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今日マチ子が15年越しに挑む、震災の物語――『るすばん猫きなこ』のタイトルに込めた意味は【インタビュー】

  • 2026.3.24
©今日マチ子/講談社
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※作品の一部ネタバレを含みます

※この話には、震災・津波に関する描写が含まれます。フラッシュバック、強いショックを受けられるなどのご心配がある方はご注意ください。

※この作品はフィクションです

今日マチ子さんが、東日本大震災から15年を経て描く『るすばん猫きなこ』。震災をテーマにしながらも、そこにあるのは怒りでも告発でもなく、どこか柔らかな「待つ」という時間でした。震災が起こってすぐには描けなかったこと。猫と子どもの物語となった理由、タイトルに込めた思いなどをうかがいました。

©今日マチ子/講談社
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――本作が生まれるに至った経緯からお話しいただけますか。

今日マチ子(以下、今日):2011年3月11日の震災発生直後に、編集さんから「震災をテーマにした作品を描きませんか」とご連絡いただいたんです。でもあまりにも直後で心の準備ができませんでしたし、今いったい何が起きているのか全体像も見えない状況でした。世の中に原発をめぐる怒りや混乱、恐怖が渦巻いていて、その空気をそのまま描いていいのだろうか……という戸惑いがありました。結局、震災発生から2年後の2013年に『みつあみの神様』(集英社)という作品を発表しました。

――『みつあみの神様』は、3.11以降の世界を「ひとり」で生きる少女と、その周囲の“もの”たち(洗濯バサミや枕など)のお喋りを綴った幻想的な物語です。アニメーション映画化もされ、国際的にも高く評価されました。

今日:私は事実そのままではなくフィクションとして咀嚼して描くタイプなのですが、『みつあみの神様』は特に寓話性を強めに描いたと思います。あのときは現実、事実から距離を取っておかないと、自分も作品も飲み込まれてしまいそうな気がしていたんです。あと、正直にいうと、「絆」を強調する当時の空気にどこか乗り切れなかったところもあって。もちろんそういったエネルギーが必要な状況だったと思いますし、人が団結することが社会を支えている部分があるとわかっているのですが、どうしても気持ちの面でうまく乗れなくて。でも私と同じように感じている人たちも少なからずいるのではないかとどこかで思っていましたが、『みつあみの神様』を描いたあとは、震災のテーマに取り組むのはしばらく時間を置くことにしました。

――時間を置くことで、今日さんの中で何かが変化しましたか。

今日:どんなに凄まじい出来事が起きても、当事者ではない人は忘れていくのだということを体感しました。あれから十数年が経過するなかで、時間が経てば経つほど、どこか“他人事”になっていく。毎年3月11日になれば多くの人は震災を思い出すだろうけれど、翌日には日常に戻っていく。私もそうです。「ああ、もうこんなに忘れているんだ」と気づくたび罪悪感を覚えつつ、それも含めて自分の中で変化していく震災の記憶を観察していた感じでした。

【被災地を訪れて、心の復興が追いついていないと感じた】

――2021年から今日さんは東北を巡りはじめていますね。

今日:震災の記憶が薄れていくとはいえ、ずっと被災地のことはどこかで気になっていました。作品にするかどうかは別として、見ないままでいることはできないなと思って現地を訪れたんです。そして実際目の当たりにすると、東京にいる自分が想像していた「復興」の姿と現地の様子はかなり違っていたんです。報道で「復興」という言葉をしきりに聞いていたので、なんとなく街が完璧に「復興」しているようなイメージを抱いてしまっていたのですが……、津波に押し流されて更地になったままの場所や、何もない所にぼんっと置かれているかのような復興住宅があるのを見て、ここは一回壊れてしまった土地なんだということが痛切に伝わってきました。内陸は穏やかな風景なのに、海に近づくと突然空気が変わるんです。実際に行かないとわからなかったことですね。

――そこで生きている人たちの心については、どう感じましたか。

今日:機能として街は少しずつ復活しているけれど、人の心は追いついていないように感じました。街と人の雰囲気から受けた漠然とした印象ではありますが……。語り部として活動されている方にお話を聞いたりもしたのですが、どこか“外向きの語り”であるように感じたんです。その方の心の奥底までは語っていないような。でもそれは、そうですよね。当事者の方があの震災について、心の裡の裡まで全て他人に伝えるなんて、とても難しいことのはず。ならば「取材者」という立場の自分が、当事者には語りえない部分を描けないだろうか、と思うようになりました。

【震災の時期に生まれた子猫が大人になり、年をとっていくまで】

今日:2025年初頭に担当編集さんと次回作について打ち合せをしたとき、「もうすぐ震災の発生から15年目ですね」という話になって。猫の寿命もそのくらいだな、とふと気づいたんです。そこで、震災の時期に生まれた子猫が、大人になり、年をとっていくまでの物語にできないか……と閃きました。

――猫の一生を通して震災を見るという枠組みが、そこでできたのですね。

今日:実はちょうどその頃、私の飼っていた猫が14歳で亡くなったんです。だけどなんだか死んでしまった感じがしなくて。幽霊になってそばにいてくれているんじゃないかという感覚が、今でもあるんですよね。その感触が「元気なまま幽霊でいる子ども」という発想へつながりました。

――主人公は子猫の“きなこ”と、震災で津波飲み込まれて幽霊になってしまった少女の“ここな”です。ここなは天真らんまんで、自分が死んだことにすら気づいていません。

©今日マチ子/講談社
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今日:石巻にある大川小学校(現:石巻市震災遺構大川小学校)も訪ねました。津波でたくさんの子どもたちが亡くなった場所ですね。子どもの話を描くうえで、実際に震災でお子さんを亡くされた親御さんも読むことができる話にしなければと思って。だからここなは、読む人が明るさを感じられるような元気な子にしたんです。

――対照的に、ここなの友だちできなこの飼い主である“さき”はしっかり者ですね。

今日:さきちゃんは、きなこを自分の“妹”として迎えた気持ちでいるので、お姉さん思考が強いんです。その分、きなこを家の中に置いてきてしまった自分を責めている。

――避難所で、さきがお味噌汁を運ぼうとして転んでしまい、涙ぐむ場面は読んでいて胸が痛くなりました。

©今日マチ子/講談社
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今日:理想像を強く持っている子なんですよね。だから何かと自分のせいにしてしまう。実際、こういう子は多いのではと思います。いろんな局面で「いい子でいなくちゃ」と考えがちになってしまうというか。さきのように葛藤する子が読者の心に寄り添い、ここなのように元気な子が物語を動かす。そのバランスを意識しています。

【タイトルの「るすばん」に込めた思いは――また会える】

――連載を開始して読者の反応はいかがですか。

©今日マチ子/講談社
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今日:第1話の震災描写に対して、怖いという感想を想像以上に多くいただきました。私はどこかで、震災からだいぶ時間が経ったのだから、そこまでの反応があるとは想像できていなかったんです。あくまで絵なのだということで済ませられるものではないのだなと、改めて感じました。本当にたくさんの人たちが「あのとき自分に何かできたのでは……」といった葛藤や心残りを今も抱えている。そういった自責のループを断ち切ることができないかと考えるようになって、3話目からはレジリエンス(回復)のほうへ軸足を移したんです。

――回復の物語を描くうえで、どんな点を大切にされていますか。

今日:震災に真剣に向きあいつつ、全てを暗黒にはしないということです。被災地の15年間には、悲しみだけが充ちているわけではなかったと思います。きっと笑いあうことも、冗談を言いあうこともあったはず。だから「怖い」「悲しい」という感情だけにはならない温度にしたいと考えています。震災を知らない世代、それこそここなやさきと同年代の小学生の子たちにも読んでもらえると嬉しいです。

――タイトルに「るすばん」を入れた理由は?

今日:「留守番」は「戻ってくる」という約束の意味合いを含んでいる言葉ですよね。「もう帰ってこない」「これっきりさようなら」ではなくて、「また会える」という思いを感じさせると思うんです。るすばんをしている猫のきなこが、さきにまた会えるように……そんな希望を込めています。

©今日マチ子/講談社
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――今日さんも猫を飼っていらっしゃいますが、ご自身にとって猫はどんな存在ですか。

今日:私、猫は「しあわせでなければならない生きもの」だと思っているんです。何もしていなくても、そこにいるだけで空気を変えてくれる。抱えている不安を減らしてくれる。どんな困難なときも、猫がいればなんとかなるとさえ私は信じているんです。本作、結末の大枠はもう決めています。これからも取材を重ねながら、15年前には描けなかったことと向き合って、最後まで描き切りたいです。

取材・文=皆川ちか

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