1. トップ
  2. ヤマザキマリさん「イタリア人は匿名のSNSが苦手」文句を言いたいなら対面が一番!

ヤマザキマリさん「イタリア人は匿名のSNSが苦手」文句を言いたいなら対面が一番!

  • 2026.3.14

ヤマザキマリさん「イタリア人は匿名のSNSが苦手」文句を言いたいなら対面が一番!

『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(主婦の友社刊)で、「表現」と「自由」の深い関係について語ったヤマザキマリさん。「SNS社会における表現の自由」とは? 新刊から一部抜粋してご紹介します。「1週間しゃべらない」実験をしたという聴講生の質問に、ヤマザキマリさんはどう答えたのでしょうか。

SNS社会における表現の自由

ヤマザキ では、テーマを絞らずに何か質問があるかたは?

山中(聴講生) SNSは匿名なので、自由に発言をしますよね。たとえば「死ね」とかも簡単に言えてしまう場所です。私はそれが納得いかなくて、それを表現しようと1週間しゃべらないというのをやりました。簡単にしゃべれない難しさを表現したくて。

ヤマザキ なるほど、しゃべらないという表現ね。

山中(聴講生) はい。そうしたら1週間終わったあとの解放感というか、自由がすごいと感じたんです。今、何か自由をはき違えているというか、悪い方向に行ってしまうと思っていて。ヤマザキさんはSNSの自由についてどう思いますか?

ヤマザキ あれは自由とは言えないでしょう。自由と思い込ませる息苦しさ、生き方への規制です。

私も昔は、SNSで思い立ったこと、社会に対して感じることを盛んにつぶやいていましたが、途中できっぱりやめました。

SNSはそれこそ自分が所持している絵の具の色を限定される場所です。まるで自分たちが生きているのはあの世界だけ、と言わんばかりの狭窄性(きょうさくせい)しか育んでくれない。

そして気がついたらみんなあの狭いどうでもいい異次元の空間に封じ込まれて、そこが世界のすべてだと思い込んでしまうようになる。人からの反応がなければ自分のアイデンティティが見えなくなる。

これは無理だと、自分には窮屈すぎる世界だと感じて、今も自分の意見を発言する場所として戻るつもりはありません。

ただ、あれも、人間の脳が生んだ産物です。ああいうものも人間という生態が生み出した現象の一つなわけです。

たとえば2000年後に「2000年前の社会にはSNSというコミュニケーションツールがあったらしい」という話になるかもしれません。

イタリア人は匿名のSNSが苦手な人が多いですね

中世時代、キリスト教が広い世界を牛耳っていた時代を顧みるのと同じことですね。魔女狩りなど異端は処刑されていた事実を怖いと思いつつも、人間の築いた一時代の出来事と捉えたら、俯瞰で見られるんじゃありませんか。

だから、SNSも要するに、一つの現象として俯瞰で観察していればいいのだと思います。

自分はあの中に入って生きていくつもりはないけれど、あれを生きがいとして生きている人たちもいるんだなあ、でいいと思います。

どうしても何か発言したいのなら、日記でいいんじゃないですかね。ため込んだ愚痴や怒りや不満はメンタルに影響を及ぼす発がん物質だと私は思っていまして、なので、ためておくのは良くない。そんなとき必要なのはあなたの愚痴を聞いてくれる忍耐強い仲間の存在か、日記です。それでかなり解決します。

イタリア人は匿名のSNSが苦手な人が多いですね。自分の顔と名前をはっきりと示して意見をしたい。どんなときもそうです、不平不満があって文句を言いたいなら対面が一番。

でも日本人は本音と建前の国民性。お酒を飲まないと、人に思っていることをはっきり言えない、そんな人たちには匿名性のSNSが重宝するでしょう。

あなたはそんなSNSをプロテストするためにコミュニケーションを絶ったわけですよね。ただ、それでSNSの性質が変わるわけではないから、あとはあなたがどうしたいか決めるしかないですよね。

どちらにせよ、何もしゃべらないという経験もしておいて損はなさそうです。

(注)
魔女狩り 15世紀から18世紀にかけてヨーロッパを中心に行われた異端排除のための宗教裁判。魔女とされた人は大半が女性だが、男性も一部含んでいる。

※この記事は『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』ヤマザキマリ著(主婦の友社刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

元記事で読む
の記事をもっとみる