続けるという意味です。

ここまでで、2人が真剣に考え始めてから、すでに数年がかりです。

ところが、ここからまた壁が現れます。

局所定理を使うには、対象の立体の影の輪郭上に条件を満たす3点が必要です。

しかしこれまで「ノパート候補」と疑われてきた美しい立体たち──ロンビコシド十二面体、その仲間たち──を実際にチェックしてみると、いずれもどこかの方向の影で3点が出そろわない状況が出てしまったのです。

ここで普通なら、「やっぱり予想は正しかったのかもしれない」と諦めるところです。

けれど2人は違いました。

「無いなら、自分たちで作ろう」

そう決めたのです。

容疑者探しから、1人の真犯人を特定する作業に入ったのです。

たった1つ絶対的な例外であることを証明できれば法則を崩すには十分です。

300年来のルールを破る多面体がみつかった

300年来のルールを破る多面体がみつかった
300年来のルールを破る多面体がみつかった / Credit: Steininger & Yurkevich (2025), arXiv:2508.18475

2人は新しいアルゴリズムを書きました。

「局所定理が通用する立体」を、コンピューターに自動生成させる。

具体的には、影の輪郭にどう傾けても「条件を満たす3つの関節」が現れるような立体をひたすら作り出していくのです。

アルゴリズムが最終的に吐き出したのが、不思議な立体でした。

90個の頂点(関節)。240本の辺(骨)。152の面(皮膚)。

多面体としては、なかなか派手な構造です。

そしてもう一つの重要な特徴があります。

点対称であること――どの頂点にも、原点を挟んで真反対の位置にぴったり対応する関節がある。

だから、全体が原点を中心に完璧にバランスがとれている。

90個の関節たちが、空中で正確に踊っているような、整然とした立体です。

著者2人はこの新しい立体に、ちょっとふざけた名前を付けました。

「ノパーヘドロン(Noperthedron)」

これは先ほど登場した「ノパート」――マーフィー氏が「自分と同じ形を通せる穴を持たない多面体」を指して作った造語――に、多面体を表す接尾辞「-ヘドロン」をくっつけたものです。

つまり「ノー(Nope)」と「ルパート(Rupert)」と「-ヘドロン」の三段重ねの合成語、という不思議な命名です。

このノパーヘドロンは容疑者どころか、法則を打ち破る例外になり得る、ほぼ犯人と言える存在です。

けれどこれだけでは、まだ証明にはなりません。

5つのダイヤルでできた5次元空間のあらゆる地点で、「90個の頂点を、もう一方の影の中に押し込められる向きが、本当に存在しない」ことを確認しないといけません。

そこで研究チームは、この5次元空間を、約1800万個の小さなブロックに切り分けました。

そして各ブロックの中心点をひとつ取り出して、片っ端から調べていきます。

こういうと

「結局1800万通りしか調べていないなら、無限の取りこぼしがあるんじゃないの?」
「5次元空間に『飛び石』のように1800万個の点が散らばっていて、その点だけ調べたのは無限からの逃げでは?」

と思うかもしれませんが、違います。

5次元空間を、1800万個の小さな「箱」に切り分けはしますが、1800万個のブロックは、5次元空間の「全部」を覆っているのです。

隙間はゼロです。

5次元空間のどこをダイヤルで指し示しても、必ずどこかの箱に属しています。

(※厳密には、論文で扱われる5次元空間は無限に広がる空間ではなく、立体の対称性によって有限の範囲(角度の組み合わせ)に絞り込まれています。ただこれは逃げではありません。無限が有限の繰り返しならば、その有限の範囲で証明できれば無限全体に適用できるのです。ノパーヘドロンの15回対称性により、本来360度ぶんあるダイヤルの一部は24度ぶんだけ調べれば十分になります。言い換えれば、有限の範囲が「無限のダイヤル操作の急所」となっており、そこさえ抑えれば残りは対称性のコピーとして自動的に結論が決まる、という仕掛けです。)

そして1800万個の箱の一つひとつには、ある仕掛けがほどこされていました。

「箱の中心点さえ調べれば、その箱の中のどこを動いても結論は変わらない」――そう保証してくれる論理が、最初から組み込まれていたのです。

これがまさに、2人が5年がかりで作り上げた大域定理と局所定理の役割でした。

普通の検算は、1点を調べると、その1点についてしか結論が出ません。

ところが大域定理と局所定理は違います。

1点を入力すると、その点を中心とする領域全体について結論が出る。

言ってみれば、単体攻撃ではなく「範囲攻撃」ができる論理装置です。

そうしておいて各箱について――

大域定理が通用すれば:そのブロック全体を「通せない」と判定して除外する。
局所定理が通用すれば:そのブロック全体を「通せない」と判定して除外する。

として、調べていきます。

中心点を1つ調べると、その1点での観測結果から、定理の論理によって、箱の中の連続的に詰まった無限の点ぜんぶについて結論が出る。

1点を見ているのですが、結論は箱全体に行き渡っている。

これが繰り返されていきます。

これは数学の証明において有限で無限を打ち倒す典型的なやり方です。

無限の点を1個ずつ確かめるのではなく、有限個の代表点での観測と、点の周辺での連続性や幾何学的性質を保証する定理の論理によって、無限の点に関する結論を一括で得るのです。

コンピューター科学の用語で言えば「区間演算による厳密な誤差評価」に近い手法を、5次元の領域分割で実装したものになります。

言ってみれば「無限の急所を押え、有限を定理の論理で範囲攻撃できるように強化する」という補助魔法を使い、有限で無限を克服するわけです。

そして、結果はこうでした。

1800万個すべてのブロックで、大域定理か局所定理のどちらかが通用し、すべてのブロックが「通せない」と判定されました。

これらのブロックは5次元空間全体を埋め尽くしていて、各ブロックの中の無数の点も、定理によってすべてカバーされている。

つまり、有限個の「範囲攻撃」が、無限のダイヤル空間を完全に打倒したのです。

ノパーヘドロンの90個の関節を、すべて別のノパーヘドロンの影の内側に押し込められるような向きは、5つのダイヤルをどう調整しても、宇宙のどこにも存在しない。

肉でも皮膚でも骨でもない、90個の関節たち。

それが、どんなに角度を変えても、必ずどれか一つが牢獄からはみ出してしまう。

これが、300年越しの問いに対する、ついに出た答えでした。

3次元空間は高次元よりも変な空間かもしれない

3次元空間は高次元よりも変な空間かもしれない
3次元空間は高次元よりも変な空間かもしれない / Credit:Canva

数学の証明というのは、しばしば「特定のパズルが解けた」という形で語られます。

けれど今回の発見の含意は、もっと広い場所にまで届いています。

私たちは日常生活で、立体というものに対してかなり強い直観を持っています。

サイコロを見れば、それが立方体だと一瞬で分かります。

コップを見れば、これは円柱の一種だな、と分かります。

複雑な彫刻を見ても、「ここに穴を開ければ向こうが見える」「これくらいなら回せばこの隙間を通せる」と、なんとなく見当がつきます。

この「見れば分かる」という安心感は、私たちが空間を歩き、家具を運び込み、引っ越しの段ボールをパッキングするときに、ずっと無意識に頼っている感覚です。

ところが数学は、こう告げてきました。

「自分の穴を絶対に通れない、不思議な形が存在する」

しかも、何かエキゾチックな高次元の話ではありません。

私たちが手に取って眺められる、ふつうの3次元の立体の話なのです。

ここで興味深い対比が浮かび上がります。

すでに数学者たちは、超立方体(4次元以上の「立方体」のこと)に限れば、すべての次元でルパート性を持つことを証明していました。

つまり、超立方体という限られたクラスでは、高次元でも自分自身を通り抜けられる穴が必ず存在する。

ところが、私たちの慣れ親しんだ3次元の世界には、自分自身を通れないノパーヘドロンが存在する。

少なくとも超立方体では現れない対比が、3次元の別の凸多面体で現れた――そう言える結果なのです。

人間の直観が一番効くと思っていた3次元の世界が、実は「ヘンな例外」を抱え込んでいた。

これは、私たちの空間理解について、なかなか不思議な事実です。

私たちは普段、自分が住んでいる3次元の世界が一番自然で、高次元は「どこか変な場所」だと思っています。

ところが数学は、こう告げてきました。

「変なのは、もしかすると私たちの3次元のほうかもしれない」と。

研究チームは今後の課題として、いくつかの問いを残しています。

「ノパーヘドロンの仲間は、無限にあるのか、それとも有限のごく稀な存在なのか?」

「ロンビコシド十二面体のような、長年の容疑者たちは、本当にノパートなのか?」

「立体を回しながら通せるような穴ならどうなのか? 立体イライラ棒のルールから外れた、もっと自由な遊びのなかでは、ノパートはなお通せないのか?」

300年の問いに答えが出たことで、新しい問いが生まれました。

これが数学の常で、ひとつの扉が閉じると、その奥に別の扉が現れます。

ルパート王子(1619〜1682) はイングランド王チャールズ1世の甥で、内戦時には王党派軍を指揮した軍人でしたが、晩年は研究所に引きこもって冶金学やガラス製造の実験に没頭していたそうです。 彼が数学史のなかで果たした役割は評価が別れますが、多彩な才能を持っていたのは確かでしょう。
著者らは、Rupert’s property(ルパート特性)――「ある凸立体の内部にまっすぐな穴を開け、その立体と合同なコピーを通せるか」という問題を、正射影と凸包の包含問題として定式化しています。そのうえで、ひとつの具体的な凸多面体について、可能な配置をすべて排除する形で証明を組み立てました。
この定式化において、多面体は3次元空間内の凸位置にある有限個の点として扱われ、その凸包が立体に対応します。Rupert’s propertyは、物理的な穴あけ実験ではなく、2つのorthogonal projection(正射影)の比較として書かれます。コピー側の射影を平面内で回転させたものが、穴を開ける側の射影の凸包の内部に厳密に含まれるかどうかを見るわけです。論文では点対称な凸多面体に議論を絞っているため、平面内の平行移動を別に導入する必要がなく、2つの射影方向と平面内回転を表す5つのパラメータで問題が記述されます。
著者らが構成する反例は、Noperthedron、略してNOPと呼ばれます。3つの有理座標の点を出発点とし、z軸まわりの15回回転対称と中心反転を含む30個の操作を施して作られています。頂点数は3×30で90個、原点に関して点対称、半径は1に正規化されています。この構成は美的な配慮によるものではなく、対称性によって探索すべき5次元パラメータ空間を縮小するための設計です。実際、2つの方位角はそれぞれ0から2π/15まで見れば足り、片方の極角や平面内回転角も対称性によって範囲が削れます。Noperthedronは反例として機能すると同時に、反例であることを証明可能な形で記述するために設計された多面体でもあります。
証明の戦略は、縮小された5次元空間を小さな領域に分割し、それぞれの領域について「ここにはRupert通路を与えるパラメータが存在しない」と示すことにあります。主道具はglobal theorem(大域定理)とlocal theorem(局所定理)の2つです。
大域定理は、支持方向による分離判定として理解できます。ある候補配置で、コピー側の射影のある頂点が、穴側の射影凸包の外へ十分にはみ出しているなら、その配置はRupert解ではありません。さらに、はみ出しに余裕があれば、角度を少し変えた近傍全体も同時に排除されます。論文では、角度の摂動による射影の変化量が、回転行列と射影行列の作用素ノルム、および一次・二次の微分評価によって定量化されています。これにより、排除できる5次元の箱の大きさが、連続性の議論にとどまらず、実際に計算可能な形で与えられます。
大域定理だけでは証明は閉じません。問題となるのは、2つの射影がほとんど同じ形に見える局所的な場面です。この状況では、どこかの頂点が大きく外へはみ出すという余裕がなくなり、大域的な分離判定は効きにくくなります。そこで導入されるのが局所定理です。論文の局所定理は、境界上の任意の3点を見るのではなく、2つの合同な3点組 P_i と Q_i を選び、それぞれの射影が摂動に耐えて原点を囲む ε-spanning 条件を満たし、Q_i 側の射影点が局所的に原点から最も遠い境界点として振る舞う δ-LMD 条件を満たす場合に、その近傍全体を排除する構造を持っています。
局所定理の鍵は線形代数的な矛盾にあります。仮に局所的なRupert通路が存在するとすれば、コピー側の3点の射影距離は、穴側の対応する3点の射影距離より、いずれも小さくならなければなりません。一方、射影距離はもとの3次元点と射影方向との内積に結びついています。3点が正の係数で張る錐の中に射影方向を含むような配置では、同じ長さの2つの方向ベクトルに対して、3つの内積が同時にすべて一方向へ厳密に改善することはできません。論文のLemma 23は、この不可能性を抽象化した命題であり、局所定理はそれを実際の多面体の射影と微小な角度摂動に耐える形へ落とし込んだものです。
コンピュータ計算の厳密性についても、論文は注意深い設計を採っています。Rによる浮動小数点計算でまずsolution tree、すなわち探索領域の分割木を作りますが、著者らはこのRコード自体は主定理の証明ではないと明記しています。証明を完成させるのは、SageMathによる有理数ベースの検証です。三角関数は有理係数のTaylor多項式で近似され、sinとcosの近似誤差はκ/7以下に抑えられ、対応する行列の誤差はκ=10⁻¹⁰以下に管理されます。平方根についても、上からの有理近似と下からの有理近似が使い分けられ、不等式判定は常に安全側に倒れるよう設計されています。
実際のsolution treeは、58万5200個の内部ノードと1811万5245個の葉を持っています。葉のうち1749万2530個は大域定理で、62万2715個は局所定理で排除されます。SageMathで確認されるのは、各葉に有理数版の大域定理または局所定理が適用できることと、葉全体が対称性で縮小された初期探索領域を覆っていることの2点です。この検証によって、NoperthedronはRupert’s propertyを持たない、という主定理が成立します。
論文ではさらにRuperthedronという別の多面体も構成されています。これはRupertではあるものの、locally Rupertではありません。著者らは具体的なRupert通路を与える一方で、2つの射影方向の差と平面内回転がすべて0.0006以下となる範囲には解が存在しないことを示しました。「Rupertである」ことと「任意に近い向きの組み合わせでRupert通路を持つ」ことは同値ではない、ということがここから分かります。
本研究は、凸多面体のRupert性という幾何学的問いに対し、正射影、凸包、線形代数、不等式評価、厳密なコンピュータ検証を組み合わせ、ひとつの明示的反例を構成しました。一方で著者らは、Rhombicosidodecahedron(斜方二十・十二面体)のような自然な候補が、現行の手法ではまだ扱えないことも記しています。「すべての凸多面体はRupertである」という予想はここで終わりますが、非Rupert多面体を体系的に研究する作業はここから始までしょう。

元論文

A convex polyhedron without Rupert’s property
https://doi.org/10.48550/arXiv.2508.18475

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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