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中学受験伴走も仕事も全力で走っていたら、ゴールが『まさかの人事異動』だった件

  • 2026.4.2

忙しい、という言葉が軽く感じるほど忙しかった

2月の私は忙しかった、というより、もはや「忙しい」という日本語の上限値を軽々と突破していたような気がしています。昨年の夏の終わり、重大な研究の欠点が見つかってからというもの、心の中にはずっと小さな非常ベルが鳴り続けており、静かな一日など一度たりとも訪れませんでした。ほんとね、聞こえるか聞こえないかくらいのベル。止めたくても耳鳴りのように響く。「まぁ今日はちょっと余裕あるな」なんて思えた日は、冗談抜きでゼロだったと思います。プライベートでは長男の中学受験があり、あの緊張感と慌ただしさをリアルタイムで面白おかしく発信したいという野望は確かにあったのですが、そんな余裕があるならまず寝たい、というのが正直なところでした。日中は研究テーマに追われ、夜は家庭のあれこれと中学受験の伴走に追われ、その合間に「自分」という存在がどこにいるのか分からなくなるほどの毎日が続いていました。気づけば、2月は一瞬で終わっていました。カレンダーだけが淡々とめくられていくのを見ながら、「えっ、もう3月?ほぇ?」と3回くらい言った気がします。

実験室の隅で英会話をする母

勤務時間中は、とにかく試験、試験、また試験、という日々で、成功する未来をなんとかこの手でたぐり寄せるために、泥臭くデータを取り続けていました。「研究者って優雅で知的な仕事ですよね」と言われることがありますが、現実はパソコンの前で肩がガチガチになるほど集中してプログラムを書くか、ピペットを持って1日中立って作業か・・分野にもよりますが、肉体労働者にかなり近いと、私は思っています。休憩時間ですら、のんびりコーヒーを飲むような余裕はなく、海外の研究所とのやり取りのために、実験室の隅でWEB英会話をしていました。慌ててお昼ご飯を食べ、ヘッドセットをつけ、「Hello」と言っている自分の姿をふと客観視した瞬間、「私は一体何をしているんだろう」と思ったことも一度や二度ではありません。それでも、カメの歩みのような速度ではありましたが、英会話の能力も少しずつ前には進んでいる気がしていました。いや、そう信じないとやっていられない、というのが正直なところだったのかもしれません。

帰宅後に始まる第二ラウンド

そして帰宅してからが、また別の意味での本番でした。遠方の保育園に三男を迎えに行き、そこから通常の家事プラスアルファ、さらに長男の中学受験のサポートが始まります。特に苦手な国語については、私が先に問題を解き、解説を書いておくという、もはや家庭教師なのか母親なのか分からない状態になっていた時期もありました。「お母さん、これどういう意味?」と聞かれるたびに、「それはね…」と答えながら、自分の語彙力が試されている気がして内心ヒヤヒヤしていたのはここだけの話です。早朝には、その日の学習に必要な知識や、やるべきことを羅列したメモを書き、長男の机の上にそっと置いておくという作業も続けていました。そして、そのメモを書き終えた瞬間、次の一日がもう始まっているという現実に気づき、軽くめまいがしたこともあります。尚、今回は割愛しますが、次男がサッカーのクラブチームに入ったため、これまた土日もバタバタ。ほんと、無限ループの忙しさでした。

書けないことへのイライラ

とてもじゃないですが、趣味のブログを書いている余裕はありませんでした。私にとってブログは、単なる記録ではなく、ライフワークであり、趣味であり、そして何よりも「自分を取り戻す場所」でもあります。でも、そんな余白もなくなるくらい、日々、疲れ果てていました。一方で、書けないことがこんなにもストレスになるとは、正直思っていませんでした。パソコンの前に座る時間が取れないだけで、なんだか大切な友達に会えない日が続いているような、そんな寂しさを感じていたのです。「今日は書けるかな」と思っても、気づけば寝落ちしている。その繰り返しに、少しずつイライラが積もっていきました。

受験が終わっても、終わらない

そんな中、長男の中学受験が終了しました。2年間の塾通いと模試や直前特訓。試験当日の極度の緊張が嘘のように、家の中には少しだけ静かな空気が戻ってきました。とはいえ、次男のクラブチームのサッカーは相変わらず全力で続いており、三男の保育園生活もいよいよ最後のイベントラッシュに突入していました。さらに職場では、来年度の研究予算の申請やスケジューリングの締め切りが次々と押し寄せ、特許関係の資料集めや論文調べなど、「これいつ終わるの?」と聞きたくなる仕事が山積みになっていました。3月には大きな研究発表も控えており、それに向けて大量のデータを取らなければならないというプレッシャーもありました。正直、どうやって毎日を過ごしていたのか、今となってはほとんど記憶がありません。

その電話は、突然に

そんなある日の夕方でした。社内電話が鳴りました。RIRI… RIRI…私たち研究チームの島の電話ではありませんでしたし、ちょうどその時、後輩にコードの書き方を教えている最中だったため、なんとなく気にも留めていませんでした。「このコードは、このような構成にした方が処理が早くなるかもしれないね」などと話しながら、画面を指差して説明していたのです。すると突然、少し大きな声が響きました。「ぽにさん、お電話です。部署長からです。」一瞬、時間が止まりました。えっ、私に?何の用?つい一時間前、来年の研究についてかなり濃いディスカッションをしたばかりだったので、「もう話すことはないですよね」というくらいの満腹感があったのです。

そして、運命の一言

これは間違いなく予算関係だろうな・・隣で教えていた後輩に、「後でまた教えるから、ちょっと行ってくるね」と声をかけると、彼女は少しだけ意味深な顔をしました。「ぽにさん、この時期って、もしかすると…異動のお話とか?」その一言で、ようやく私は気づきました。そういえば、もう2月の終わりだったことに。忙しすぎて、今日が何月何日かすら分からなくなっていた自分に、少しだけ苦笑いしました。部署長室のドアをノックし、「どうぞ」という声を聞いて中に入ると、心の中ではすでに予算申請の修正依頼を想定して、言い訳のシミュレーションが始まっていました。ところが。「ぽに君、この時期に呼び出されたから分かるよね。」ええ、分かります。(予算ですよね。)そう思った次の瞬間。「ぽに君、君の異動先は――海外営業部だ。」頭の中が、一瞬で真っ白になりました。えっ?私が?海外?営業?研究者の私が?――さて、ここから私の人生は、思いもよらない方向に動き出すことになります。次回、「研究者、まさかの海外営業へ?」に続きます。

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