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神保町で、「本が好き」は深くなる

  • 2026.3.31

「本が好き」という感覚は、意外と能動的だ。読むうちに語りたくなり、自分が選んだものを誰かに届けたくなる。そして、語るうちに自分で作りたくなる人もいる。神保町という街が、本好きを繰り返し引き寄せる理由は、古書店の密度だけではない。この街には、その「好き」の熱が形を変えて動き出す場所がある。

「好き」を、紙にする人たち——Zine & Book フェス in 神保町

1月の神保町に、手作りの本を抱えた人たちが集まった。「Zine & Book フェス in 神保町」。

ZINEとは、個人や小さなグループが自ら作り、自ら届ける小冊子のことだ。ブースの数だけ、「好き」の世界がある。

フェスのZINEエリアには、個々人の体験や感情を起点に生まれた作品が並んでいた。

そのひとつが、東京藝術大学文藝部が制作する文芸ZINE『模像誌-第三号〈表現と身体性〉』。

代表の河邉宏太さんは小説やハプニングアートの制作を手がけるアーティストで、自身も義手を持つ。今号のテーマ「表現と身体性」は、身体性の定義や境界を問い続けてきた河邉さん自身の問いを軸に設定した。

「文学では同人誌やZINEが、明治・大正の頃からいろんなカルチャーを作ってきた。個人アーティストの表現を広めたい、文学と芸術をつなぎたいという気持ちで続けています」と話す河邉さん。

今号は初のフルカラーで、印刷部数は300〜400部。「ZINEではあるが、雑誌を作るような感覚でやっている」という言葉通り、編集部としての制作体制がすでに確立されている。

斜め向かいのブースでは、はやしまりなさんが『衣食住バスケ』を手渡していた。デザイン関係の仕事を本業に持つはやしさんが、千葉ジェッツの金近廉選手を初めて観に行ったのは2024年1月のこと。そこから1週間でゴールド会員を取得し、以来1シーズンで30試合ほどを観戦するまでになった。

「好きすぎて、この気持ちをひとりの中でとどめておけない。アウトプットしたいと思って日記のZINEを作りました」。

レイアウト・デザインは本業のスキルをそのまま活かした、私的かつプロフェッショナルな一冊だ。

もう一組、気になる存在があった。移動式本屋として各地のZINEイベントを巡る「放蕩書店」だ。今回持参した『家出! 放蕩記 月刊宗沢香音vol.2』は、家出して、家なし金なし職なしだった頃の日記をベースに、星占いと編集後記まで書き添えた、完全個人制作の雑誌だ。

独学のInDesignでレイアウトし、入稿データまで自分で作り上げたという。作り、売り、移動する。ZINEを作ることと、誰かに届けることが、最初から一体になっている点もまた、ZINEならではの面白みだ。

神保町の真ん中に、自分の棚を持つ PASSAGE by ALL REVIEWS

神保町のすずらん通りを歩いていると、一軒の書店が目に入る。「PASSAGE by ALL REVIEWS」。

入ってみると、壁一面に棚が並ぶ。一つひとつの棚に、棚主それぞれの名前と選書がある。棚主は月額1,600円〜で「自分の棚」を持ち、自分の好きな本を自分の言葉で売る——いわば、小さな本屋を神保町のど真ん中に出す、という行為だ。

代表の由井緑郎さんは、PASSAGEを立ち上げた動機をこう説明する。
「書評というのは、人に本を勧める行為じゃないですか。それを店舗版にしたらどうだろうと思ったんです」。

書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」のリアル版として2022年3月に開業し、現在は神保町を中心に4店舗、総棚数1,000を超える。

棚主の年齢層は40〜50代が中心だが、近年は幅が広がり、80代の棚主も登場している。由井さんによれば、大量の蔵書を手放したい世代が孫や娘を伴って申し込みに来るケースもあるという。一方、来店者は20〜30代がメインだ。

「若い子たちは『居場所』として来てくれて、年配の方は『自分の棚を持ちたい』と思ってくれる。その両方が重なって、良い空間になっているのかなと思います」。

棚主にとってこの場所が持つ意味は、単なる販売スペース以上の価値がある。

「昔から古本屋さん・本好きたちの間で、神保町で店を持つことが最終ゴールと言われてきました。正規の店舗を出せば家賃だけで年間2,000万円ほどかかる神保町で、月額1万円ちょっとでひと棚ながら店が出せる。棚主さんにとっても、僕らにとっても、お互い誇りを持てる良いことなのかなと」。

由井さん自身も神保町に15年以上在住し、街の人の動線を知り尽くした上で、すずらん通りの立地を選んだ。

人気の棚は抽選倍率20〜30倍に達することもある。棚主が定期的に棚を更新するほど来店者の再訪が生まれ、棚主同士が互いの棚の本を買いあう光景も珍しくない。交流会を軸にしたコミュニティ設計もひと役買っているという。

「少しでも交流を持つと、棚主を辞めてしまう率がゴーンと減るんですよ」という由井さんの言葉は、長年マーケティング・メディア業に携わってきた経験からにじみ出る実感だ。

本が売れると、棚主にメールが届く。その瞬間の快感を、由井さんは「脳みそに刻みつけられる」と言った。

「気持ちいいですよ、本が売れると。自分が求められていたんだなっていう、世界と通じ合った瞬間のような感覚ですね」。

「表明して、拍手される」——2つの行為が指す、同じ場所

作る人と、選んで届ける人。媒体は違っても、由井さんは2つの行為を「自己表現」というひとつのことばでつなげた。

「自己表現をして認められる、っていうのが、やっぱり一番人間気持ちいいですよね。(ZINEを)作る人も、(棚主として本を)選ぶ人も、いろいろあって良いと思うんですけど、その一番根源的な『表明して拍手される』、この連関が良いんじゃないでしょうか」。

そう。ZINEを作ることも、棚に本を並べることも、突き詰めれば構造は同じかもしれない。「自分はこれが好きだ」という表明と、それが誰かに届く瞬間。媒体が紙であれ、棚であれ、自己表現でつながる世界がそこにある。

1号店の3階はカフェになっており、普段から営業しているが、定期的に棚主が「1日店主」となってファンコミュニティのイベントが開催される。Harumari Inc.

実際、PASSAGEでも、お気に入りの本のキュレーションだけでなく、自ら発行するZINEを棚に置いている棚主も多い。好みが近い棚を「推し棚」として通い続ける来店者もいる。交流会では棚主が名刺代わりの棚名入りカードを胸につけ、初対面の人に自分の棚をQRコードで案内する。本を介して、人と人のつながりが生まれているのだ。

『衣食住バスケ』を作ったはやしまりなさんが言っていた言葉が、ここで重なる。「この気持ちをひとりの中でとどめておけない」。その衝動の先に、ZINEがあり、棚がある。

神保町は、「本が好き」の先に何があるかを教えてくれる街なのだ。

PASSAGE by ALL REVIEWS(1号店)
住所:東京都千代田区神田神保町1-28-3 神保町雑居ビル1F・2F
最寄り:都営地下鉄「神保町」駅A7出口 徒歩約2分
営業時間:12:00 〜 19:00
棚主申し込み:https://passage.allreviews.jp/entry
Instagram:https://www.instagram.com/passagebyallreviews/
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