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熊本地震10年 被災して分かった本当に大事な備えとは?

  • 2026.4.14

2016年4月に発生した熊本地震から10年。最大震度7をもたらす大地震が連続して発生し、死者278人、家屋被害約19万棟と甚大な被害が出ました。

4月14日の前震で震度5弱、4月16日の本震で震度6強の揺れを経験し、自宅が全壊。避難生活を余儀なくされた熊本県南阿蘇村在住の久米京子さん(75)は、日ごろの備えの大事さを広く伝えたいといいます。被災経験を通じてたどり着いた、本当に準備しておくべきものについて話を聞きました。

南阿蘇村の自宅が全壊 避難生活の中で知った水のありがたさ

2016年4月14日午後9時26分、久米さんは二階建ての自宅1階でテレビを見ていた時、震度5弱の地震に見舞われました。突然の大きな揺れに驚いたものの目立った被害はなく、「『今のは大きかったね、驚いたね』と主人と言い合った程度でした。まさか、それ以上に大きな地震がその後くるなんて、そのときは想像もしませんでした」と振り返ります。

16日深夜1時25分。1階寝室のベッドで眠っていた久米さんは、経験したことのない縦揺れとドーンという衝撃で起こされました。尋常ではない揺れ方で、クローゼットのドアがバンッと開き、かけてあったハンガーが頭上を飛んだといいます。

動き出せたのは揺れが収まってから。ベッド下に置いてあった愛用のスリッパを履き、枕元に常備していた懐中電灯とスマホを携え寝室から出ようとしましたが、近くにあった冷蔵庫や食器棚が倒れてドアをふさぎ、なかなか開けられません。夫と力を合わせてわずかなすき間を作り、何とか脱出すると、床はガラスの破片などが散乱していました。玄関ドアはゆがみのせいか、開きませんでした。

靴に履き替え、他の出口を探すうちにリビングの大きなガラス戸が開くことが判明。傾いたウッドデッキをつたいながら何とか2人で庭に出ました。「家の前の電信柱が傾き、垂れ下がった電線から火花が見えました。とても怖かった」と久米さん。地面は小さくひび割れていて、足をとられないように足元を照らしながら近くの空き地まで逃げたそうです。

「近所の人たちも集まっていて、一緒にひと晩を過ごしました。すごく寒かったのですが、星が本当にきれいだったのをよく覚えています。ご飯や梅干しを取り出せた人が持ってきてくれて、皆で分け合って食べました」

くみ置きした水や雨水を使ってしのいだ

翌日、村が手配したバスに乗り、避難所となっていた南阿蘇中学校へ。そこで1週間ほど過ごしました。

「ありがたいことに飲み水は比較的早い段階で支援物資として配られたのですが、生活用水がなくてとても困りました。幸い中学校では、屋上の貯水槽の水や近くの湧き水をくみ置きしてトイレ用に使えたので随分助かりましたが、洗濯は長い間できず、被災してはじめて水の大事さ、じゃぶじゃぶ使えるありがたさに気付きました」と振り返ります。

避難所から熊本市内にある久米さんの実家に一時的に移った時も、やはり断水により水が手に入らず、雨どいから落ちてくる雨水を集めてトイレを流したり、掃除に使ったりしました。その後、二次避難所となった宿泊施設に身を寄せ、2016年の夏に知人に紹介してもらった「みなし仮設住宅」へ。その間に全壊した自宅を改修し、家に戻ってこられたのは地震発生から2年後の2018年でした。

とにかく水! 水道水をローリングストック!

こうした経験から久米さんが続けているのが、水道水のローリングストックです。

毎晩、就寝前に台所にあるポットとやかんに水をたっぷり入れてから眠るのが日課だそうです。翌朝、やかんはそのまま火にかけ、お湯を沸かして別のポットに注ぎます。そのお湯を使い、お茶を飲んだり、みそ汁を作ったり。ホウレンソウをゆでる時もこのお湯を使えば、時短につながります。夜間はポットとやかんに水が、日中はポット1本にお湯、もう1本のポットに水を入れた状態を維持しています。

「前震も本震も夜にきました。だから夜間も水を蓄えておきたくて。水は必ず使うものですし、ためて使うというローリングストックを続けています。今ではすっかり習慣になりました。急な断水時にも重宝しますよ」。トイレや洗濯などに使う生活用水の不足に備えて、浴槽のお湯もひと晩は必ずとっておくようにしているそうです。

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履物と懐中電灯は必ず寝室に!

熊本地震では、住んでいた南阿蘇村を震度6強の本震が襲い、食器棚が倒れてガラス戸が割れたり、シャンデリアの電球がバラバラと落ちてきたりして床の上はとても危険な状態だったといいます。スマホや懐中電灯の明かりを頼りに、暗闇の中を避難した実体験から、寝室に履物と懐中電灯を置いておくことを久米さんは勧めます。「自分たちはたまたまスリッパをはく習慣があり、足元に置いてあったので本当に助かりました。はだしで逃げて、足をケガした人がたくさんいたようでした」

携帯用トイレ

「避難先の中学校では、貯水槽の水や湧き水をくみ置きして使えたためトイレを流せましたが、やはりトイレの問題に苦しむ避難者が多かったです。自宅が無事なら在宅避難を選ぶ可能性もあります。必ず袋と凝固剤がセットになった携帯用トイレを備えておくことをお勧めします」

家具の固定

「実は2011年の東日本大震災を茨城県つくば市で経験しました。そのときは自宅のパソコンが落下したものの、たいした被害は出ませんでした。熊本は地震が来ないと聞いていたので、対策をしないまま過ごしていたのですが、本震では食器棚や冷蔵庫が倒れて避難経路がふさがれ、すぐに逃げられず怖い思いをしました。大型の家具は、避難経路をふさがないよう配置場所を考えたり、固定したりすることが大事だと思います」

幅広く使えるラップ

食器を洗う水が手に入らない時は、ラップが重宝したといいます。食器にかけて食事をしたり、残り物を保存するときに使ったり。「指をけがした時は、傷口の保護のためにラップを巻きました。水がしみてこないので便利でした。持ち出し用リュックにいれておくと、いろいろな場面で活躍します」

震災の記憶と備えの知恵を伝承したい

久米さんはこうした経験を広く伝えたいと考え、熊本県が整備した「熊本地震震災ミュージアムKIOKU」(熊本県南阿蘇村)で2025年6月から月に2度ほど、来館者に館内を案内する語り部ガイドを務めています。

「被災するまでは、飲料水や食品を備蓄しておくことが備えだと思っていました。でも、震災を経験し、他にも必要な備えがあると思うようになりました。南阿蘇の場合は、阿蘇大橋が崩落するなどして、全国から支援物資が届きました。飲料水やおにぎりなどはわりと早い段階で入手することができた一方で、生活用水が確保できずにとても苦労しました。容器などに水道水をためておき、それを使ったら使った分だけまた補充する。そんな水道水のローリングストックなら誰でも簡単に取り組めます。ぜひ、できそうな備えから始めてみてください」と話していました。

南海トラフ地震や首都直下地震など、大地震はいつ起きるか誰にもわかりません。厳しい被災体験を通じて得た久米さんの知恵は、私たちの備えのヒントになりそうです。

<防災ニッポン編集長・板東玲子>

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