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「この駄菓子、好きだったよな」特別なことじゃないけど。おじから学んだ『最高の親戚付き合い』の形

  • 2026.4.4

身近な人のやさしさに、あとになって気づいた経験はありませんか? 当たり前のように受け取っていたことも、立場が変わると見え方が変わるものです。今回は、筆者がおじとの関わりを通して感じたエピソードをご紹介します。

画像: 「この駄菓子、好きだったよな」特別なことじゃないけど。おじから学んだ『最高の親戚付き合い』の形

ただ楽しかった、あの頃の時間

私には昔から、とてもお世話になっているおじがいます。
子どもの頃は、会うたびにいろいろなところへ連れて行ってくれました。

よく覚えているのは、デパートの屋上です。
大きなパンダの乗り物に乗ったり、ハンマーで飛び出してくるワニをたたくゲームをやらせてもらったり。

その帰りには、近くのコンビニやスーパーにも寄ってくれました。そこで駄菓子を買ってもらうのが、また楽しみの一つでした。

子どもの私はただ夢中になっていただけでしたが、今思い返すといつも私と姉が喜びそうなことを考えてくれていました。

続いていた、さりげない気遣い

大人になった今でも、変わらず気にかけてくれます。
久しぶりに会うと「これ好きだったよな」と言って、昔よく食べていたお菓子を渡してくれるのです。

それだけではありません。今では私の子どもの好みまで覚えていて、「これ、みんなで食べて」とグミやラムネを持たせてくれます。

どうしてそこまで覚えているのだろうと、そのたび驚きます。同時に、変わらない関わり方にどこか安心し、自然と感謝の気持ちが湧いてきます。

自分に問いかけたとき

その姿を見るたび、ふと考えることがあります。

私にも姪や甥がいます。
もちろん可愛くて、会えばたくさん可愛がります。

けれど、おじのように「相手が喜ぶこと」を、ここまで考えているだろうか。そう思うと、まだまだだなと感じます。

何をあげれば喜ぶか。私は、身近でできる範囲で選んでいるだけだったのかもしれません。相手を思い浮かべる時間の差に、はっとしました。

会ったときに何か買ってあげることはあっても、相手の好きなものを覚えていて、さりげなく用意しているわけではありません。

やさしさの形に気づいた今、思うこと

きっとおじは、特別なことをしているつもりはないのだと思います。
ただ相手が喜ぶ顔を思い浮かべながら、自然に行動しているだけなのでしょう。

おじがしてくれたように、誰かの「うれしい」を考えて行動できる人でありたい。
そんなことを思いながら、今日も私は、もらったお菓子を子どもと一緒に食べています。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。

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