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「昔のほうが良かった」は本当なのか?|第5回 日本のバイクはなぜカッコいいのか

  • 2026.4.30

技術は確実に進化している。それでも「昔のバイクのほうがカッコいい」と感じたことはないだろうか。36年前のホンダ NSR500が今も輝いて見える理由とは何か。その違和感の正体をひも解く。

“念い”が生むデザインの本質|第4回 日本のバイクはなぜカッコいいのか

PHOTO/T.HASEGAWA, H.ORIHARA, S.MAYUMI, K.ASAKURA,

HONDA, YAMAHA, SUZUKI, KAWASAKI, Red Bull, STLC Classic Wheels

TEXT/G.TAKAHASHI, K.ASAKURA

なぜ昔のバイクは今も輝いて見えるのか?|忘れ去られるべき過去

時の流れとともに、モノづくりは確実に進化している。開発、実験、製造というあらゆる場面で、昔より今のほうが間違いなく理詰めになり、その分、性能も完成度も高まっている。

分からなかったことが、分かるようになった。できなかったことが、できるようになった。作れなかったモノが、作れるようになった。

だからこそ、常に現時点での最上のバイクや製品が世に送り出されているはずなのだ。「昔のほうがよかった」など、単なる感傷に過ぎない。過去は、容赦なく忘れ去られるべきだ──。

だが、’89年型という36年も前のレーシングマシン、NSR500は、今もなお燦然と輝いて見える。任天堂ゲームボーイが発売され、ロッテの村田兆治が200勝を挙げ、横浜ベイブリッジが開通した年。つまり「かなり昔」のバイクであるにもかかわらず、古さは一切感じさせず、その佇まいは当時以上に凛としている。

【NSR500 (1989年/ホンダ)】
【NSR500 (1989年/ホンダ)】

いくつもの要因があるだろう。

当時、インターネットは商用化されたばかりで、まだ一般的ではなかった。スマートフォンどころか、携帯電話のサービスが’87年に始まったばかりで、ほとんど普及していなかった時代だ。

好きなバイクやモータースポーツに関する情報は、血眼になって自ら集めなければならなかった。そうした苦労の先に、このマシンはあった。若かった私たちの脳を直撃したのである。

しかも、その外観は爽やかさと気品にあふれ、伝統を感じさせるロスマンズカラー。ルイス・ロスマンによって1890年にロンドンで創業された由緒あるタバコブランドであり、’70年代からモータースポーツのスポンサーとして活動。ホンダとのコラボレーションは’85〜’93年の9年間に及んだ。

【NSR500 (1989年/ホンダ)】
【NSR500 (1989年/ホンダ)】Vバンク角112度のV型4気筒エンジンは、90度等間隔爆発と逆回転1軸クランクシャフトを採用。ライダーは、’88年にヤマハで自身初の世界GP500チャンピオンを獲得したエディ・ローソン。’89年はホンダに電撃移籍し、メーカーをまたいでの2連覇を成し遂げた

その間、ホンダは4度のタイトルを獲得。ミック・ドゥーハンによる一強時代を前に、ロスマンズカラーはホンダの勢いを象徴すると同時に、王者としての品格を高めていった。

そして当時の技術は、今に比べればはるかに「分かっていなかった」。だからこそ、人の直感や感覚といった曖昧で不確かなものが入り込む余白があった。しかし、その余白こそが人の心を掴む何かを生んでいたのだ。

速く走ることだけが目的のレーシングマシンにおいて、「美しくしよう」という明確な意図はなかったはずだ。それでも志ある多くの人の手と目を通り抜けるうちに、ごく自然に美しいバイクへと仕上がっていった。

ここでは象徴としてロスマンズカラーの’89年型NSR500を挙げたが、あの時代のレーシングマシンは総じて美しかった。理詰めの設計にもわずかな隙間があり、そこに無意識のうちに美意識が流れ込んでいたのである。

【RC213V (2024年/ホンダ)】
【RC213V (2024年/ホンダ)】’89年フランスGP(ル・マンサーキット)、NSR500で予選PPのエディ・ローソンは1'42.33。’24年、RC213Vで予選18番手のジョアン・ミルは1'31.186。コース改修や約200mの短縮を差し引いても、タイムは猛烈に向上

だからこそ、30年以上の時を経ても、これらのバイクは私たちの胸に明かりを灯し続ける。

今もなお、分からないことは多い。だからこそ、技術もデザインも進化を続けている。しかしその一方で、人が入り込める余白は確実に減りつつある。

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