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「DNAはお手本を見ながら作る」という生物の大前提が、細菌の中で破られていた――アミノ酸が文字代わりに

  • 2026.4.21
「DNAはお手本を見ながら作る」という生物の大前提が、細菌の中で破られていた――アミノ酸が文字代わりに
「DNAはお手本を見ながら作る」という生物の大前提が、細菌の中で破られていた――アミノ酸が文字代わりに / Credit:Canva

アメリカのスタンフォード大学(Stanford University)で行われた研究によって、ある細菌が、お手本となるDNAもRNAも一切使わずに、自分の体の一部を”文字の代役”にしてDNAを紡ぎ出していたことが明らかになりました。

これは70年近く、生物の教科書の中心にあり続けた「DNAを作るにはお手本となる核酸が必要」という基本ルールに、強い例外を突きつける発見です。

数千文字に及ぶ長いDNAを、タンパク質の形だけを頼りに正確に紡ぎ出す仕組みが見つかったのは、今回が初めてです。

研究を率いたアレックス・ガオ博士は「タンパク質そのものが、DNA配列の設計図として働いていたのです」「生命がDNAを作る、根本的に新しい方法です」と述べています。

なぜ細菌はそんな離れ業を身につけたのでしょうか。

その答えは、目に見えない世界で繰り広げられている、壮絶な戦いの中にありました。

研究内容の詳細は2026年4月16日に『Science』にて発表されました。

目次

  • DNAは「お手本をなぞって」作る、というのが常識だった
  • お手本なしで、正確な繰り返しを作る酵素
  • アミノ酸が「文字のフリ」をしてDNAの鋳型になっていた
  • なぜ細菌は、こんな変わった仕組みを身につけたのか

DNAは「お手本をなぞって」作る、というのが常識だった

Credit:Canva

生物の授業を思い出してみてください。

DNAの複製について、先生はだいたいこんなふうに説明したはずです。

「はしご状のDNAが、真ん中でパカッと割れて2本になる。そのそれぞれがお手本になって、相手をコピーしていくんだよ」

そして必ずセットで教わるのが、「AにはT、GにはCしかくっつかない」という鍵と鍵穴のような絶対ルール。

お手本の文字列を、1文字ずつ相方に翻訳していく――これがDNAの作り方の大原則でした。

この仕組みが解明されてから半世紀以上、教科書はずっとこう書いてきました。「長いDNAを規則正しく作るには、お手本となる核酸(DNAかRNA)が必要である」と。

これは生命の情報伝達を支える、ほとんど揺らいだことのないルールでした。

ところがスタンフォード大学のアレックス・ガオ博士のチームは、細菌の中に、このルールを堂々と破っている酵素を見つけてしまったのです。

その酵素は、お手本を一切使わずに、自分自身の体の形だけを頼りに、正確なDNA配列を作り出していました。

ガオ博士は素直に驚きを口にしています。

「これは本当に驚きでした。生命がDNAを作る、根本的に新しい方法です」と。

お手本なしで、正確な繰り返しを作る酵素

Credit:Canva

この酵素が棲んでいるのは、私たちの目には見えない、しかし熾烈な戦いが繰り広げられている世界でした。

細菌にとっての最大の敵は、「ファージ」と呼ばれるウイルスです。

ファージは細菌に取りついて遺伝子を注射のように打ち込み、内側から細菌を乗っ取って自分の仲間を大量生産します。

乗っ取られた細菌は、最後には破裂して死んでしまいます。

細菌たちは何十億年ものあいだ、このファージと命がけの戦いを続けてきました。

そのなかで、実にさまざまな防衛システムを進化させてきたのです。

ちなみに、いま遺伝子編集で話題になっている「CRISPR」も、もとは細菌がファージに対抗するために使っていた免疫システムのひとつでした。

細菌の防衛術は、人間にとってじつは宝の山なのです。

今回ガオ博士たちが調べたのは、「DRT3」という名前の防衛システムでした。

DRT3を持つ細菌を観察していると、奇妙なことが起きていたのです。

細菌の中で、「GT・GT・GT・GT……」という、縞模様のようにリズミカルな繰り返しのDNAが、黙々と作られていました。

しかも、試験管の中で詳しく調べてみると、千文字を超える長いひもまで作り出せることがわかったのです。

これは何のためのDNAなのか。

どうやって作られているのか。

研究チームはこの謎を解くために、DRT3の正体を徹底的に調べていきました。

するとそれはひとつの酵素ではなく、3つの部品が組み合わさったチームだとわかりました。

18個の部品が作る、美しい対称構造の分子マシン
18個の部品が作る、美しい対称構造の分子マシン / Credit: Deng et al., Science, 2026

「Drt3a」と「Drt3b」という2つの酵素と、「ncRNA」という小さなRNAです。

この3種類がそれぞれ6個ずつ、合計18個の部品が集まって、精密時計のような美しい対称構造の「分子マシン」を作っています。

そして2つの酵素は、まったく違う働き方をしていました。

片方のDrt3aは、比較的おとなしい存在でした。

ncRNAの中にある短いお手本区間を何度も使い回して、「GTGTGT…」というひもを紡ぎ出す。

ちょうどスタンプを繰り返し押すようなやり方で、これは教科書のルールの範囲内です。

衝撃は、もう一方のDrt3bでした。

Drt3bは、Drt3aが作るGTひもの相方となる「ACACAC…」というひもを作ります。

当然、研究者たちは「ここにもお手本があるはずだ」と思って、クライオ電子顕微鏡という最先端の機器で、DNAが作られている現場の姿を、原子レベルの精度で捉えました。

ところが、Drt3bのまわりには、お手本になるDNAもRNAも、影も形もなかったのです。

それどころか、よく構造を調べると、本来ならお手本が通るはずの空間そのものが、Drt3b自身の体でふさがれている。

つまりDrt3bには、お手本を置く場所すら存在しなかったのです。

にもかかわらず、Drt3bは「A、C、A、C、A、C……」と、狂いなく交互に文字を並べていく。

これは一体どういうことなのでしょうか。

アミノ酸が「文字のフリ」をしてDNAの鋳型になっていた

アミノ酸が「文字のフリ」をしてDNAの鋳型になっていた
アミノ酸が「文字のフリ」をしてDNAの鋳型になっていた / Credit:Canva

Drt3bの作業場を詳しく調べると、特定のアミノ酸が、本来そこにあるはずだった”お手本の文字”の代役を演じていたのです。

アミノ酸というのは、タンパク質を作る小さな部品のこと。

私たちの髪も筋肉もアミノ酸からできています。

Drt3bの中では、そのアミノ酸のうち2つが主役を演じていました。

ひとつは「グルタミン酸26番」。

このアミノ酸の先っぽの形が、ちょうどDNA塩基のAを呼び寄せるのにぴったりな形をしていたのです。

つまりDrt3bは、自分の体の中に偽物の”塩基”を仕込んでおいて、それを目印にして本物のAを引き寄せる、という荒業を身につけていました。

Aが置かれたあとは、今度は「アルギニン253番」という別のアミノ酸などが、次のCを呼び寄せる役目を担っていると考えられています。

こうしてアミノ酸たちが交代で主役を演じることで、「A→C→A→C→A→C……」という完璧な交互パターンが、延々と紡がれていくのです。

普通のポリメラーゼが「お手本を読んで写す翻訳機」だとすれば、Drt3bは、自分の体に”A用の彫り込み”と”C用の彫り込み”が刻まれた、手作りのスタンプのような存在なのです。

彫刻されたアミノ酸のパターンそのものが、塩基の並び順を決めている。

生命が「道具を削る」発想でDNA合成装置を作り上げた、とも言えるかもしれません。

ガオ博士の言葉が、この発見の本質を最もよく言い表しています。

「タンパク質そのものが、DNAの設計図として働いていたのです」

DNAを作るには核酸のお手本が絶対に必要、という長年の常識を、細菌はまるで当たり前のように覆していました。

なぜ細菌は、こんな変わった仕組みを身につけたのか

なぜ細菌は、こんな変わった仕組みを身につけたのか
なぜ細菌は、こんな変わった仕組みを身につけたのか / Credit:Canva

では、細菌はいったい何のために、こんな苦労をしてまで「GT・AC」の縞模様ひもを作るのでしょうか。

じつをいうと、この「なぜ」の部分は、まだ完全には解けていません。

ガオ博士自身、正直にそう認めています。

ただ、論文の中で研究者たちは、いくつかの有力な「こうだろう」という仮説を示しています。

いちばん有力視されているのが、「分子スポンジ」仮説です。

ファージが細菌に侵入してくるとき、ファージは自分が増えるために、細菌の中で特定のタンパク質を使います。

そこに、細菌があらかじめ作っておいた「GT・AC」の縞模様ひもが大量にあったらどうなるか。

ファージのタンパク質は、本来の仕事を忘れて、ダミーのひもにくっついて身動きが取れなくなる――そう研究者たちは推測しています。

例えるなら、泥棒が押し入ったときに、本物の金庫の前にニセ金庫を百個並べておくようなもの。

ファージがどれが本物か見分けている間に、時間を稼ぐ戦略です。

もうひとつの仮説は、「自爆スイッチ」のような働きをしているのではないか、という可能性です。

「GT・AC」の繰り返しは、ふつうのDNAとは違う奇妙な形を取りやすく、それが細菌の細胞内で「異常事態発生!」のサインとして認識される可能性があります。

感染した1匹が自ら命を絶つことで、仲間への感染拡大を食い止める――細菌の世界ではおなじみの、集団防衛の発想です。

実際、研究チームがDRT3の攻撃をすり抜けて生き残ったファージを調べたところ、全員が「ST61」という同じ遺伝子に変異を持っていました。

つまりDRT3は、少なくともT1というファージに対しては、ST61というタンパク質を見張っていて、それが現れたときに防衛モードに入る、慎重な見張り番だったのです。

「お手本なしでDNAを作る」という風変わりな技術を進化させるには、想像を絶する時間がかかったはずです。

それでも細菌がこの技を身につけたということは、それだけファージとの戦いが命がけだったことの証拠でもあるのでしょう。

ガオ博士は、こう締めくくっています。

「DRT3は、微生物世界のダークマターを再検討するきっかけと捉えるべきです」。

私たちがまだ知らない、教科書にない仕組みは、細菌の世界にまだまだ眠っているのかもしれません。

CRISPRがそうだったように、今回のDRT3もいつか、人間の技術として花開く日が来るかもしれません。

あなたの足元の土の中、胃の中、台所のスポンジの中にいる、あのちっぽけな細菌たちが、私たちの想像を超える知恵を隠しているのです。

元論文

Protein-templated synthesis of dinucleotide repeat DNA by an antiphage reverse transcriptase
https://doi.org/10.1126/science.aed1656

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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