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「相続が終わったら、誰も来なくなった」仏壇を守る「私」が感じた『お金で切れる縁』と『切れない想い』

  • 2026.3.15

筆者の友人Aの話です。
義父の相続手続きが終わり、ようやく落ち着いたと思っていました。
しかしその頃から、義実家に来ていた人たちがぱたりと来なくなってしまったそうです。

画像: 「相続が終わったら、誰も来なくなった」仏壇を守る「私」が感じた『お金で切れる縁』と『切れない想い』

相続のあと

「やっと一段落ね」
義父が亡くなってから続いていた相続の手続きが終わり、Aはようやく肩の力を抜きました。

Aは玄関別の二世帯住宅で義母と暮らしています。
義父が亡くなったあと、財産の分け方について何度も話し合いを重ねました。

夫の弟や妹にもきちんと分配され、書類の手続きはすべて完了。
特に揉めることもなく、話は落ち着いた形でまとまりました。
家の中にも、少しずつ静かな日常が戻ってきました。

消えた訪問

ところが、それから様子が変わります。
それまで時々顔を出していた夫の弟妹が、急に来なくなりました。
以前は、用事があるたびに立ち寄り、仏壇に手を合わせたり、義母と少し話して帰ったりしていたのです。

最初は、みんな忙しいだけだろうと思っていました。
しかし、いくら月日が経っても、玄関のチャイムが鳴ることはありません。
仏壇の花を替え、線香をあげるのも、自然とAの役目になっていきました。
義母は隣で静かに手を合わせ、Aが花を替える日が続きます。
いつの間にか、静かな家の中で、仏壇の前に立つのはAばかりになっていました。

月命日

ある日、Aはカレンダーを見て気づきました。
「今日は月命日だね」
帰宅した夫にそう声をかけると、夫は少し考えてから
「そう言えばそうだったね」
と思い出したように答えました。

Aは仏壇の前に座り、静かに手を合わせます。
線香の煙がゆっくりと上がるのを見ながら、ふと思いました。
義父の命日を覚えているのは、今では自分だけかもしれない。

相続の話が続いていた頃は、何度も人が集まっていた家です。
書類の確認をしながら、義父の思い出を口にする時間もありました。
それなのに、話が終わった途端、誰も訪ねてこなくなったのです。

残るもの

それぞれの家庭には事情があります。
仕事や子育てで忙しいのかもしれません。
あるいは、相続という大きな節目を終えて、それぞれが自分の日常を必死に生きている証拠なのかもしれません。

義母は何も言いません。
ただ、仏壇の前で静かに笑っています。
でも、Aの胸の奥には、小さなざわつきが残っていました。

お金で区切りがつくものと、つかないものがあるのかもしれません。
「お義父さん、今日もお花を替えましたよ」
Aは今日も、義父の写真の前で手を合わせます。
それぞれの心の中にも、きっと義父を思う気持ちがあると信じながら。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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