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なぜ「他人の不幸」をのぞき見したくなるのか?  実は明治から続く、貧困・障害のエンタメ化130年史

  • 2026.3.29
社会的弱者を描いた漫画がコンテンツとして消費される背景とは?(画像はイメージ)
社会的弱者を描いた漫画がコンテンツとして消費される背景とは?(画像はイメージ)

経済的貧困や心身の障害を抱える社会的弱者を題材にした漫画やルポルタージュなどが、作中の描写を巡り、SNS上で批判されるケースは珍しくありません。評論家の真鍋厚さんは、こうした作品について、「社会の暗部に光が当たり、当事者にとって救いになるケースもあれば、『弱者の生態を消費する』という構造になりがちで、偏見を助長してしまう面もあります」と話します。

社会的弱者を描いた作品がSNS上で炎上してしまう背景や、それでもこうした作品がエンターテインメントとして消費される歴史的背景などについて、真鍋さんが分析します。

漫画「みいちゃんと山田さん」に賛否

発行部数170万部を突破する大ヒットを記録した漫画『みいちゃんと山田さん』(亜月ねね著、「マガジンポケット」講談社)がたびたびSNS上で物議を醸しています。

本作は、東京都新宿区歌舞伎町のキャバクラを舞台に、知的発達に問題を抱える新人キャバクラ嬢の「みいちゃん」と、美大に通いながら同じ店で働く「山田さん」の交流を描いたヒューマンドラマです。最初にみいちゃんが何者かに殺害される結末が示され、そこに至るまでの12カ月間の足跡をたどる形になっています。

軽度の知的障害を持つみいちゃんが歌舞伎町の夜の世界で搾取されていく過程が赤裸々に描写されており、そのトラウマ感強めのリアルさと、KY(空気読めない)なキャラクターのアンバランスが醸し出す独特の世界観がSNSを中心に大きな反響を呼びました。

本作に対する主な批判や議論は、「知的障害者の描き方」と「現実社会への悪影響」の2点に集中しています。

まず当事者や支援現場からは、「知的障害者=夜の世界で性的に奔放、逸脱する」という極端なイメージを植え付けるのではないかという批判がありました。真面目に働き、社会の一員として努力している同じ立場の人々からは偏見を助長するという声も聞かれました。

次に、フィクションとしての物語が「知的障害者のリアル」として一般化され、障害そのものへの理解ではなく、特定のステレオタイプを強化する恐れが指摘されています。

また、救いのない展開や、みいちゃんが薬物中毒のような状態で亡くなる最後が予告されていることから、「不幸をエンターテインメントとして消費している」「露悪的すぎる」といった批判も見られます。

その一方で、「社会の闇や生きづらさを高い解像度で描いている」「見過ごされがちな問題を可視化した」として評価する声も多く、単なる批判にとどまらない複雑な議論を巻き起こしているのが見逃せないポイントです。

明治時代に貧困をパッケージ化したルポとは?

ここで重要なのは、貧困や障害などに苦しむ社会的弱者を取り扱うコンテンツは、そもそも「不幸な物語を消費すること」(露悪性)と、「社会問題を物語として表現すること」(啓発性)という大きな矛盾を抱えざるを得ないという本質的な視点です。

読者は、作者の亜月ねね氏がキャバクラへの取材などを踏まえて制作している点を前提に、物語が単なる絵空事などではないという見方をします。実在の人物や事件を取り上げた映画の冒頭で掲げられる「事実に基づく物語」というテロップのように、多くの真実を含むフィクションとしての重みや臨場感を認識し、それが娯楽性の核となっています。

日本で、貧困に苦しみ、社会の底辺で生きる人々の姿を「読み物(コンテンツ)」としてパッケージ化し、大衆的なヒットに導いた先駆者は、明治時代のジャーナリスト、松原岩五郎です。松原は、貧民街の実態を暴いたルポルタージュ『最暗黒の東京』(岩波文庫ほか)を著しました。

この作品は1892年(明治25年)、現在の東京新聞の前身の一つである『国民新聞』に連載され、当時の読者にすさまじい衝撃を与えました。松原は、ただ外側から貧民街を眺めたのではありません。自らボロをまとい、人力車夫や残飯屋、マッチ貼りなどの底辺労働に身を投じる潜入取材を行いました。

実際にその日暮らしの生活を体験したからこそ書ける、悪臭や空腹の描写といった生活の悲惨さだけではなく、そこに生きる人々の生命力や奇妙な風習を、一種の「探検記」として読ませる筆致がありました。

松原の功績(あるいは功罪)は、貧困を単なる同情の対象から、当時の中産階級が消費する「知的な刺激(スキャンダリズム)」へと昇華させた点にあります。読者の多くは、文明開化の恩恵を受けている知識層や商工業者だったからです。

彼らにとって、当時の下谷万年町や四谷鮫河橋といったスラム街は、同じ東京にありながら「異世界」でした。松原は、安全な場所にいる読者に対し、語弊を恐れずに言えば「のぞき見」の窓を提供したのです。

同紙は、この時代、非常に勢いのある媒体でした。編集長の徳冨蘇峰(そほう)は「平民主義」を掲げ、エリート層だけでなく一般市民に届く「物語」としての貧困を求めていました。同じ国民としての共感と行動を期待していたのです。

そのような崇高な目的が達成されたかどうかは別にして、タイトルの「最暗黒」は流行語となり、世の中にセンセーションを巻き起こしました。1897年(明治30年)までに5版を重ねるロングセラーとなり、多くの人々が知ることになったのです。

松原岩五郎が切り拓いた「最暗黒(社会の暗部)のエンタメ化」は、日本のメディアシーンにおいて形を変えながら、常に大衆の好奇心を満たすコンテンツであり続けてきました。その歴史を振り返ると、私たちが弱者に向けるまなざしが時代ごとに変化していることが分かります。

大正から戦前にかけては、貧困に苦しむ社会的弱者への視線は二極化します。社会運動家の賀川豊彦などの活動により、貧困は「救済すべき対象」という道徳的な物語と、江戸時代からの見世物小屋の流れをくむエロ・グロ・ナンセンスとしての消費です。

戦後は、日本全体が困窮し、貧困は人ごとではありませんでしたが、粗悪な紙に印刷された大衆娯楽雑誌、いわゆるカストリ雑誌が「背徳的エンタメ」を担いました。浮浪児、街娼、日雇い労働者の生活をエロティシズムと結び付け、「退廃的な美」などとして楽しむ文化です。

高度経済成長期からバブル期にかけては、「一億総中流」の幻想が広がり、貧困は日常から消え、その反動として「聖域」や「ロマン」の対象となります。硬派なルポや社会派ドキュメンタリーの舞台として、一部の知識層に消費されるようになりました。

2000年代以降は、多様化の時代を迎えます。『銭形金太郎』などの「貧乏バラエティー」番組のような「笑えるコンテンツ化」から、闇金業者、債務者、風俗関係者、反社などへの徹底的な取材に基づき、現代社会の闇をリアルに描いた大ヒットマンガ『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平著、小学館)に至るまで、消費の形は広がっていきます。

なぜ私たちは他人の不幸にひかれるのでしょうか。それは、安全な場所から普段の生活では触れられない過酷な現実を疑似体験し、知的好奇心を満たしたいという、抗いがたい欲望があるからに他なりません。

「みいちゃん」が発達障害の女性を差別する用語として使用され…

すべてに共通しているのは、その露悪性と啓発性という二面性です。当然ですが、そこには作り手の「思い込み」や「誤解」、あるいは取材における情報の偏向も創作に反映されてしまいます。これはあらゆる創作物について回るものですが、実話風味がエンタメの要素を構成している場合、ハレーションを起こす可能性は格段に高まります。

例えば、先述の『みいちゃんと山田さん』では、支援者や当事者サイドなどから、作中に登場する男性の障害者の描き方について「実際にはこんな言動はしない」といった趣旨の批判が寄せられ、ネット上で議論になりました。

加えて、仮に啓発色が強い、堅実な作りのコンテンツであっても、衝撃的な部分だけが切り取られ、ネタやミームとして消費される状況が出てきます。そもそも題材の重さと消費のされ方のギャップは必ず生じてしまうものです。

最近、「みいちゃん」が発達障害当事者の女性を差別する言葉として使われ、問題になっているのはその一例に過ぎません。ネット上で、発達障害を公言している女性に対して「みいちゃんだ」とちゃかす現象が広まったのです。

貧困や障害などに苦しむ社会的弱者を取り扱うコンテンツは、その時代の「暗黒面」を告発する役割を負う半面、単純なバイアスや、エンタメの性質上、不本意な消費が起こり得ます。とはいえ、それは「のぞき見」的に消費する側を免罪する理由にはなりません。

だからこそ、私たちにはコンテンツとそれが意図するところを慎重に評価していくことが求められているのではないでしょうか。

評論家、著述家 真鍋厚

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