1. トップ
  2. ヘア
  3. 「ウィッグ」は日本のハイテクの結晶だった…アデランスの"大失敗"から生まれた人工毛髪を世界が称賛するワケ

「ウィッグ」は日本のハイテクの結晶だった…アデランスの"大失敗"から生まれた人工毛髪を世界が称賛するワケ

  • 2026.4.26

男女の「薄毛の悩み」には、どのような解決策があるか。アデランス商品研究開発部の佐藤駿祐さんは「大きく分けて4つの増毛法があり、そのうちの1つであるウィッグの品質は、市場の成長とともに日進月歩で進化している」という――。(前編/全2回)

アデランスの商品研究開発部サブマネージャー・佐藤駿祐さん
アデランスの商品研究開発部サブマネージャー・佐藤駿祐さん
「かつら」は時代で進化する

市場が先か、商品が先か。実際、その相乗効果からロングセラーが生まれるのだろう。ヘアウィッグ(かつら)市場も、その1つだ。国内ウィッグ市場規模は約1195億円前後とされ、なかでも医療用と女性向け製品が伸びている。

背景にあるのは、ウィッグに対する認識の変化だ。

薄毛をカバーするだけではない。自在にカスタマイズできる、髪を傷めずにスタイルを変えられる。しかも、見た目は驚くほど自然だ。ウィッグは「隠すもの」から、「使いこなすもの」へと変化した。

業界を牽引するのは、アデランスとアートネイチャー。この2社で市場の6割前後を占めるとされ、残る4割を、スヴェンソンなど中堅以下が分け合う。かつては男性向けが中心だった市場が、いまや女性向け製品の売り上げが成長の主役となっているのだ。

しかも、女性はウィッグをつけていることを、周囲の人たちにごく普通に明かすのだそうだ。「これ、ウィッグよ」と。そして聞いた側も、「あら、いいわね」となるのだとか。

さて、男性はどうか。

少なくとも知っておいたほうが良さそうなのは、今どきのウィッグは、市場の成長とともに格段の進化を遂げているということだ。さっそく、東京・品川にあるアデランスの本社を訪ねた。

正念場からの逆転劇を支えた2つの活路

アデランスは、1968年に創業。この業界を前へ、前へと牽引してきた企業である。だが、その歩みは決して平坦ではなかった。

2000年代後半、業績低迷という難局に直面する。2009年2月期には、売上高がピーク時の771億から約704億円にまで縮小し、最終赤字を計上。かつて業界を席巻した企業にとって、まさに正念場だった。

活路となったのは、海外事業の強化と国内女性向け市場への本格シフト、人工毛髪の技術革新だ。結果として女性向け製品の売り上げは、長らく主力だった男性向けを逆転。事業構造そのものが大きく塗り替えられた。

むろん技術革新は、業績にも直結する。世界で特許を取得した人工毛髪「バイタルヘア」などの開発を軸に、同社の売上高は2019年2月期には800億円台へと拡大し、ウィッグ業界のリーディングカンパニーとしての地位を確立。

さらに特筆すべきは価格戦略である。オーダーメイド・ウィッグの価格帯は数十万円以上の高価格帯でありながら顧客を集めてきた。これは、独自の研究開発力と品質への信頼があってこそ実現できた戦略だ。

なぜ、こうした逆転劇をなしえたのか。

その答えは、同社が長年磨き上げてきた“髪の悩みを解決する技術”にある。アデランスは、顧客一人ひとりの状態に応じた多様なソリューションを提供してきた。

いったいそれは、どのような選択肢なのだろう。

男の髪の悩みを解決する4つの方法

聞けば、男性の薄毛の悩みの解決には、大きく4つの方法があるという。自髪1本1本に人工毛髪を結び付ける「ポイント増毛」、人工毛髪を結着したライン素材を使う「ライン増毛」、人工毛髪を結着したネット素材を使う「クロス増毛」、そして人工毛髪を植え込んだ極薄素材を頭皮に密着させる「ウィッグ」だ。ウィッグは広範囲に気になる箇所をカバーしてくれる。

極薄素材の人工皮膚は、薄さなんと0.04mm。特殊な毛植え法でリアルな頭皮と毛穴を再現し、つむじまでリアルに再現したベースを「グルーイング」という方法で取り付ける。人工皮膚が地肌に自然になじみ、生え際もまずわからない。通気性まで考え抜き、24時間の装着も可能だ。

だが、実はここでポイントになるのが、人工毛髪だ。一般的にポリエステルで作られた人工毛髪は、独特の光沢が出てしまう。人毛との違いを浮き立たせてしまうのだ。

さらに、色味も重要だ。人間の髪の毛をよく見ると、さまざまな色が重なり合って「髪の色」を形成している。ひと口に「黒」と言っても、いろいろな色があるのだ。その独自の色味と合っていなければ、残念ながら違和感が生まれてしまう。なんとも繊細な問題だ。

アデランスが取り組んできたのは、そんな人工毛髪の研究であり、自社で人工毛髪の研究開発を推し進めてきた企業は、ほとんどないという。しかも、アデランスの人工毛髪開発の歴史は1983年以来、40年以上にもおよぶのだ。

ウィッグの原料開発という超難題

商品研究開発部サブマネージャーで、2016年に工学系大学院を卒業して入社した佐藤駿祐しゅんすけさん(34歳)は語る。

「原料の問題です。昭和期の人工毛髪は、耐熱性が低く、お湯で洗うとカールが取れてしまうような素材が主流でした。その後、加工のしやすいポリエステル系の原料を使うのが主流になっていきました。ところが、アデランスはポリアミド系のナイロンを使うことを考えるんです。ポリアミドは吸水性があり、人毛に構造が似ているという理由からでしたが、これは相当に難しいことだったようです。加工も難易度が高く、思うような太さにするにも、何年もかけて何度もくり返し開発をしなければいけなかった、という話を聞いています」

「アデランスの挑戦は、人工毛髪の原料にナイロンを選択したことです」と、佐藤さん
「アデランスの挑戦は、人工毛髪の原料にナイロンを選択したことです」と、佐藤さん

もともとウィッグには、人毛が使われていた。しかし、人毛には欠点があった。退色する、切れやすい、洗うと絡む。そして何より、いずれ入手困難になることが予想されたのだ。だから、人毛に近い人工毛髪を作る必要がどうしてもあった。

人工毛髪の太さは80ミクロン。実は洋服などに使われる繊維などよりも太い。逆に言えば、“微妙な細さ”でもある。そして当然、強度が求められることになる。

「実は、この太さで最初から加工されるわけではありません。機械から細く加工されて出てきたものを熱い水槽の中に通し、そこでちょうどいい太さになるように伸ばすんです。伸ばしたほうが、強度が高まるからです」

人毛に近づけるための終わらない試行錯誤

では、摂氏何度の水槽に入れるのがいいのか。どれくらい伸ばせば理想の太さになるのか。これまた試行錯誤のくり返しだったという。

「色をどうするか、というのも大きな課題だったようです。あとから色をつけて染めるという方法もありますが、さまざまな加工の過程で色が落ちてしまったりする。カールさせたり、シャンプーしたりすると落ちてしまう。最終的に、細かく加工した原材料のチップを使い、その組み合わせによって、さまざまな色合いを生み出していくことになるんです」

さらに、人毛に近い風合いをいかに実現するかにも苦心する。

やがて表面に凸凹をつけ、キューティクルを持った人毛のような人工毛髪の開発に成功した。開発を始めてから実に8年、1991年のことだ。

ブラシ1本でセットが仕上がる形状保持性を持ち、熱に強く、強度を持つ人工毛髪として世界的な特許も取得する。「サイバーヘア」と名付けられた。

だが、アデランスはまだ満足していなかった。

「社内で、ドライヤーなどで手を加えたいという意見が挙がったんです。それで、次は材料そのものの構造に挑みました。サイバーヘアは1本丸ごと同じ材料でできているんですが、人工毛髪の構造そのものから開発することを考えたんです」

産学連携で果たした画期的な人工毛髪

サイバーヘアから15年。キューティクルの凸凹構造、毛皮質、毛髄質という3つの構造を模した、極めて人毛に近い形態の人工毛髪を作り出した。2006年の「バイタルヘア」だ。

「芯と鞘さやで別の材料を使う鞘芯構造で、人毛の物性変化を再現したんです。これによって、硬さや水分の吸収率が変わりました。濡れたときに人毛と同じように濡れるし、乾いたときには同じように乾く。カールも濡れると伸びるし、乾くと戻る、独自の画期的な人工毛髪ができたんです」

これは大学機関との産学連携による研究結果でもあった。これで、ドライヤーの熱によって、ヘアスタイルを変えることができるようになった。そして、洗えば元のスタイルに戻る。当時、極めて人毛に近い性質を持っているインテリジェントヘアは、世界24カ国で特許を取得した。

だが、まだまだアデランスは満足しないのである。

人工毛髪の素材をポリステルではなく、ナイロンにしたことによる課題が一つあったのだ。それが、ボリューム感だった。

「ナイロンだと、どうしてもポリエステルのボリューム感に勝てなかったんです。では、ボリューム感も備えるためにはどうすればいいのか、とまた、いろんな試行錯誤が始まるんです」

ボリューム感はポリエステルが持っている。そこで、ナイロンにポリエステルを組み合わせることを考えた。

しかし、ポリエステルでは自然なツヤを出すことができない。2種類の材料をうまく使って、理想のツヤとボリューム感を両立させるべく、またしても奮闘が始まる。混合して製造するアイデアはあっても、簡単にはうまくはいかなかった。

そんなとき、思わぬことが起きた。

工学系大学院で学び、商品開発に携わる佐藤さん
工学系大学院で学び、商品開発に携わる佐藤さん
試作完成から大量生産までの難路

「失敗が功を奏したんです。というのも、ナイロンとポリエステルを混合する際に、温度設定を間違えてしまった。しかし出来上がったものを見ると、なんと光沢が消えていたんです。ナイロンの海にポリエステルが島のように浮かんで見えるので、『海島構造』と名づけられました。これによって、ボリューム感も出せて、かつ自然なツヤも実現することができたんです」

この基礎技術ができたのが、佐藤さんが入社する少し前のことだった。これを使って人工毛髪を実際に作り、製品へと仕上げていくことが、佐藤さんのミッションとなった。

「再現性がある技術ではあったんですが、微妙な温度調整が簡単ではありませんでした。温度が少しでも高過ぎるとツヤが出過ぎてしまい、下げ過ぎるとパサパサになってしまう。何度やり直したかわかりません」

埼玉の新座にいざ市にある研究所の試作機でようやくうまくいったと思っても、いざ、フィリピンの工場で大規模な生産を試みると、うまくいかなかった。

「湿度や温度などの影響です。日本との気候の違いや、樹脂が入ってから出てくるまでの時間が、試作機と工場では微妙に違ったんです」

やがてコロナ禍に直面。数カ月、フィリピンに缶詰になったこともあった。

「思うような色を作るのも大変でした。指定された色が2、3回でうまく出せることもあれば、50回やっても微妙に違う。商品研究開発部長に見てもらうと、何度もダメ出しが来て。原材料メーカーさんのチップの中身を少しずつ変えてみたり、いろんな取り組みをしていきました」

製品化まで5年をかけた“史上ベスト”商品

こうして生まれたのが、サイバーヘア、バイタルヘアに次ぐ「サイバーエックス」だった。

プレスリリースが出たのは、2022年。佐藤さんは製品化まで実に5年以上にわたって、この人工毛髪と格闘したのだ。そしてついに、勝負に勝った。根元から立ち上がる性質で、少ない本数でも自然なボリュームアップが可能な、アデランス史上、最高の人工毛髪を実現させた。

アデランスの“史上ベスト”商品「サイバーエックス」
アデランスの“史上ベスト”商品「サイバーエックス」

だが――、アデランスはまだ、満足していない。

「今、取り組んでいるのは、いかにしてさらに地球環境にやさしい人工毛髪ができるか、です。どうしても石油由来のものになりますので。あとは色味を増やしながら、営業担当者にもヒアリングをして、次のステップを目指したいと考えています」

人工毛髪のクオリティがこのレベルまできたことは、需要をさらに底上げすることになった。女性向けウィッグである。しかもその領域は、男性向けとはまた別の進化を遂げていることは意外に知られていない。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)、『外資系トップの仕事力』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。

元記事で読む
の記事をもっとみる