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『元AKB48センター』20歳で“焼肉店経営者”に転身。初年度“年商1億達成”から一転→まさかの悲劇も…“逆転の経営術”で魅せた快進撃

  • 2026.4.25

芸能界で華々しく活躍するスターたちの中には、意外すぎる経歴や、世間を驚かせた大きな転換点を持つ方々がいます。かつての職業での輝かしい実績や、逆境を跳ね除けた並外れた努力、そして覚悟を持って挑んだ新境地。今回は、そんな“驚きのキャリアを持つ芸能人”をテーマに5名をセレクトしました。

本記事ではその第2弾として、内田眞由美さんをご紹介します。国民的アイドルグループ「AKB48」のセンターを務めた経験がありながら、弱冠20歳で“焼肉店の経営者”としての道を選んだ内田さんの波乱万丈な歩みに迫ります―。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

アイドルグループ「AKB48」のセンターまで上り詰めた道のり

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

内田眞由美さんは1993年12月27日生まれ、東京都出身。2007年、AKB48第2回研究生(5期生)オーディションに合格し、アイドルとしてデビューを果たします。その後、正規メンバーへ昇格し、チームKの一員として活動。同期には指原莉乃さんや北原里英さんなど、後のスターたちが顔を揃えていました。

そんな内田さんの名が日本中に轟いたのは、2010年のこと。“AKB48 19thシングル選抜じゃんけん大会”で並み居る人気メンバーを抑え、見事優勝。19thシングル『チャンスの順番』で、初の選抜入りにしてセンターポジションという栄光を勝ち取ったのです。まさに“チャンスの神様”に愛された瞬間でした。

天国から地獄へ…泥沼から這い上がった経営者魂

じゃんけんでセンターを勝ち取り、圧倒的な豪運と勝負強さでセンターを勝ち取った内田さん。しかし、その後のキャリアは運だけでは語れない、凄絶な戦いの連続でした。センターとして注目を集めた内田さんでしたが、人気が伸びるどころかバッシングを浴びせられることもしばしば。結果的に、センターになった直後に開催されたAKB48の名物イベント“AKB48選抜総選挙”では、まさかのランキング圏外となり、アイドルを辞めることも覚悟したそうです。

そんなとき、内田さんの人生を大きく左右する出来事が起きます。ある日、事務所による進路相談の場で、社長から焼肉店の経営を進言された内田さん。実家が焼肉店だからという理由だけの突拍子もないアドバイスでしたが、内田さんの心には静かに火がついていました。

アイドル失格が確定しちゃった…でもこれはチャンス!焼肉店を頑張るしかない!出典:ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(2024年8月9日配信)

それから内田さんは、アイドル現役中の20歳という若さで、新大久保に“焼肉IWA(※現:YAKINIKU IWA)”をオープン。祖父が精肉店、両親が焼肉店を営んでいるという、これ以上ない環境でスタートを切った内田さん。さらに、外観や内装、メニューに至るまで、AKB48一色で染めた“AKB48ファン向け”の大胆な経営方針を取ると、まさかの大盛況!結果的に、オープン年の年商は1億円を超える最高のスタートとなりました。

しかし、焼肉店の成功で浮かれてしまい、そのままAKB48を卒業した内田さんに悲劇が起こります。なんと、グループを卒業した途端に客足は激減。開店から2年で、2600万円の借金が残り、売上も伸びないという危機的状況に見舞われます。さらに、彼女を追い詰めたのは、甘い言葉で近づいてきた偽りのビジネスパートナーによる裏切りでした。

新潟へのフランチャイズ展開を打診された内田さんは、口車に乗せられて新潟店の開店を決意します。しかし、信頼した経営者は給料未払いのまま消息を絶ち、残ったのはさらなる負債と人間不信という心の傷だけでした。その後も、追い打ちをかけるようにコロナ禍が直撃。来客ゼロの日々が続くなか、存続のために2000万円の追加融資を受けるも、客足は戻らず負債だけが増えていく日々。ついに心が折れた内田さんは、店をたたむ決意を固めたそうです。

しかし、売却に出した店舗の見学に訪れる、デリカシーのない外国人購入希望者たちの姿を目の当たりにしたとき、彼女の心に火が灯ります。

大切に守ってきたこのお店を、こんな人たちに売りたくない!出典:ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(2024年8月16日配信)

この怒りにも似た執念が、驚くべき逆転の発想を生みました。なんと、経営方針を外国人向けへと大胆に転換。すると読み通りに外国人客が急増し、売り上げは劇的な回復を遂げたのです。じゃんけんで掴んだ一瞬のセンターよりも、泥沼の中で見つけたこの逆転の知恵こそが、彼女を真の実業家へと押し上げたのです。内田さんの衝撃のキャリアに、SNSでは「七転び八起きとはこのこと」「勉強になった」「泣いてしまった」など、感銘を受けた方からの声で溢れました。

12週年を迎える焼肉店の現在

衝撃の借金地獄やさまざまな災難に見舞われ、一度は閉店を視野に入れたこともあった内田さん。「飲食店は3年で7割が閉店する」と言われる厳しい業界にも関わらず、2026年4月29日に内田さんがオープンした焼肉店「YAKINIKU IWA」は、なんと12周年を迎えます。コロナによる大打撃があったにも関わらず、10年以上店を続けられているのは、内田さんの経営手腕の賜物と言えるでしょう。

そんな内田さんですが、2025年12月にヌック管水腫の切除手術を受けるという身体的な試練にも直面。しかし、2026年2月には無事に終診し、現在は以前にも増して精力的に現場に立つ日々を取り戻しています。

ありとあらゆる逆境を跳ね返してきた内田さんは、卒業後の進路に悩むタレントたちにとっての「セカンドキャリアの星」となりました。自らの力で運命を切り拓いた彼女の挑戦は、12周年という節目を超え、さらに続いていくことでしょう。


ライター:天木拓海
映画・アニメ・ドラマなど、エンタメ作品を観ることを趣味としているライター。エンタメ関連のテーマを中心に、作品考察記事/コラム記事などを手掛ける。

※記事は執筆時点の情報です