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マリリン・モンロー最初の夫が仲間の寝台に「妻のピンナップ」を見つけた日

  • 2026.5.1

伝説の女優マリリン・モンローの生誕100周年を記念した展覧会の開催を前に、彼女の最初の夫ジム・ダウアティにまつわるエピソードが改めて脚光を浴びている。夫が妻のモデル活動を知った瞬間——それは、仲間の船員の寝台に飾られた1枚のピンナップ写真だった。(フロントロウ編集部)

16歳で孤児院を逃れるための結婚だった

マリリン・モンローは、当時まだノーマ・ジーン・モーテンソンという名の16歳の少女だった。孤児院や里親家庭を転々としてきた彼女は、親しい養親の叔母グレース・マッキー・ゴダードの計らいで、その隣人の息子であるジム・ダウアティ(21歳)と1942年に結婚した。施設に戻ることを避けるためのやむを得ない決断だったとされている。

2人はヴァン・ニュイズ高校での縁をきっかけに結婚した。ダウアティが商船隊(マーチャント・マリーン)へ召集されるまで、妻のノーマ・ジーンと穏やかな生活を送っていた。その頃、彼女が密かにモデルの世界へ踏み出していたことを、ダウアティはまったく知らなかった。

実は、妻のモデル活動を知ったのは「仲間の寝台の写真」だった

Norma Jeane Baker, future film star Marilyn Monroe (1926 – 1962), with her first husband, Merchant Marine James Dougherty (1921 – 2005) in Avalon, Santa Catalina Island, circa 1943. Dougherty was stationed on the island’s boot camp at the time. In the background is the famous green pleasure pier. (Photo by Silver Screen Collection/Hulton Archive/Getty Images)

実は、ダウアティが妻の秘密を知ったのは、思いがけない瞬間だった。米Peopleの報道によると、商船隊の船上で過ごしていたダウアティは、ある日仲間の船員の寝台に飾られた1枚のピンナップ写真に目が留まった。そこに写っていたのは——他でもない、自分の妻だった。

ノーマ・ジーンがモデルへの道を踏み出したきっかけは、戦時中に彼女が働いていたパラシュート工場にやってきた写真家デイヴィッド・コノーバーだったとされる。作業列に並ぶ彼女を見出した彼が「写真を撮らせてくれないか」と声をかけた——その一言が、のちに世界を席巻するスターの誕生へとつながっていったのかもしれない。

しかし離婚後も、彼が生涯愛し続けた名前は「ノーマ・ジーン」だった

しかし、2人の結婚は長くは続かなかった。1946年、ノーマ・ジーン自身が離婚を切り出したとされ、彼女はやがてマリリン・モンローとなり、世界で最も有名な女優のひとりへと駆け上がった。

ダウアティはその後ロサンゼルス市警察(LAPD)に就職し、再婚を経てメイン州に移住。1976年には回顧録『The Secret Happiness of Marilyn Monroe(マリリン・モンローの秘密の幸福)』を著した。晩年には「私はマリリン・モンローを知らない。私が知り、愛していたのはノーマ・ジーンだ」という言葉を残した。スターとしての彼女ではなく、16歳の少女だった頃の彼女——ダウアティがどこまでも大切にし続けた名前だったかもしれない。彼は2005年に84歳でこの世を去った。

米ロサンゼルスのアカデミー映画博物館では「マリリン・モンロー:ハリウッドアイコン展」が米時間2026年5月31日に開幕し、2027年2月28日まで開催予定。生誕100年にあたる今年、スターになる前のノーマ・ジーンの物語も、会場で語り継がれる。

※本稿の情報は米Peopleの報道に基づいています。

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