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「今は文化革命の時期」イ・ビョンホンが憂う劇場の危機と、それでも信じる映画の力

  • 2026.3.8
イ・ビョンホン クランクイン! 上野留加 width=
イ・ビョンホン クランクイン! 上野留加

映画『MASTER/マスター』以来9年ぶりの来日を果たした韓国映画界の至宝イ・ビョンホンが、巨匠パク・チャヌクと25年の時を経て放つ『しあわせな選択』が公開を迎える。本作は、再就職のためにライバルとなる3人の候補者を排除しようと企む男・マンスの狂気を描いたサスペンスだ。ブラックユーモアと深遠な寓意が交錯するこの野心作で、ビョンホンはいかにして常軌を逸した精神と向き合い、その魂を削り出したのか――。また昨今の映画を取り巻く環境のなか、自身が感じている思いを語った。(※インタビューの中で、本編の内容に触れています。ご了承の上、お読みください。)

【写真】ダンディな魅力あふれるイ・ビョンホン 撮り下ろしカット(7点)

■25年の渇望と、理性を超えた狂気への没入

名優イ・ビョンホンをして「一筋縄ではいかない」と言わしめた難役。しかし、その困難への入り口は、長きにわたり待ち望んだ映画作家との再会という歓喜から始まった。四半世紀という時間は、二人の才能が再び交錯するための助走期間だったのかもしれない。

「パク・チャヌク監督と25年ぶりにご一緒できること、映画を共に作れることが何より嬉しかったですね。いつも作品を共にしたいという思いはありましたが、互いの日程が合わず諦めることもありましたから、今回ようやく念願が叶ったことには大きな喜びを感じました」。

再会の喜びも束の間、彼を待ち受けていたのは、既存のジャンル分けを拒絶するかのような多面的な脚本と、常識の範疇を超えた主人公・マンスという存在だった。演じる喜びと、果たしてこの複雑な感情を体現できるのかという緊張感。相反する思いが、俳優としての本能を刺激する。

「マンスというキャラクターは、一言でジャンルを定義できないこの映画そのものを体現しています。人間が持つ様々な感情が複雑に絡み合っている。それを自分自身が演じきれるのかという緊張と同時に、未知の領域に挑戦できるというワクワク感も非常に大きかったです」。

人間の多面性を演じることは俳優の特権であり幸福だ。だが、マンスが下す決断――「ライバルがいなくなれば、仕事は手に入る」という行為は、あまりにも飛躍している。役との距離を縮めるための“説得”のプロセスは、想像を絶する苦闘となった。

「俳優として最も苦労したのは、自分自身がこのキャラクターに完全に説得されなければならなかった点です。新しい職場を得るためにライバルを消すことを決意する。果たしてそんな人間が世の中に何人いるでしょうか。理解し、納得するまでにかなりの時間を要しました。撮影中も監督と一番多く話し合ったのはまさにその部分です。誰しも切迫した状況で『ライバルさえいなければ』と想像することはあるでしょう。しかしマンスはそれを実行に移した。その極端な選択を理解し、自分のものにする過程は困難の連続でした」。

■殺めたのは「自分自身」――巨大な隠喩の中で

ライバルさえいなければという誰もが抱く仄暗い願望を、実行に移してしまった男。その極端な心理を咀嚼するためにビョンホンがたどり着いたのは、この物語をリアリズムの枠を超えた「巨大な寓話」として捉える視点だった。スクリーンに映る惨劇は、単なる他者の排除ではなく、マンス自身の精神の崩壊を意味していたのだ。

「演技自体はリアリティを追求しましたが、映画全体を俯瞰すると、これは一つの巨大な隠喩なのです。深く読み解けば、随所にそのメタファーが配置されていることに気づくでしょう。彼が排除していく3人の人物は、それぞれ異なる他人ですが、必ず自分自身と似た部分を持っています。つまり、一人ずつ消していく過程は、自分自身の魂を削り取っていくプロセスでもあるのです」。

一人、また一人とターゲットを消すごとに、マンスは自分自身のかけらを失っていく。それは目的達成の過程ではなく、人間としての死へ向かう道程。物理的な死以上に残酷な、道徳的価値と魂の喪失がそこには描かれている。

「3人を排除し、目的を果たした時、彼の中にある道徳的な価値観や魂といったものは、すでに死に絶えている状態と言えます。そういった大きな隠喩が、この物語の土台にはあるのです」。

この「隠喩」という構造を理解した時、役へのアプローチにおける迷いは消え、固執していたリアリティへの拘泥から解放された。観客を共感と嫌悪の間で揺さぶり続ける、計算され尽くした演技プランが完成した瞬間である。

「観客は彼に共感し、応援しながらも、ふとした瞬間に『なぜそんなことを』と客観的な視点に引き戻されるはずです。没入と拒絶を繰り返させるような意図が込められているように感じます。そう理解した時、役に対する私の保守的な姿勢も変化していきました」。

■映像革命の光と影、映画人としての矜持

世界的なパンデミックを経て、映像作品を取り巻く環境は激変した。配信サービスの台頭により、視聴形態は多様化し、国境の壁はかつてないほど低くなった。しかし、どんなに時代が変わろうとも、イ・ビョンホンという俳優が作品を選ぶ基準、その根幹にある哲学が揺らぐことはない。

「環境が変わったからといって、作品を選ぶ基準に変わりはありません。ただ、映画を観る方法や視点は劇的に変化しました。これは『文化革命』と言えるほどの転換期でしょう。ストリーミングを通じて、国や言語を超えてコンテンツが共有される日常が定着しました。普遍的な共感を得られる作品なら、世界中で愛される時代になったのです」。


ストリーミングの普及は、韓国コンテンツを瞬く間に世界レベルへと押し上げた。言語の壁を超え、普遍的な物語であれば世界中で愛される時代。しかしその光の裏側で、ビョンホンが愛し、育ってきた「劇場」という空間が直面している現実に、彼は複雑な眼差しを向ける。

「皮肉なことに、ストリーミングのおかげで韓国コンテンツは世界的な地位を築きましたが、一方で映画界、特に劇場はかつてない苦境に立たされています。最悪の時期と言っても過言ではないでしょう。映画人として、この現状には複雑な思いを抱かずにはいられません」。

世界的な成功と、映画館の危機。このアンビバレントな状況下にあっても、ビョンホンは映画の力を信じ続けている。最後に彼が日本のファンへ送った言葉には、自身のフィルモグラフィーの中でも格別な位置を占める本作への、並々ならぬ自信と愛情が滲んでいた。

「私のこれまでの作品の中でも、これほど強く観客と感性を共有したいと願った作品は指折り数えるほどです。それほど私にとって愛情深い作品になりました。皆さんもきっと楽しみながら、期待以上の何かを感じ取っていただけると確信しています。ぜひ多くの関心を持っていただきたいですね」。

インタビュー中、ビョンホンは一語一語を噛み締めるように語った。その姿は、役柄の狂気とは対照的に、映画という芸術への深い愛情と敬意に満ちていた。パンデミックを経てなお輝きを増すビョンホンの演技は“劇場”という空間でじっくりと鑑賞したい。(取材・文:磯部正和 写真:上野留加)

映画『しあわせな選択』は、全国公開中。

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