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158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」

  • 2026.4.28
158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」
158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」 / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

私たちは普段、「部分のことを十分に調べれば、全体のこともわかる」と素朴に信じて生きています。

家の壁を全部触れば家の形がわかる。地図のすべての道のりを測れば街の姿がわかる。これは人間の認識の、もっとも基本的な前提のひとつです。

ところが2025年、3人の数学者がこの素朴な信頼を、ドーナツ2つで打ち砕いてみせました。

ベルリン工科大学、ミュンヘン工科大学、ノースカロライナ州立大学の研究チームによって、表面上の道のりを測り、足元の曲がり具合まで読み取れる小さなアリがどれだけ歩き回って測量を完璧に行っても、自分が乗っているドーナツが「こちら」なのか「あちら」なのかを区別できない――そんな双子のドーナツが、本当に存在することが初めて示されたのです。

これは「数学的な小さなパズル」が解けた、という話ではありません。

1867年にフランスの数学者ボネが「全部測れば形は決まるはずだ」と問うてから、158年。

多くの数学者が「決まるに決まっている」と直感しながらも、誰も具体例も反例も示せないまま、宙ぶらりんで残されてきた問いに、ついに答えが出た――しかも、私たちの直感とは真逆の答えで。

「部分の総和は、必ずしも全体ではない」

この一見当たり前のような、しかしよく考えると意外な真実を、3人の数学者は美しいドーナツのペアで証明してみせました。

研究の詳細は、数学の世界で権威ある学術誌の一つ『Publications Mathématiques de l’IHÉS』に掲載されています。

目次

  • アリは自分が乗っている形を知ることができるのか
  • ついに見つかった双子のドーナツ
  • 「部分を測り尽くしても全体が一致しない」が証明された、ということ
  • 専門家向け補足

アリは自分が乗っている形を知ることができるのか

部分を全部知ると全体がわかるのか?

アリは自分が乗っている形を知ることができるのか
アリは自分が乗っている形を知ることができるのか / Credit:Canva

ある思考実験から始めましょう。

あなたは小さなアリです。巨大な風船の表面に立っています。自分が今、どんな形の物体の上にいるのかを知りたい。けれどあなたは小さすぎて、全体を遠くから見渡すことはできません。

できるのは、表面を歩き回ることだけです。

このとき、アリにできる「測量」は2種類あります。

ひとつは、「ここからあそこまで、表面に沿って歩くと何歩か」を測ること。これは数学では計量(けいりょう)と呼ばれます。地図でいう「道のり」の情報です。

もうひとつは、その表面が外の空間に対して「どちらの向きに、どのくらい曲がっているか」という情報。風船の上なら外向きに膨らんでいる感覚があり、お椀の内側なら内向きにへこんでいる感覚がある。この曲がり具合を平均したものが平均曲率(へいきんきょくりつ)です。

そこで、フランスの数学者ピエール・オシアン・ボネは1867年に、こう問いました。

「もしアリが、表面のあらゆる地点で道のりと曲がり具合を完璧に測り尽くしたなら、その情報からその形をひとつに特定できるはずではないか?」

これは、聞いた瞬間に「そうに違いない」と納得してしまう類の主張です。

考えてもみてください。すべての地点での距離と曲がり具合がわかっているのに、形が特定できないなんてことがあるでしょうか。それは、すべてのピースの形と並び方を知っているのにジグソーパズルが組めない、と言っているようなものです。

あまりに正しく聞こえるために、多くの数学者がこれを「ボネの問い」として、半ば公理のように受け入れてきました。

正確に言えば、これは証明された定理ではなく、ボネが後世に投げた問いでした。けれど数学の世界では、強い直感を伴う問いほど、長く宙に浮いて残るものです。

実際、ボールのような単純な閉じた曲面(球面)については、ボネの直感が正しいことは後に証明されました。

しかし、ドーナツについてはどうでしょうか?

理論的にはいるはずの「双子」がみつからない

理論的にはいるはずの「双子」がみつからない
理論的にはいるはずの「双子」がみつからない / Credit:Canva

話は1981年に飛びます。

ローソンとトリビュジーという2人の数学者が、こんな結果を証明しました。

「同じ計量と同じ(一定でない)平均曲率を持つコンパクトな曲面の形は、多くても2つまでしか存在しない」

これはどういうことでしょうか。

もう一度ドーナツに戻りましょう。あなたが熟練の職人に、「このドーナツの表面と、まったく同じ道のり、まったく同じ曲がり具合を持つ別のドーナツを作ってくれ」と依頼するとします。

ローソンとトリビュジーの定理は、こう保証します。「もし作れたとしても、せいぜい”双子”のもう1個まで。3個以上はあり得ない」と。

しかし、この双子には思いがけない性質がありました。

表面に住むアリがどこを歩き回って測っても、道のりも曲がり具合も完全に同じ値しか出ない。にもかかわらず、上空から見下ろすと2つのドーナツの全体の形は微妙に違っている。膨らみ方、ねじれ方、肉づき方がどこか違う。

「局所的にはまったく同じ。しかし全体としては別物」

これが「ボネペア」と呼ばれた、理論上の双子です。

もし誰かがこの双子を「これです」と提示できれば、158年前に提示された幾何学のルールを覆すことができます。

問題は、誰も実際に双子のドーナッツを見つけられなかったことでした。

理論的にはあり得るとわかっていながら具体的に「ほら、これがそのペアです」と提示できた数学者は、何十年にもわたってゼロだったのです。

事態は混迷を深めました。2010年には、ある数学者が「コンパクトなボネペアは存在しない」と主張する論文を発表します。これで議論は終わるかと思われました。

ところが2012年、その数学者は自ら主張を撤回します。

「あるかもしれない、ないかもしれない、誰にもわからない」――そんな宙ぶらりんの状態が、その後も続きました。

これは数学者にとって居心地の悪い状況でした。なぜなら、答えのある問いは美しいけれど、答えがあるのかどうかすらわからない問いは不安だからです。

ボネが1867年に投げた問いは、158年のあいだ、ずっとそこに居座り続けていました。

ついに見つかった双子のドーナツ

見つかった双子ドーナッツの姿

ついに見つかった双子のドーナツ
ついに見つかった双子のドーナツ / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

そして2025年、3人の数学者がこの膠着を打ち破ります。

アレクサンダー・ボベンコ(ベルリン工科大学)、ティム・ホフマン(ミュンヘン工科大学)、アンドリュー・セージマン=ファーナス(ノースカロライナ州立大学)。彼らが初めて具体的に構成してみせたのは、目に見える双子のドーナツでした。

論文には、ついに見つかった2つの双子のドーナツの図が添えられています。

ただしここでの「ドーナツ」は、私たちが食べるあの輪のかたちそのものではなく、いくつかの球がからみ合いながら閉じた、やや異形の形です。

上のドーナツと下のドーナツは、表面のどの地点をとっても道のりと曲がり具合が完全に一致しています。

けれど、よく見比べると、ふくらみ同士の間隔が微妙に違う。一方では大きなふくらみが少し近寄っていて、もう一方では少し離れている。

どう回転させても、ひっくり返しても、一方をもう一方にぴったり重ねることはできません。

つまりこういうことです。

「2つの異なるドーナツの表面に、それぞれアリを置く。どちらのアリも、足元の道のりと曲がり具合をどれだけ精密に測っても、まったく同じ結果しか得られない。なのに、本当はまったく別の形のドーナツに乗っている」

これが、158年越しの問いに対する答えでした。

そしてこの答えは、私たちの直感とは正反対のものでした。

「部分の情報をすべて集めても、組み上がる全体は1つではない」

この事実は、ボネの素朴な信念を粉々にしただけではありません。同じ論文の中で、研究チームはもうひとつの長年の難問にも決着をつけました。

「コーン=フォッセン−ベルガー問題」と呼ばれるその問いは、より厳しい条件、すなわち「実解析的な(数式できれいに表せるほど規則的な)曲面」に限った場合でも、同じことが起こり得るかを問うものです。

著名な数学者マルセル・ベルガーが2010年に「私たちが曲面についてまだ完全にはできないこと」の筆頭に挙げた問題でもあります。

研究チームは、自分たちが構築したドーナツのペアが、実は実解析的な(数式できれいに表せるほど規則的な、ベキ級数)性質まで備えていることを示しました。

ひとつの論文で、158年の難問と、未解決だった別の難問が、同時に決着したのです。

粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎

粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎
粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎 / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

この発見の経緯には、現代らしい不思議なねじれがあります。

研究チームは最初から、滑らかな美しいドーナツを考えていたわけではありませんでした。

きっかけになったのは、「離散微分幾何学」と呼ばれる比較的新しい分野でした。これは曲面を、なめらかな数式ではなく、カクカクの多角形の集まりとして扱う数学です。3DCG、ゲーム、建築の自由曲面設計など、現代テクノロジーの裏側で広く使われている技術の理論的基盤でもあります。

研究チームは、コンピュータ上で実験を始めました。使ったのは、わずか5×7=35個の頂点でできた、超粗いドーナツ型の格子モデルです。

このカクカクのドーナツは、研究にまつわる報道によれば、研究者たちのあいだで「rhino(サイ)」というあだ名で呼ばれていました。

共著者のホフマン教授は、初めてこの「サイ」を見せられたときの正直な感想を「最初は、数値計算のゴミにしか見えなかった」と振り返っているとされています。

それでも彼は研究を続行しました。「もっとひどいのを見たことがある」と冗談めかして言ったそうです。

そしてこのカクカクの粗いドーナツが、信じがたい性質を秘めていました。

たった35個の点しかないこの離散モデルが、滑らかなボネペアを構築するために必要な、ある決定的な特徴を備えていたのです。

具体的には、片方向に走る曲率線(曲面の上を走る特別な線)が、それぞれ平面上に収まっていました。これは「平面的な曲率線」と呼ばれる性質で、滑らかな曲面では非常に扱いやすい構造です。

研究チームは気づきました。「この粗いモデルが教えてくれているのは、滑らかなボネペアを作るためのレシピそのものではないか」と。

つまり、35個の点からなるローポリゴンのドーナツが、158年の未解決問題を解く鍵だったのです。

具体的なアプローチは、こう要約できます。

研究チームは、ドーナツを「等温曲面(アイソサーミック曲面)」と呼ばれる、19世紀から研究されてきた特別な種類の曲面として扱いました。

等温曲面は、表面を局所的には碁盤の目状にきれいな正方形に分割できるという、非常に扱いやすい性質を持ちます。

そのうえで、ドーナツを「バウムクーヘンの一切れ」のように分割することを考えました。1切れの基本パーツを、軸の周りに何度か回転させてつなぎ合わせ、最終的にぐるりと一周させてドーナツを閉じる。3切れなら120°ずつ、4切れなら90°ずつ。

このとき、双子のドーナツが成立するためには2つの条件を同時に満たす必要があります。

ひとつは「回転角がきっちり割り切れる角度であること」。中途半端な角度だと、何回回しても元の位置に戻らず、ドーナツは閉じません。

もうひとつは**「1周回ったときに、回転軸方向のズレがゼロになること」**。1切れごとに少しずつ軸方向に積み上がっていくと、ドーナツではなく螺旋階段になってしまいます。

研究チームの真の偉業は、この「ぴったり割り切れる角度」と「ズレがゼロ」を、双子のドーナツの両方に対して同時に成り立たせる構成を発見したことでした。

そしてコンピュータでの数値計算により、3回対称(120°回転)と4回対称(90°回転)の、美しいボネペアの実例を構築することに成功します。

論文の著者の一人、ボベンコ教授は、実は2000年代にもこの問題に取り組んでいました。一度は手詰まりで脇に置きましたが、2018年に離散モデルからの手がかりが研究を動かし直したと紹介されています。20年以上にわたる、執念の研究です。

「部分を測り尽くしても全体が一致しない」が証明された、ということ

「部分を測り尽くしても全体が一致しない」が証明された、ということ
「部分を測り尽くしても全体が一致しない」が証明された、ということ / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

数学の証明というのは、しばしば「特定のパズルが解けた」という形で語られます。けれどこの研究の含意は、それよりずっと広く、ずっと深いところにまで届いています。

私たちは、日常生活のほとんどの場面で「部分の情報を集めれば全体がわかる」という前提のもとで暮らしています。

医者は患部の画像から病気を診断します。エンジニアは部品の規格から機械の動作を保証します。地図は地点ごとの座標から街の姿を描きます。科学者はサンプルから生態系を推定します。

もちろんこの研究は、こうした方法を否定するものではありません。けれどもこれらはすべて、「局所的な情報の総和は、全体を一意に決定する」という暗黙の信頼の上に成り立っています。

ところが数学は、こう告げてきました。

「あらゆる地点の計量と平均曲率という局所情報を完璧に持っていても、全体の姿が一意に決まらない場合がある」

しかも、それは何かエキゾチックな抽象空間での話ではなく、私たちが手に取れるドーナツのように閉じた曲面で起こり得る話だと。

これは美しい反例です。同時に、直感に反する反例でもあります。

ある意味で「全体は部分の総和ではない」あるいは「部分の測定をいくら積み重ねても全体が違う」が示されたのです。

なぜなら、私たちの「部分から全体を知る」という認識の習慣に、数学的な穴があり得ることを示しているからです。

研究チームは今後の課題として、いくつかの問いを残しています。

「自己交差しない(埋め込まれた)ボネペアは存在するのか?」

「ドーナツより穴の数が多い曲面でも、そうしたペアは存在するのか?」

「平均曲率が一定の場合は何が起こるのか?」

158年の問いに答えが出たことで、新しい問いが生まれました。数学の世界ではよくあることです。

なお余談ですが、この発見の鍵となった離散微分幾何学は、すでにCGアニメーションやゲームの3Dモデリング、建築の曲面設計に応用されている技術の理論的基盤です。

論文著者のボベンコ教授はこの分野のトップランナーで、彼らの研究プロジェクト「SFB/TRR 109」は建築への応用を明示的に掲げています。

この研究の過程を追う一般向けドキュメンタリー映画『Solving the Bonnet Problem』も制作されています。

158年前のフランスの数学者が投げた問い。

35個の点でできた、ゴミのように見えた自称ドーナツ。

2つの双子のサーフェス。

これらが一本の論文の中で出会い、人間の素朴な認識の習慣を、優雅に、そして決定的に書き換えてみせた――それが、2025年の数学の世界で起きた小さな、けれど確かな事件でした。

専門家向け補足

専門家向け補足
専門家向け補足 / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

本文で触れたように球体においてボネの定理は当てはまります。

ボネの定理は、曲面の第一基本形式、すなわち計量と、第二基本形式がガウス=コダッチ方程式を満たすなら、対応する曲面の空間内での実現はユークリッド運動を除いて一意に決まる、という主張であり、これは今も正しいものです。

共形表示でいえば、計量、Hopf微分、平均曲率というデータが適合条件を満たすとき、少なくとも普遍被覆上で対応する immersion が存在し、その実現は一意に定まります。

今回の論文が扱っているのは、その完全なデータではなく、「計量」と「平均曲率」という縮約されたデータだけで曲面が決まるのか、という問題です。論文自身も、古典的なボネの定理を出発点にしつつ、1867年にBonnetが問うた「計量と平均曲率関数で曲面を特徴づけられるか」という問題として整理しています。

計量は曲面の内在的な距離を決めます。そして計量が分かれば、ガウス曲率も決まります。したがって、法線の向きを対応させた上で計量と平均曲率が同じなら、対応する点での主曲率の和と積は同じになり、主曲率の無順序対も一致します。つまり、曲率の数値だけを見ると、2つの曲面はきわめてよく似ています。しかし、第二基本形式そのものは平均曲率だけでは完全には決まりません。共形表示でいえば、同じ計量と同じ平均曲率を持っていても、Hopf微分の取り方が異なりうるのです。今回の発見の核心は、この残りうる自由度が、局所的な例外にとどまらず、コンパクトな曲面でも実際に周期条件を満たして閉じることを示した点にあります。

この種の一対の曲面は、Bonnet pair と呼ばれます。正確には、2つの曲面が内在的には等長で、対応する点で平均曲率も同じであるにもかかわらず、3次元空間内の向きを保つ剛体運動では互いに重ね合わせられない場合を指します。論文は、3次元ユークリッド空間内の2つの非合同な滑らかなトーラスで、平均曲率を保つ等長写像によって対応しているものの存在を、具体的な構成法によって証明しています。さらに、得られる immersion は実解析的であり、一般には反射を含む空間の等長変換でも互いに移り合いません。これは Global Bonnet Problem だけでなく、実解析的な計量がコンパクト曲面の空間内での実現を一意に決めるかという Cohn-Vossen–Berger 型の問題にも反例を与えるものです。

トーラスが舞台になる理由も明快です。球面型、すなわち種数0の曲面では、2つの曲面の Hopf微分の差として現れる正則二次微分が恒等的に消えてしまうため、Bonnet pair は存在しません。一方、トーラスでは非零の正則二次微分が存在でき、この障害は消えます。さらに Lawson–Tribuzy は1981年に、滑らかな計量と非定数の平均曲率関数を固定したとき、コンパクトな滑らかな immersion は高々2つであることを示していました。しかし、その「2つ」が実際に現れるコンパクトな具体例は知られていませんでした。今回の論文は、その空白を埋めたものです。

構成の技術的な柱は、isothermic surface――臍点を除いて共形座標と曲率線座標を同時にもつ曲面――です。研究チームは、Bonnet pair を isothermic surface とその Christoffel dual から作る Kamberov–Pedit–Pinkall の対応を用いています。ただし、局所的に Bonnet pair を作ることと、それがコンパクトなトーラスとしてきちんと閉じることはまったく別問題です。閉じるためには、曲面を一周したときにずれが残らないという周期条件を満たす必要があり、この周期条件こそが長年の難所でした。

今回の突破口は、もとの isothermic torus に「一方の曲率線が平面曲線である」という強い幾何学的構造を入れたことにあります。この仮定により、Christoffel 双対や球面反転に関する対称性が現れ、周期条件の大部分が自動的に処理できるようになります。残る条件は2つに集約されます。第一に、基本片を回転させてトーラスとして閉じるための角度の合理性条件です。これは、基本片を回す角度が最終的に有限回で一周して閉じることを要求する条件で、論文では回転角がπの有理数倍になる形で現れます。第二に、回転軸方向に残る並進ずれを消すための1つの実数値積分条件です。論文中の図4は、この構成の流れを視覚的に示しています。

さらに研究チームは、まず、もう一方の曲率線が球面上にあるという追加条件を課します。これにより、回転軸が局所データから計算可能になり、2つの周期条件がいずれも楕円積分として明示的に書き下せます。ここで重要なのは、数値的に「それらしい形」を見つけただけではなく、パラメータ δ→0 の漸近解析と陰関数定理を組み合わせて、条件を同時に満たす解の存在を厳密に証明している点です。

その後、v方向の曲率線が球面上にあるという特殊な仮定を、reparametrization function の解析的摂動によって外しています。この摂動では、一方の曲率線が平面であるという構造は保たれますが、一般には反射で互いに移り合うだけではない Bonnet pair が得られます。しかも、その構成には実解析的な関数パラメータ分の自由度が残ります。

発見の入口に離散微分幾何があったことも特筆に値します。論文では、5×7の非常に粗い離散トーラス上で、離散版の isothermic surface と Bonnet pair を探索した数値実験が、滑らかな構成の本質的特徴を示していたと報告されています。特に、離散モデルで見つかった「一方の曲率線が平面に乗る」という性質が、連続理論で一方の曲率線が平面である isothermic torus を調べる構成方針の重要な手がかりになりました。構造を保つ離散化が新しい連続的対象の発見を駆動した例として、方法論的にも興味深いものです。

今回の成果にはいくつかの限界もあります。構成は、embedded ではなく immersed、すなわち自己交差を許す「はめ込み曲面」の枠組みで行われています。論文は、両方が embedded であるコンパクト Bonnet tori が存在するかを未解決問題として挙げています。また、より高い種数での Bonnet pair、一方の曲率線が平面または球面であるという仮定なしにトーラスのコンパクト Bonnet pair が存在するか、さらにトーラスの場合を分類できるか、定平均曲率の場合のコンパクト Bonnet pair が存在するかも、論文末で未解決問題として提示されています。

以上を踏まえると、今回の結論の正確な位置づけは次の通りです。計量と平均曲率という非常に強い情報を与えても、コンパクトな滑らか曲面、しかも実解析的なトーラスの範囲でなお、3次元空間内での実現は一意とは限りません。さらに今回の例は、同じ実解析的計量をもつコンパクトな実解析的 immersion が、反射を含む空間の等長変換を除いても一意に決まらないことも示しています。これらが、今回の構成によって初めて具体的に示されたことです。

参考文献

Decades-old problem in classical geometry solved
https://www.tum.de/en/news-and-events/all-news/press-releases/details/decades-old-problem-in-classical-geometry-solved

This donut-shaped discovery just shattered a 150-year math rule
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/04/260421042816.htm

元論文

Compact Bonnet pairs: isometric tori with the same curvatures
https://doi.org/10.1007/s10240-025-00159-z

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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