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日本に3本だけ。「幅100m道路」が名古屋に集中する理由と、幻に終わった全国16本計画

  • 2026.5.18
日本に3本だけ。「幅100m道路」が名古屋に集中する理由と、幻に終わった全国16本計画

名古屋に集中する日本で3本だけの「100m道路」

普段何気なく歩いている道路ですが、実は幅が100mを超える巨大な道は、日本全国にたった3本しかありません。

しかも、そのうち2本(久屋大通と若宮大通)が名古屋市内に集中しています。

残る1本は広島市の平和大通り。

なぜ、特定の都市に偏って存在するのか。単なる偶然とは思えず、背景を深く探りました。

歴史の記録を紐解くと、焦土と化した街の姿が浮かび上がります。

1945年の大空襲により、名古屋の中心部はすべてを失いました。

この果てしない焼け野原の前に立ち、再建の陣頭指揮を執った人物がいます。土木工学者の田淵寿郎です。

彼は単に元の街を復旧するだけでは満足しませんでした。

やがて来る本格的な車社会、そして二度と火の手に屈しない強靭な防災都市への脱皮。

はるか先の未来を明確に見据え、途方もないスケールの都市計画を描き出します。その揺るぎない決意の結晶が、100m道路でした。

さらに資料を読み進めるうちに、意外な事実に行き当たります。

巨大な国家プロジェクトだった

実はこの100m道路、名古屋だけの計画ではありませんでした。

当初は東京から広島まで、全国7都市で計16本を建設するという巨大な国家プロジェクトだったのです。

ところが、深刻な財政難がその行く手を阻みます。次々と他都市が計画を縮小・断念していく中、名古屋は違いました。

いち早く事業に着手し、絶対にやり遂げるという姿勢を貫き通した結果、1964年、ついに2本の巨大道路を完成させます。

現在、久屋大通の中央には緑豊かな「久屋大通公園」が広がっています。

近代的なビル群に挟まれた、あの規格外に広い空間。それは単なる道路の跡地ではなく、すべてを失った街から立ち上がった技術者の執念と、幻に終わった壮大な計画の生き証人でした。

参考:100m道路 Wikipedia

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