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もっと早く言ってほしかった? 娘を想い、脳腫瘍を隠していた母に今思うこと【著者インタビュー】

  • 2026.3.24

【漫画】本編を読む

母親の余命がわずかと知った瞬間から看取りまでを描いたキクチさんのコミックエッセイ『20代、親を看取る。』(KADOKAWA)。そしてその2年後、今度は一緒に母を看取った父が自宅で倒れ、緊急搬送されてしまう。なんとか一命は取り留めたものの、倒れた原因は不明。ICU(集中治療室)に即入院することが決まり、キクチさんはまたもやさまざまな対応に追われることとなる。介護の申請から延命治療の有無まで対応するのは自分ひとりだけ。そんな顛末をまとめた『父が全裸で倒れてた。』(KADOKAWA)が2026年2月に刊行された。

誰もがいずれは経験することになる親との別れ。この2冊には親の不調と付き合うことへのメンタルの変化から、普段離れて暮らす親に変事があった時の対応方法まで多岐にわたる事柄が描かれている。看取りや介護の中で大変だったことや役に立ったこと。そして、キクチさんにとって困難を漫画にしていくことにどういう意味があったのか話を伺った。

――最初に乳がんが転移して脳腫瘍ができていると診断された時、お母さまはキクチさんにしばらく報告しませんでした。「もっと早く言ってほしかった」と感じますか?

キクチさん(以下、キクチ):当時は「早く言ってよ」と思いましたね。その方がまだ脳が侵食されていない、本来の母と一緒に過ごす時間をより長く持てたんじゃないかと。ですが余命宣告されるまで、母は自分が治ることを信じていて積極的に治療に向き合っていました。しかも、私はすぐ不安になってストレスに弱いタイプ。だから、「娘に心配をさせたくない、無駄に不安をあおるべきではない」という親心から自分の病状を黙っていたんだと思います。それに、もし早い段階で言われていたら病気が進行して弱っていく母をただ見ている期間が延びることになって、それはそれでしんどく感じただろうな、とも思います。なので、あのタイミングでよかったのかもしれない。今はそう思っています。

――そしてお母さまの「全然よくならないから、他でスーパードクター探して」という言葉からセカンドオピニオンを受けることが決まり、受診先探しが始まります。どうやって探しましたか?

キクチ:父と手分けして探したのですが、2人とも医学的な知識はまったくなくて。一番参考にしたのは、どれだけ手術数があるかなどの実績の部分ですね。あとは論文を何件出しているか確認したり、インタビュー記事を読んだり。偏見ですが、「メディアに出すぎている先生は信用ならないよね」とか話していました(笑)。病名で調べるとその分野で権威のある方がトップに出てきて、さらに所属されている病院がわかります。その病院を調べると、その病気の手術数とかが公開されていると思うのでそれを見て、最終的には会いに行くしかないですね。

――書籍の中でお父さまとキクチさんはたまたま考えていることや判断基準が同じだったから、話がスムーズに進んだとありました。

キクチ:そうなんです。例えばとある緩和ケアの病院に見学に行った時も、終わった後2人とも目を合わせて「ここはないね」と。同じことを考えているんだなと一瞬でわかりました。母の場合セカンドオピニオンを受けて余命数か月と言われた時に自宅介護に切り替えたのですが、その時も特に話し合ったわけではなく結論が出ました。昔から結構大事なタイミングでは意見が一致する家族だったと思います。

取材・文=原智香

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