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義母「出産祝いは100円ね♡」長男嫁には100万で次男嫁の私にはワンコイン。覚悟しな♪義父を味方につけ逆襲開始

  • 2026.4.18

義実家との関係の中で、長男の嫁ばかりがひいきされ、ことあるごとに比べられてしまう――。そんな状況に、複雑な思いを抱えている人もいるのではないでしょうか。
とくに、本来なら喜びに包まれるはずの出来事の場面でさえ、あからさまな差を感じてしまったとしたら、その気持ちはより深く心に残るものです。
今回は、長男の嫁をひいきし、ことあるごとに比べられる中で、まさか出産という大切な場面でも差を感じてしまった2つのエピソードをご紹介します。

義母からの出産祝いが100円!?長男嫁には百円!?義父を味方に反撃

私は30代の専業主婦。夫と3歳の娘、そして現在お腹には2人目の子どもがいて、家族4人になる日を心待ちにしながら暮らしています。

近くに住む義両親は、義兄一家と同居中です。義父は裕福で穏やかな人。親戚付き合いも広く、周囲からの信頼も厚い人物でした。

結婚してから夫に聞いたのですが、義母は昔から自分にそっくりな義兄ばかりを溺愛してきたそうです。義母と義兄に見下され続けてきた夫は、義父がいるとき以外、義実家にほとんど近づきませんでした。

家庭内のことはすべて義母に任せきりだった義父は、その歪んだ関係に長年気づかずにいたのです。

義兄ばかりをかわいがる義母

そんなある日、義実家で食事会がありました。そこには義兄夫婦と生まれたばかりの赤ちゃんもいて、義母は終始ご機嫌。帰り際、義母はにっこり笑って義姉に封筒を差し出しました。

「出産おめでとう!」

「ありがとうございます」

中身は、なんと100万円!

お祝いは金額じゃないと分かっていても、あまりの額に、私は思わず言葉を失いました。一方で、妊娠中の私には、義母から特別な言葉も何もありませんでした。

義父が不在中、態度を急変させた義母

その少し後、義父が海外の用事でしばらく家を空けることになりました。

妊娠後期に入っていた私は体調も不安定で、慌ただしい日々の中、無事に第2子を出産。気づけば退院から1カ月ほど経っていました。

そんなある日、「出産祝いを渡したいの!」と義母から電話が。義父がいないことに不安はありましたが、夫と一緒ならと義実家へ向かうことに。リビングに通され、義母が奥から戻ってきて、テーブルに置いたのは――100円玉でした。

「はい、これ」

満面の笑みの義母を見た瞬間、私は言葉を失いました。
義兄も一緒になって私たちを嘲笑し、夫の手がわずかに震えているのが分かりました。

夫は「……もう十分だろ。帰ろう」と低い声で言いました。

決定的な証拠

私たちは限界を感じ、すぐに義父へ連絡しました。事情を聞いた義父は帰国後、私たちと一緒に義実家へ向かうことに。義父の姿を見た途端、義母の顔色は明らかに変わりました。

私たちが、出産祝いとして100円玉を渡されたことを伝えると、義母は慌てて言い訳を始めました。

「ち、違うのよ! あれは冗談だったの! そのあとで、ちゃんとしたご祝儀を渡そうと思ってたのよ!」

義父は静かに首を横に振りました。

「先日のやり取り、すべて録音を聞いた」

それは、当事者である夫が、念のために残していた音声でした。

「家族を傷つける人と、同じ家で暮らすことはできない」

その場で義父は、義母と義兄に「これからは自分たちの力で生きていきなさい」と告げました。義母と義兄は慌てて謝罪してきましたが、義父の意思は揺らぎませんでした。

その後

のちに義両親は正式に離婚。義母と義兄一家は家を出ることになり、義父からの援助も一切なくなりました。それまで義父の収入に頼り切って悠々自適な生活していた義母と義兄は、突然すべてを自分たちでやらなければならなくなりました。

広い家を出て、身の丈に合った賃貸へ引っ越し。これまで当たり前だと思っていた援助が一切なくなり、生活は一変。義兄は余裕のない生活の中で、これまで当たり前だと思っていた環境がどれほど恵まれていたのかを、ようやく実感したようです。「こんなはずじゃなかった」と何度もそう口にしていたと、後から義父に聞きました。

義父は私たちに「今まで気づけなくて、本当にすまなかった。これからは君たちを守る」と言ってくれました。

◇ ◇ ◇

義母や義兄夫婦に傷つけられたことは今でも思い出すと胸が痛みます。それでも、夫が私の隣に立ってくれたこと、そして義父が最後に現実と向き合ってくれたことが、私にとって大きな支えになりました。これからは、義父、そして夫と一緒に、子どもたちの成長を穏やかに見守っていこうと思います。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

1つ目のエピソードでは、自分に似ている長男を溺愛する義母が、その嫁にだけあからさまな好意を向けている様子が描かれていました。その差は出産祝いの金額にまで表れ、長男の嫁には100万円、主人公には100円玉――という信じがたい扱いの違いによって、義母の本音がはっきりと浮かび上がっていくのでした。

次のエピソードでも、長男の嫁ばかりを優先する義母の姿勢は変わりません。本来なら平等に祝福されるはずの出産という場面でさえ、あからさまな差をつけられてしまい……。

義母から出産祝い、封筒の中身は新聞紙→「何も知らないんですね」真実を告げたら…?

近所でひとり暮らしをする義母は嫁いびりがひどく、特に次男の嫁である私を目の敵にしてきます。同じく近所に住む、優秀な義姉(義兄のお嫁さん)と私を比較しては、嫌みばかり言ってくるのです。それでも私は、義姉と同様に毎月の仕送りや、家事の手伝いなど、可能な範囲で協力は続けていました。

おとなしく、穏やかな義姉とは対照的に、私は自分の意見ははっきり主張するタイプ。そんな性格もあって、義母は余計に私のことが気に入らないようで……。

1年ほど前、義姉が男の子の双子を出産しました。私も現在、おなかに子どもがいます。夫と相談した上で、体調管理のため早めに仕事を辞めて出産に備えているのですが、義母は出産ぎりぎりまでフルタイムで働いていた義姉と私を比べ、「ラクばかりしている」と、ぐちぐち文句を言ってきます。

一度、体調不良で寝込んでいた私に、義母が友人との食事会への送迎を命じてきたことがありました。私は運転できる状態ではなかったので、お断りしたのですが、義母はそれを口答えと思ったようで、「あなたは今、無職なのよ? 息子に寄生して、養わせておいて、その息子の母親である私に逆らうなんてどういうつもり?」と憤慨。

私は思わず、「ずっとこのまま無職でいるつもりはありません。それに養ってもらいたくて結婚したつもりもありません」と言い返してしまいました。すると、文字に起こすのをためらうほどの暴言を吐かれ……。

結局、義母は双子育児で忙しい義姉に送迎させたようで、私は後になってそれを知り、義姉に申し訳ないことをしてしまったと後悔しました。

ヒートアップする嫁いびり

義母は最近、私の妊娠についてあることないことを、ご近所さんや親族たちに言いふらしているようなのです。「おなかの子は、次男の子じゃない」「服装も派手だし、不倫しているに違いない」「出産に備えて仕事を辞めたと言ってるけど、実際はラクしたいだけ」「寄生されてる次男がかわいそう」などなど。

これには夫も怒っていて、義母に注意したり、説明してくれたりもしましたが、何の意味もありませんでした。夫は「母さんのことは無視していい。かかわらなくていい」と言ってくれますが、そうもいかず……。

私が義母の要求を無視して、断りすぎると、そのしわ寄せが義姉にいってしまうので、私は文句を言われながら、いびられながらもできる限り、言うことを聞いてきました。

控えめでやさしい性格で、いつも義母の言うことを聞き入れてしまう義姉。一方の私は理不尽な要求にはきっぱり断ります。そのため「少しは長男の嫁(義姉)を見習え!」と、いつも私にキレてくる義母。さらには、ことあるごとに反論しない義姉を「最高の嫁」と評価し、私を「クソ嫁」といびります。

そんな日々を過ごして半年、私は女の子を出産しました。義母からは産後すぐにお祝いが届き、驚きましたが、孫の誕生は喜んでくれているのだと、ひと安心。しかし、お祝いの封筒を開けてみてあ然。中身は、お札の形に切った新聞紙でした。

あまりにひどい嫌がらせにあきれていると、義母から「アンタが産んだ子なんて孫と認めない! 贈ったのと同じゴミってことよ!」とメッセージが届き、暴言はさらに続き……。

「女孫なんて無価値!」
「長男の嫁を見習え! 跡取りを2人も産んだのよ?」

義母は希望どおり男の子を産み、出産ぎりぎりまで働き、産後も短期間で育休を切り上げて家計を支えるために仕事を再開した義姉は、最高の嫁だと言います。しかし私は、数日前に会った義姉の様子を思い出していました。

「何も知らないんですね」
私は義母の無知を、心から哀れみました。

義姉が義母に従順だったのは…

「え? 何よ?」
私の返答に一瞬ひるんだ義母。私は間髪入れず、事実を話しました。実は、義母が喜んでいる「跡取り」には、もう会えないかもしれません。義兄夫婦はすでに離婚が成立しており、義姉は数日前に出産祝いでわが家を訪れたあと、子どもたちを連れてそのまま遠方の実家へ帰りました。

そう伝えると、「そんな話は聞いていない! 長男の嫁を悪く言って、おとしめたいのか!」と義母は激怒。しかし、これは紛れもない事実です。義姉は、義母からの仕送り催促や義兄の浪費による金銭トラブルに疲れたそうです。以前から弁護士を通した話し合いを進めており、条件のすり合わせなどが済み、離婚が成立し、すぐに義姉は家を出ていったのでした。

「あり得ない! 同居してくれるって約束だった! 跡取りを失ったら大変だ!」と義母は言いますが、義姉は、私のように言い返すと面倒だから逆らわないようにしていただけ。気に食わないと周囲に悪評を流されるなどしてしまうため、対照的な私の姿を見て、義姉はひたすら耐えることで、トラブルを避けようとしていたのでした。

それに、義母は「跡取り」と言い、男の子の孫にこだわっていますが、義実家は家業をしているわけでも、継ぐほどの財産があるわけでもないので、なぜそこまでこだわるのか私には理解できませんでした。

その後、義母は義兄に連絡を取り、離婚のことを尋ねたようですが、詳しくは話してくれなかったそうです。きっと自分の浪費が原因で離婚したことを内緒にしたかったのでしょう。そのため義母の怒りの矛先は私へ集中。「家族の輪を乱した、最低な嫁! 一族から追放してやる!」とまで言われました。

それからほどなくして、義兄から義母への仕送りがストップしてしまったそう。今まで家計を支えていた義姉がいなくなり、義兄には借金があり、養育費の支払いもあるのですから、余裕がなくて当然……。

お互いに支え合ってきた私と義姉

すると今度は、「あの裏切り者(義姉)の連絡先を教えてちょうだい! 私があなたの分まで仕返ししてあげるわよ!」と私に連絡してきた義母。なぜ私が義姉に仕返しを……? 私のことをバカにしていたのは、義母だけです。仕返しの必要なんてありません。むしろ義姉とはずっと親しくしており、いろいろと悩みを相談し合ってきた仲。もちろん、相談していたのは義母のことです。

私が今まで義母と縁を切らずにいたのは、義姉のためでした。義姉にだけ負担がかかってしまわないよう、配慮していたのです。しかし、義姉がいなくなった今、義母と付き合う必要はなくなりました。縁を切ること、もちろん仕送りなんてもう二度としないことを告げ、電話を切りました。

義母は、仕送りがないと生活できないと泣きついてきましたが、こうなったのも、全部義母のしてきたことが原因。私はもう、手を差し伸べるつもりはありません。次男である夫も私の意見に同意してくれています。

その後、「今まで母さんのせいで苦労をかけて本当に悪かった。母さんに知らせず引っ越そう」と夫が提案してくれて、わが家は義母に内緒で引っ越しをしました。初めての子育ては大変ですが、もう余計なことをする人がいないので、今は家族3人、のびのびと生活できて幸せです。義姉とは今でも連絡を取り合っていて、お互いに子育ての悩みを相談し合っています。

◇ ◇ ◇

義母が最高の嫁と評価していた義姉が、陰で義母と縁を切る準備をしていたとは皮肉な結末でしたね。それぞれの方法で義母の理不尽な仕打ちに立ち向かった2人のお嫁さん。毅然とした態度で立ち向かう勇気、波風を立てず去る準備を進めた思考力、2人には見習うべき点がたくさんありました。わが子や家族を守るため、迷わず決断を下せる強さを持っていたいですね。

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

いかがでしたか?

今回の2つのエピソードに共通していたのは、長男の嫁ばかりを優先し、あからさまに差をつける義母の姿でした。言葉だけでなく、行動やお祝いの形にまでその差が表れていたことが、義母の本音をより強く感じさせたのではないでしょうか。 立場の違いひとつで、ここまで露骨に扱いが変わってしまう現実が印象に残るエピソードでした。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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