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「サラ・モリス 取引権限」独占インタビュー。芸術家を目指した原点は大阪の“あの文房具”だった?【大阪中之島美術館】

  • 2026.3.7
撮影=岡本佳樹

2026年4月5日(日)まで、大阪中之島美術館で開催されている「サラ・モリス 取引権限」。都市の風景に潜む政治や社会の構造を色鮮やかな抽象画で捉え、世界でも高い評価を得る現代アーティスト、サラ・モリスさんの絵画作品41点、映像作品17点を含む100点近くの作品を展示する日本初の大規模個展です。

大阪中之島美術館は、彼女の作品を日本で初めてコレクションに加え、大型絵画も保有しています。また、サラ・モリスさんは2019年に開催された大阪中之島美術館オープン前のプレイベントで、大阪の街を舞台にした彼女の映像作品《サクラ》(大阪中之島美術館蔵)を発表。以前より大阪との縁があるアーティストです。

今回は美術館内で展示の設営真っ只中のモリスさんにインタビュー。本展のために制作された幅18.85mの大型作品のほか、大阪にゆかりのある作品も多数披露されます。

ポップで色鮮やかな作品のなかに、彼女はどのような哲学を込めているのでしょうか。

今回は、自身の原点ともいえる幼少期の日本との不思議な縁から、30年以上のキャリアを経てなお進化を続ける現在のクリエイションまで、じっくりとお話を伺いました。いまなお精力的に制作を続ける彼女の「思考のプロセス」をお届けします。

《写真》《黒松[住吉]》(2023年、Kevin P. Mahaney Center for the Arts Foundation)、手前は出品作家のサラ・モリス。

背景は大型の新作壁画《スノーデン》(部分、2026年、大阪中之島美術館にて制作) 撮影=岡本佳樹

Sarah Morris
サラ・モリス〇1967年生まれ、英国出身。現在はニューヨークを拠点に活動。図式的なグリッドを用いた幾何学的な抽象絵画で知られ、国際的に高い評価を受ける。1990年代以降、絵画や映像、サイト・スペシフィックな壁画、ドローイング、彫刻など多くの作品を制作してきた。その作品には、ネットワークや類型学、建築、都市への関心が反映されている。

私たちは社会に対して批判的な視点をどう持つことができるのか

─「取引権限(Transactional Authority)」というミステリアスな言葉をタイトルに選んだ意図を教えてください。

本展のためにモリスさんが展示室内で制作した壁画《スノーデン》(2026年)の制作風景。横幅18.85m、高さ5.9mというサイズに圧倒される。 撮影=岡本佳樹

私の作品の主題は、単に都市や大都市についてではなく、「私たちが今この瞬間、どのように空間を移動しているか」ということにあります。私たちの認識や知覚はどのように機能しているのか。私たちが目の前の環境をどう解釈して、どのように加担しているのか。あるいは批判的な視点を持っているのか、という問いです。

私たちは全員、ある程度同じ現実を共有しているものの、細かい部分では大きく異なっています。空間において消費者であると同時に支配もされているという現実に、私は哲学的な興味を抱いています。

その文脈で今回提示した「Transactional Authority(取引権限)」というタイトルは、アーティストや芸術作品、あるいは私たちが日々関わり、時に葛藤する巨大な存在(企業や政府など)を指しています。

たとえば、私は18歳のころからAppleのコンピュータを使っています。Appleは大好きですが、彼らがいま行っているすべてのことを肯定しているわけではありません。こうした環境との間にある複雑さや矛盾こそが、私の作品の主題です。

「Transactional Authority(取引権限)」の「取引(Transaction)」とは、単なる金銭的な意味だけでなく、私たちの間で絶えず交わされているある種の「権力」や「契約」のようなものを意味しています。

アートも同様です。皆がアート市場やアーティストの存在を意識しているからこそ、作品そのものが一種の「権威」を持ちます。今回のタイトルには、そんな皮肉な面白さも込めました。

世の中にはアートをただの「通貨」のように扱う人々もいます。もちろんその側面は否定しませんが、アートは単なる通貨以上の存在であるべきです。

私が常に考えているのは、批判対象に対していかに自分自身が共犯関係にあるか。これは、矛盾する2つの命令を同時に受ける「ダブルバインド(二重拘束)」のような状況です。この取引と権威にまつわる難問の本質こそが、私の描きたい「取引権限」なのです。

今回美術館で制作された《スノーデン》についてはいかがですか。

《スノーデン》(2026年、大阪中之島美術館にて制作) ©Sarah Morris

私は常に観る者を捕らえてどこかへ運んでくれるような、そして複数の解釈を許容するような表現を求めています。同時に「この構造は自分という存在よりも遥かに巨大だ」と感じさせること。それが私の仕事において重要だと思っています。

《スノーデン》の着想源は、大阪のサントリー山崎蒸溜所で映像作品《サクラ》の撮影をしていた際、ふと目に留まった竹林の中に見えた無数の線や光の動きです。そこで再び空間をどう知覚するかという問いに立ち返ったのです。

日本の庭園がどのように設えられているか、階段や道の在り方にも強く惹かれ、有機的な形態でありながら、人工的でもある——「残像」のようなイメージを作りたいと考えました。

実はタイトルの《スノーデン》は、友人の孫である小さな男の子との出会いから生まれました。ちょうど作品の構想を練っていた時期、彼が吹雪の森を進むキャラクターの絵を描いていたのですが、そのグラフィカルな森のイメージが私が描こうとしていたものと驚くほど似ていたのです。

彼がその絵につけていたタイトルが、雪で閉じ込められる状態を指す「スノード・イン(Snowed in)」という言葉遊びでした。私はその言葉に「イメージの中に閉じ込められる(Locked into an image)」という強いインスピレーションを感じました。

《スノーデン》というタイトルは、特定の人物からの着想ではありませんが、社会を監視する存在としての「スノーデン(Snowden)[*1]」と、雪に閉ざされる「スノー・ド・イン」。この二つが重なり合う不思議な符号に惹かれ、私はその小さな男の子からこのタイトルを譲り受けることにしました。

[*1]米政府の極秘監視プログラムを暴露した元NSA職員、エドワード・スノーデン。その名は国家権力による情報のコントロールや監視社会への警鐘の象徴として認識されている。

ただ実を言うと、私が作品について語ることはあまり重要ではありません。私の解釈が、必ずしも他人の解釈と同じである必要はないからです。一つの絵画に対して人々がそれぞれ異なる解釈を抱くことこそがアートを鑑賞するということだからです。

絵画が面白いのは、人々の心の中に「残像」を作り出せることです。絵画を一つの「言語」として構築することで、鑑賞者が美術館を出たあとも日常のあらゆる場所にその断片を見出せるように、と願っています。

モリスさんにとってのアーティスト活動とはどういったことを意味しますか?

右側のオレンジ色の作品は、大阪にある住吉大社の黒松をモチーフにしたもの。《黒松[住吉]》(部分、2023年、Kevin P. Mahaney Center for the Arts Foundation) 撮影=岡本佳樹

自分のものではない都市に没入し、その中心と周辺を行き来しながらナビゲートする感覚、それこそがアーティストの活動そのものだと思っています。

いま私は展示室で100点近くの作品を展示するために設営作業をしていて、作品の「守護者」のような役割をしています。でも、普段の私はスタジオにいて展示を計画し、作品を作り、タイトルを考え、ニュースを読んでいます。

いわゆる世の中の「リーダー(Leader)」と呼ばれる人々が自分たちをどう位置づけているか、あるいは美術館が自らをどう位置づけているかを観察しているのです。

アーティストが展示作業をしていない時に行っているのは、こうした政治や経済を含む多岐にわたる領域への洞察なのです。アートとは、単に社会の片隅にあるものだけを扱うものではありません。社会のど真ん中で起きていることに対しても領域を横断して切り込んでいく、この中心と周辺のピンポンのような往復運動こそが、私の表現の本質なのです。

こうしている間も私の作品は世界中を旅し、流通していきます。先ほども話したように、アート作品にはある意味で「通貨」のような一面があります。アーティストなら誰もが、自分の作品がある種の「権威」を持つことを願うと同時に、既存の「権威」に対して疑問を投げかけるものになることを願うものなのです。

秩序の中に感じる「美」と感情を動かすための色彩

モリスさんの作品は、鮮やかな色彩が印象的です。そのアイデアの源は、どのような時に湧いてくるのでしょうか?

《スノーデン》(部分、2026年、大阪中之島美術館にて制作) 撮影=岡本佳樹

アイデアが生まれるプロセスを説明するのは難しいですが、デイヴィッド・リンチも話しているように、それはある時「捕まえる」ものだと感じています。なぜその考えが頭に浮かんだのかを説明するのは非常に困難です。

ただ、私にとって、秩序や幾何学は非常に強い共鳴をもたらすのは確かです。社会的に構築されたものであると同時に、自然の中にも存在するものだと考えています。

「秩序」というものは、意識が生まれる以前から存在しているのではないでしょうか。物事には秩序があり、その秩序の中にはある種の「美」の形が宿っています。

《薔薇 [折り紙](宮島登の折り紙《薔薇》に基づく)》(2014年、個人蔵) 撮影=岡本佳樹

おそらく私は、潜在意識的なレベルで秩序というものに惹かれているのでしょう。人間が作り出したものでも、それは自然界に見られる秩序を人工物に投影しているだけに過ぎないと思っているので。

私は都市を一つの「有機的な形態」だと考えています。大阪は単独で存在するのではなく、北京、香港、ロサンゼルス、ニューヨークといった世界中のネットワークの一部として繋がっています。こうしたネットワークやシステムの存在が、作品のイメージを創造するインスピレーションになります。

また「色彩」は私にとって非常にエモーショナルなものです。空間を移動したり物事を考えたりする際に生じる「共感覚」のようなものが、私に喜びを与えてくれます。

私の絵画は、その経験を再現しようとする試みなのです。ただ歩くだけでなく、どこかを横断し、旅をしている時に得られるあの感覚をキャンバスに再現したい。色彩についても、常にそのように考えてきました。

1990年代半ばから制作された「テキスト絵画」シリーズのひとつ《Nothing》(1995年、Private Collection, London)。これらをイギリスで発表したことから、モリスの作家としてのキャリアが本格的に始まった。<br> 撮影=岡本佳樹

同時に、色は場所、企業、パッケージ、そしてデザインを通じた感情的な誘導と結びついています。特に物事がどのようにデザインされているかを観察するのは非常に面白い。

たとえば、デザインを「色彩を含めた、意図的な選択の積み重ね」として捉えてみてください。デザイン上の色彩は人々の感情をある方向へと誘導する役割を果たし、何かに対する感じ方を変えてしまう力を持っています。

だからこそ、私は映画や絵画を制作する際、見る人を魅了し、ある種の感情を呼び起こすために、意識的に色を戦略として用いています。私自身のデザインの歴史を紐解けばわかることですが、私にとって色彩は、特定の場所や感覚と運命共同体のように強く結びついているものです。

東京とは異なる歴史と活気に惹かれて

─以前、大阪のクレパス工場や文楽を舞台にした映像作品《サクラ》(2018年)を制作されました。その経験はモリスさんにとってどのような思い出ですか?

手前の「ミッドタウン」シリーズと、奥の「マイアミ」シリーズの展示作業風景。 撮影=岡本佳樹

大阪での映画撮影に関心を持ったのは、ここが首都ではないものの、かつては日本の中心を担う土地であり、いまもそれに近い独特のポジションにあると感じたからです。東京とは異なる豊かな歴史と活気があり、この場所を撮影することに大きな意味があると考えました。

撮影では、レンゾ・ピアノ設計の関西国際空港のほか、以前から注目していたユネスコ世界遺産である文楽劇場まで、さまざまな場所を巡りました。特に文楽の人形遣いたちには強く惹かれました。彼らは一生を通じて何度も同じキャラクターを演じ続けていて、人形とは切っても切り離せない密接な関係は大変興味深いです。

─今回の個展のために大阪をはじめ、日本に滞在していかがでしたか?

大阪や日本について考えるときも、実際に行く前からその場所に対して何らかの感情を抱いているものです。誰もが頻繁に旅をできるわけではありませんが、アーティストとして成功すれば、幸運にも多くの場所を訪れる機会に恵まれます。

しかし、たとえ現地に行かなくても、小説や映画、誰かの語る物語、あるいはテレビなどを通して、その場所の感覚を掴むことはできます。私の場合は、子どもの頃の経験が大きく関わっています。

モリスさんの映像作品制作時に録音した音声を元にした《社会は抽象的であり、文化は具体的である[サウンドグラフ]》(2018年、大阪中之島美術館)。 撮影=岡本佳樹

私の父は科学者で、内分泌学の研究者でした。彼の研究室には一人の日本人女性の科学者、Ritsuko Tsai(ツァイ・リツコ)がいたのですが、彼女は私が子どものころ、日本に帰るたびにサクラクレパスのクレパスセットをお土産に買ってきてくれました 。私にとってそれは宝物で、完璧な色彩の並びに日本のイメージを重ね合わせていました 。

後に大阪をリサーチした際、その会社が大阪にあることを知り、不思議な巡り合わせを感じました。子どもの頃に手にしたサクラクレパスの色が、巡り巡って私がアーティストとして活動する理由の一つになっているのです。いまでは日本は私にとって非常に心地よく、ホームのように感じられる場所になっています。

大阪以外だと、ちょうど昨日、京都の北野天満宮へ行ったのですが、そこで目にした「赤」の使い方や、立ち並ぶ摂社が気になっています。

大きな本殿があり、その周りに小さな摂社たちが、まるで対話しているかのように配置されている。一体、誰があのような構造にすると決めたのでしょうか? 本当に魅惑的で美しいと感じました。

神社は一つの大きな『システム』の一部でありながら、同時にそれぞれが強い『個性』を持っている。そこが非常に面白いのです。そして「赤」は、私の作品の中でも一貫して使い続けている大好きな色。

あの神社の赤と構造の在り方は、まさに私の「思考のプロセス」そのものと深く結びついていると感じています。

《黒松[住吉]》(部分、2023年、Kevin P. Mahaney Center for the Arts Foundation) 撮影=岡本佳樹

※いずれの作品もサラ・モリス作。©Sarah Morris

■サラ・モリス 取引権限
会場/大阪中之島美術館 5階展示室(大阪府大阪市北区中之島4-3-1)
会期/~2026年4月5日(日)
休館日/月曜日
開館時間/10時~17時(入館は閉館の30分前まで)
観覧料/一般1,800円、高校生・大学生1,200円、中学生以下無料

撮影=岡本佳樹 編集・文=井本 茜(婦人画報編集部)

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