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原始ブラックホールの爆発が「物質が反物質に勝った」理由かもしれない

  • 2026.4.6
原始ブラックホールの爆発が「物質が反物質に勝った」理由かもしれない
原始ブラックホールの爆発が「物質が反物質に勝った」理由かもしれない / Credit:Canva

私たちはふつう、「ブラックホールは何でも吸い込む天体」だと思っています。

ところが理論の世界では、その逆の顔もあります。

ブラックホールは、ただ飲み込むだけではなく、最後には自分自身を削りながらエネルギーを吐き出し、ついには消えていくのです。

今回、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)などで行われた研究により、その“死にゆくブラックホール”が、宇宙が生まれて間もないころの宇宙を衝撃波で激しく揺さぶり、物質と反物質のバランスを整えていた可能性が示されました。

もしこれが正しければ、私たちの存在は、遠い昔の星の材料だけではなく、初期宇宙を走り抜けたブラックホール由来の衝撃波にもつながっているのかもしれません。

研究内容の詳細は2026年3月16日と30日に『arXiv』にて2本の論文の形で発表されました。

目次

  • 宇宙のはじまりにいた小さくて激しいブラックホール
  • 原始ブラックホールの荒々しさが「物質と反物質」に差を生んだ
  • 物質世界はブラックホールの衝撃波のお陰なのか?

宇宙のはじまりにいた小さくて激しいブラックホール

宇宙のはじまりにいた小さくて激しいブラックホール
宇宙のはじまりにいた小さくて激しいブラックホール / Credit:Canva

今回の主役は、原始ブラックホールです。

これは、重い星が最後に潰れてできる普通のブラックホールとは違います。

初期宇宙には、まだ星も銀河もありませんでした。

そこに広がっていたのは、超高温・超高密度の素粒子たちです。

言ってしまえば、宇宙全体が熱く濃密な粒子スープだったわけです。

たとえば、このときの宇宙の高温プラズマを、もしスプーン1杯ぶんだけ取り出せたとしたら、その重さは目安として富士山をはるかに上回っていたでしょう。

そんな濃密な状態では、十分に大きな密度ゆらぎで莫大な重力を生み出す領域ができて、そのままブラックホールができてしまったと考えられています。

そのため初期の宇宙は単に超高温・超高密度だけではなく、小さな原始ブラックホールがあちこちに点々と存在する、荒々しい空間だった可能性があるのです。

ただそのような、小さな原始ブラックホールの寿命は長くありません。

なぜなら、理論上ブラックホールは小さいほど温度が高くなり、蒸発のスピードも速く、最後に向かうほど猛烈な勢いでエネルギーを放出すると考えられています。

これまでの研究では、こうした原始ブラックホールのまわりでは、放出されたエネルギーが周囲にしみ出していき、近くに「ホットスポット」ができる、という見方がよく取られてきました。

たとえば熱湯の中に熱したパチンコ玉をたくさん投げ込んだように、熱湯の中にさらに熱い温度を発する場所が無数に存在する状況です。

ですが今回研究チームは、エネルギーがただ熱として「じわっ」と広がるだけではなく、まずごく近くの領域を急激に再加熱し、その結果として非常に大きな圧力差が生じるだろうと考えました。

そして圧力差が十分に大きくなると、周囲の粒子は外側へ向かって激しく押し広げ、一部の流れは光速に迫る速度に達して、周囲に衝撃波が形成されると考えました。

私たちが動画などで目撃する空気中の衝撃波は、空気の粒子の振動を伝える速さ、つまり音速を超える速度のものがあるときに発生します。

しかしこの原始ブラックホールの周りで発生する衝撃波は、空気の代りに、超高温・超高圧の粒子たちの間での振動の速度を超えた時に起こるものです。

役者は違いますが、原理はよく似ていると言えるでしょう。

再びパチンコ玉を例にとると、熱湯の中に赤くなるまで極端に熱したパチンコ玉を入れると「じわっ」と熱が拡がるのに先駆けて、爆発のような現象が起こりますが、似たことが初期の宇宙では原始ブラックホールのまわりで起きていたと考えられます。

ですが面白いのはここからです。

研究ではこの荒々しい環境が、私たち物質で作られた存在が宇宙に存在できるようになった切欠になりえると述べています。

現在の宇宙には、物質がたくさんあります。

星も惑星も、海も空気も、私たちの体もそうです。

ところが標準的な考え方では、宇宙の初期には物質と反物質がほぼ同じだけ生まれたはずです。

もし本当にぴったり同数なら、両者は出会って消え、今のような物質だらけの宇宙は残りません。

それなのに現実には、物質がほんの少しだけ勝ち残りました。

この「ほんの少し」があったおかげで、今の宇宙があります。

では、その偏りはどこで生まれたのでしょうか?

物質と反物質の差を作るには、「宇宙全体がなめらかに同じルールで進む」のではなく、「ここだけ急に熱くなる」「ここだけ性質が変わる」といった、局所的で急激な変化が要るのです。

今回の研究は、その“乱れ役”として、原始ブラックホールの衝撃波を持ち出しました。

研究では、もし原始ブラックホールが十分に激しい衝撃波で初期宇宙の超高温・超高密度の粒子のスープを荒らしたなら、物質と反物質の差を作るのに十分な「ここだけ急に熱くなる」「ここだけ性質が変わる」という現象が起こせる可能性が指摘されています。

原始ブラックホールの荒々しさが「物質と反物質」に差を生んだ

原始ブラックホールの荒々しさが「物質と反物質」に差を生んだ
原始ブラックホールの荒々しさが「物質と反物質」に差を生んだ / Credit:Canva

なぜ原始ブラックホールが荒れ狂うと、物質と反物質のバランスが崩れたのか?

この問いに答えるためには、まず宇宙を支配している「力」の話から始める必要があります。

現在の物理学では、この世界で起きるあらゆる現象は、4つの基本的な力で説明できると考えられています。

それが、重力、電磁気力、弱い力、そして強い力です。

たとえば重力は物体を引き寄せ、電磁気力は電気や磁石の働きを生み、弱い力は放射性崩壊のような現象に関わり、強い力は原子核をしっかりと結びつけています。

ただし、これは「今の宇宙」での見え方です。

宇宙が誕生した直後のような極端に高温の状態では、これらの力は今のようにきれいに分かれておらず、よりシンプルな姿で振る舞っていたと考えられています。

その中でも、今回の話で特に重要なのが、「電磁気力」と「弱い力」の関係です。

この2つは現在では別々の力として働いていますが、宇宙が非常に高温だったころには、まだ分かれておらず、ひとまとまりの状態にありました。

しかし宇宙が膨張して冷えていくにつれて、このまとまりは保てなくなり、電磁気力と弱い力は現在のように別々の力へと分かれていきました。

つまり宇宙の歴史の中で、「ひとつだった状態」から「分かれた状態」へと変化が起きたわけです。

ここで大事なのは、この変化が絶対的な一方通行ではないという点です。

温度が下がれば分かれ、逆に温度が十分に上がれば、再び元のまとまった状態に近づくことができます。

言い換えると、「分離」と「統合」は、温度によって行き来できる、いわば可逆的な変化なのです。

そして初期宇宙のある時期は、ちょうどこの境目の近くにありました。

宇宙全体としてはすでに冷えていて、電磁気力と弱い力は分かれた状態にありましたが、その差はまだ大きくはなく、少しだけ温度を押し上げれば、再び元の状態に戻りうる、そんなギリギリの条件にあったと考えられます。

たとえば原始ブラックホールが発する衝撃波などは、そんな一瞬の逆戻りを起こし得る候補になり得ます。

原始ブラックホールが発する莫大なエネルギーは、周囲の粒子を一気に圧縮し、衝撃波とともに局所的に温度を押し上げます。

冷えた粒子が急に圧縮されて高温になり、「弱い力と電磁気力が統合していた領域(電弱対称性が回復した領域)」になり、一方で、その後ろでは時間とともに温度が下がり、「再び分離する領域」へ戻っていきます。

つまり初期宇宙の中を、「一時的に物理法則の顔つきが変わった領域」が走り抜けていくわけです。

論文によれば、この境目の温度をおよそ1900兆度(162GeV)としています。

とんでもない高温ですが、それよりも重要なのは、宇宙の性質の在り方を一瞬だけ先祖返りさせてしまう、相転移のフィルターのようなものが動いていたという点です。

ではなぜこの相転移フィルターが、物質と反物質の比率を変えたのでしょうか?

2026年3月30日に『arXiv』にて発表された関連論文では、この「動く境界」が、粒子と反粒子が少し違って振る舞う左右差のような仕組みがある場合、物質と反物質の差を生む結果につながると述べています。

具体的には、その高温の境界で活発になる特殊な過程(スファレロン過程)が重要になります。

この特殊な過程をざっくり言えば、「粒子の数や組み合わせ設定をまとめて変えてしまう高温の反応」が起こると考えられています。

十分な熱があると普段は起きない化学反応が起こるように、初期宇宙に匹敵する熱環境を作ると、冷えた後の宇宙では起きない異常な現象が起きるのです。

この想定のもとでは、粒子と反粒子が境界を通過するときには、完全に同じ振る舞いをせず、ほんのわずかな在り方の偏りが生まれるとされています。

ただこの段階では、まだ粒子の数というはっきりした差ではなく、いわば“種”のような小さなズレにすぎません。

次に、その領域が物理法則が違う高温の殻の中に入ると、スファレロン過程が働き始めます。

すると、この小さな方向的な偏りが「陽子や中性子のもとになる側の粒子が、反対側の粒子より少し多く残る」という数(バリオン数)の差へと変換されます。

境界の前で生まれた今の宇宙的な何気ない偏りが、性質が違う宇宙の中で粒子の数の差というものに変わってしまうのです。

そして最後に重要なのが時間です。

この高温の殻はその場にとどまるのではなく、衝撃波とともにすばやく移動していきます。

そのため、偏りを作って変換する時間は一瞬しかなく、そのあとすぐに宇宙は再び冷えた状態へ戻ります。

すると陽子や中性子のもとになる粒子を変える反応はほとんど止まってしまい、作られた差がそのまま残りやすくなります。

つまり、この仕組みは

「境界で小さな偏りを作る → 高温でそれを物質の差に変える → すぐ冷えて固定される」

という三段階で働いているのです。

物質世界はブラックホールの衝撃波のお陰なのか?

物質世界はブラックホールの衝撃波のお陰なのか?
物質世界はブラックホールの衝撃波のお陰なのか? / Credit:Canva

今回の2つの研究により、原始ブラックホールの最期は単なる「静かな消滅」ではなく、初期宇宙の超高温・超高密度の粒子を激しく揺さぶる現象であり、その過程が物質と反物質のわずかな不均衡を生み出す舞台になりえた可能性が示されました。

これまで原始ブラックホールの蒸発は、周囲に熱が広がっていく比較的おだやかな現象として扱われることが多くありましたが、今回の研究はその見方を大きく変えました。

原始ブラックホールが最後に放つエネルギーは、周囲の粒子に急激な圧力差を生み、電磁気力と弱い力の分かれ方を局所的に巻き戻すような状態(電弱対称性の局所回復)に戻す可能性があることが示されたのです。

さらに重要なのは、その衝撃波の内部で起きる物理です。

この動く境界が特定の条件で粒子と反粒子にわずかな偏りを与え、その偏りが高温領域の中で物質の数の差へと変換される可能性があります。

しかもその高温の殻は長くとどまらず、すばやく宇宙の中を通り過ぎていくため、差が残りやすくなるという仕組みも示されました。

もちろん、この仕組みが実際にどれほどの物質の偏りを生み出せるのかについては、まだ検証が必要です。

論文でも、具体的な生成量や条件については今後の研究に委ねられています。

ただこの考え方の面白いところは、物質と反物質の非対称という大問題を、「未知の粒子」だけでなく、「初期宇宙の流体の動き」という観点から説明しようとしている点にあります。

宇宙の中を走る衝撃波という、一見マクロな現象が、素粒子レベルの数の偏りに影響を与えるかもしれないというのは、スケールの違いをまたいだ発想です。

私たちはよく、「人間は星くずでできている」と言いますが、今回の研究の視点から視れば、「人間はブラックホールの衝撃波でうまれた」とも言い換えられるでしょう。

星くずがそもそも残るためには、もっと前の段階で、物質が反物質にほんの少し勝たなくてはならないからです。

そう考えると、私たちの存在は、星の死だけでなく、宇宙誕生直後のブラックホールの死にも、少しだけ借りがあると言えるでしょう。

元論文

Shocks from Exploding Primordial Black Holes in the Early Universe
https://doi.org/10.48550/arXiv.2603.15746

Baryogenesis from Exploding Primordial Black Holes
https://doi.org/10.48550/arXiv.2603.29024

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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