1. トップ
  2. おでかけ
  3. 【六本木】生誕151年からの鹿子木孟郎 ― 不倒の油画道@泉屋博古館東京4月5日(日)まで

【六本木】生誕151年からの鹿子木孟郎 ― 不倒の油画道@泉屋博古館東京4月5日(日)まで

  • 2026.3.26

泉屋博古館東京では「生誕151年からの鹿子木孟郎 ― 不倒の油画道」が2026年4月5日(日)まで開催されています。

近代日本洋画に本格的な写実表現を移植した洋画家・鹿子木孟郎。その生誕151年を機に開催される本展は、約四半世紀ぶりとなる大規模回顧展です。少年期の水彩や素描から、フランス留学期の本格的油彩、そして円熟期の象徴的作品まで、約130点によりその画業の全貌をたどります。

出典:リビング東京Web

岡山に生まれ、天彩学舎・不同舎で徹底した素描修練を積んだ鹿子木は、渡仏後、アカデミー・ジュリアンで歴史画の巨匠ジャン=ポール・ローランスに師事しました。

本展の見どころのひとつとして、展覧会会場ロビーには鹿子木孟郎がパリ留学中に師事したフランス・アカデミスムの巨匠、ジャン=ポール・ローランスの作品も展示されています。

歴史画の名手として知られるローランスは、緻密な人物描写と光と闇の劇的な対比によって、主題の精神性までも描き出しました。鹿子木が生涯を通して追究した重厚で堅牢な写実表現の原点を、実作を通して体感できる貴重な機会となります。

出典:リビング東京Web

会場展示風景:ジャン=ポール・ローランス《マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち》1877年 泉屋博古館東京 ※主催者側の許可を得て撮影しています。

鹿子木孟郎は、古典に根ざした写実を学び取り、日本洋画壇に確かな足跡を残しました。彼の確かな写実力が窺える作品です。帰国後は関西美術院長などを務め、教育者としても多くの人材を育てています。

本展では、師ローランスの影響、住友家との交流、三度にわたる渡欧の成果にも光を当てながら、「写実」とは何かをあらためて問い直します。

写実主義の極み ― 少年期から際立つ描写力

鹿子木の芸術を貫くのは、「正確に観て、正確に描く」という揺るぎない信念です。中学生の頃からすでに際立っていた観察力と描写力は、不同舎での「ただ一本の線」による訓練によってさらに研ぎ澄まされました。空気の湿度や光の移ろいまでも写し取ろうとするその姿勢は、単なる技巧を超え、対象の本質に迫ろうとする真摯な探究心の表れです。

出典:リビング東京Web

上:《本郷区根津 寺遠望》1893(明治26)年 府中市美術館 下:《駒込動坂上リ口》1892(明治25)年 府中市美術館(いずれも前期展示)

印象派的な外光表現が主流となる中にあっても、鹿子木は流行に迎合せず、古典的リアリズムを追究し続けました。その重厚で堅牢な画面は、いま改めて見ると驚くほど新鮮で、絵画の原点的な力強さを感じさせます。

出典:リビング東京Web

会場展示風景

不倒の精神 ― 三度の渡欧と象徴への深化

1900年の初渡仏以降、鹿子木は三度にわたりヨーロッパへ赴き、人体表現や歴史画、さらには象徴主義的風景へと表現を広げていきます。第三次留学ではルネ・メナールの影響を受け、写実を基盤としながらも精神性を帯びた画境へと到達しました。

出典:リビング東京Web

会場展示風景:中心:鹿子木孟郎《ノルマンディーの浜》1907年 泉屋博古館東京

雅号「不倒」に象徴されるように、どのような時代潮流の中でも自らの理想を貫いた鹿子木孟郎。本展は、その不屈の歩みを通して、日本近代洋画における「写実」の意味と可能性を再考する貴重な機会となるでしょう。

出典:リビング東京Web

鹿子木孟郎《婦人像》個人

重厚な油彩作品の前に立つと、私たちは自然と「見ること」の意味をゆっくりと考えさせられます。鹿子木が追い求めた写実の世界は、私たちのまなざしにそっと語りかけ、ものを見る楽しさや奥深さをあらためて気づかせてくれるでしょう。

また、本展では会場に入る前から、師であるジャン=ポール・ローランスと鹿子木孟郎との静かな芸術的対話を感じられる構成も魅力のひとつです。ぜひそのつながりにも思いを巡らせながら、ご鑑賞ください。

元記事で読む
の記事をもっとみる