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中川駿監督が語る半自伝映画『90メートル』に込めた母への想い、大森元貴の主題歌にも感謝

  • 2026.3.6

中川駿監督が3月5日、ユーロライブで行われた最新作『90メートル』(3月27日公開)のトークイベントに出席。上映後の会場からは熱い感想と質問が次々と飛び出し、中川監督がそれらに応えながら本作に込めた想いを明かした。

【写真を見る】観客からの質問にも応えた、『90メートル』トークイベントの様子

人生の岐路に立つ高校生の息子と、難病を抱えながら、我が子の希望ある明日を願うシングルマザーの揺るぎない愛をつづる本作。スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』(23)で主人公の声優の座を射止め、ドラマ「ちはやふるーめぐりー」など話題作への出演で注目を集める山時聡真が、母の美咲と2人で暮らす高校3年生の藤村佑を演じ、『ディア・ファミリー』(24)、『近畿地方のある場所について』(25)など母親役が続く菅野美穂が美咲役を担った。イベントのMCは、奥浜レイラが務めた。

エンドロールが終わると映画の感動を表すように拍手が上がり、その余韻が冷めやらぬなか、中川監督がステージに登壇。中川監督は「公開に向けて日々、緊張でドキドキしています。自信を持って公開の日を迎えられるよう、ぜひ皆さんのお声を聞かせていただけるとありがたいです」と呼びかけ、イベントがスタートした。

母親を看病した経験を持つ中川駿監督が、自身と自身の母を重ね合わせてキャラクターを作り上げた
母親を看病した経験を持つ中川駿監督が、自身と自身の母を重ね合わせてキャラクターを作り上げた

オリジナル企画として本作に臨んだ中川監督は、「この作品は、僕の母と僕自身がモデル。僕自身、数年前に母を亡くしているんですが、母を介護していた経験を反映してストーリーを作った」と半自伝的映画だと紹介。ヤングケアラーという社会問題を扱いつつ、「あくまで親の子離れの話であり、子の母離れの話にしたかった。皆さんが自分ごととして捉えながら、温かな愛の物語として楽しんでいただきたいと思っていました。そのなかでヤングケアラーやALSの実情を描くことで、エンタテインメントとして楽しみながら、社会問題など知るべきことも伝えていけるような作品にしたかった。エンタメと社会性のバランス感を気にしながらつくりました」と観客の心に届けるため、試行錯誤したと語る。

息子が母を介護する日々を送るなかでは、介護施設のケアマネジャーやヘルパーなど、彼らを支える存在もしっかりと描かれていく。

介護施設のケアマネージャーやヘルパーなど、支えてくれた人への感謝を吐露
介護施設のケアマネージャーやヘルパーなど、支えてくれた人への感謝を吐露

MCの奥浜が「頼っていいんだ、こういう人たちがいてくれるんだ、と一人ではないことを教えてくれる映画」と感想を吐露すると、中川監督は「母の介護にあたっている時に、訪問看護の看護師さんやケアマネジャーさんにかなりお世話になった。家族の介護をしているとやっぱり不安になるものなんですが、そういった時に彼らの存在がとても頼もしかった。感謝してもしきれないくらい、大きな温かいものをいただいた」と回想。「そういった仕事って、クローズドな環境で行われる。当事者にならない限り、彼らの仕事ぶりを見る機会って少ないと思うんです。本当にステキな仕事で、それによって僕らは救われているし、誇り高い仕事。本作を通じて、彼らの仕事を知ってほしいとも思った。そういった仕事に従事している方々が、改めて誇りを感じられるような作品にしたいという想いがあった」と実体験を通して得た感謝を、映画に込めたという。

なによりも大きな軸となっているのは、「母への感謝」だ。中川監督は「僕は、母から大きな愛をもらった。愛をいただいたことに対する感謝、尊敬の気持ちを伝えきれないまま、母は亡くなってしまった。その想いをこの作品を通じて、昇華したいなという気持ちがあった」と告白。

母への感謝、尊敬の念を込めたという
母への感謝、尊敬の念を込めたという

自分の心に正直に向き合って作ったからこそ、ヒントにした作品はないというが、「ヤングケアラーを描いた世界的に有名な映画だと、『コーダ あいのうた』という作品がある。あれは『90メートル』とは構図がまったく逆で。『コーダ あいのうた』は、『出ていきたい』というヤングケアラーの女の子と、それを引き留める家族という構図から始まる作品。僕も大好きな作品なんですが、個人として考えた時にしっくりこないところがあって。僕も母の介護をしていた身なので、手放しで『出ていきたい』とは思わないよなと。ヤングケアラーの子どもとしては、『自分がいなきゃ』と思うから家に留まろうとする。家族としては、そういった状況はよくないと思って、子どもの背中を押して出て行かせようとする。その構図のほうが、僕個人としてはしっくりくるので、真逆の構図としてトライしてみようと思いました」と語った。

山時が、東京の大学に進学したい気持ちと母のそばを離れるわけにはいかない状況下に置かれ、将来の選択を迫られる等身大の主人公を体現。日に日に身体の自由がきかなくなる難病を患いながら、我が子を何よりも思いやる母親を、菅野が熱演している。

菅野美穂の役作りに敬意を表した
菅野美穂の役作りに敬意を表した

「ヘルパーさん、ケアマネさんや、ALS協会の方にも監修いただいています。クランクイン前に、お芝居を確認してもらう場を設けてもらった」と菅野の芝居についても、監修を受けているという。中川監督は「芝居として演じるとなると、所作がとても難しい。でも初めて菅野さんの芝居を見させてもらった時に、すでに完成していた。監修の方も『なにも言うことはないです』というくらいでした。ご自身で深く研究されていて、資料を読み込み、どうしてそういった所作になるのかという原因まで理解したうえで、お芝居をされていた。だからリアルだったのかなと思います」と菅野の並々ならぬ役作りに敬意を表していた。

この日は上映後のイベントとあって、会場からの質問にも答えた中川監督。観客からはたくさんの手が上がり、実際に行政の介護サービスを受けた経験のある人や、ケアマネジャーとして働く人、教育について勉強をしている人など、映画を自分事として捉えながら感想や質問を投げかける人が続出した。

『90メートル』(3月27日公開)のトークイベントが行われた
『90メートル』(3月27日公開)のトークイベントが行われた

まず西野七瀬が演じるケアマネジャーの描き方について問われた中川監督は、「ケアマネジャーさんは、家族になりすぎてもダメじゃないですか。家族とは一線を画して、客観的に冷静に判断をしなければいけない。でも家族と同じくらいの思いやりを持たなければいけない。その塩梅が難しいし、だからこそそこに誇りを感じてお仕事を務めている。お仕事へのプライド、家族との関わり方の線引きというところは、監修の方、西野さん、僕とで、すごくよく話しました」と真摯に回答。また息子の涙が印象的だという意見に対しては、「泣きの芝居って、感情芝居の最たるもので。感情がうわーっと出ているところをバーンと見せつけられると、僕はいち観客として鬱陶しかったりする。『泣かせようとしているな』とか、登場人物の感情を無理に押し付けようとしているなと思ったりする」と持論を展開し、「だからこそ、注意して取り扱っている芝居です。使いどころを厳選して、撮り方もちょっと“引き”にしてみたり、ほかの要素も写したうえで、お客さんに“泣き顔を見る、見ない”という選択を残しながら、写したり。押し付けがましくしないように、注意しています」と話した。

教育について勉強している人からは、劇中のようなヤングケアラーの生徒がいた場合に「常々、どうやって声をかけたらいいかと思う。『大丈夫?』と聞かれることもつらいだろうし、『助けて』と言えない人も多いと思う」という声もあがった。

「だから、この映画をつくりました」と本作に込めた想いを打ち明けた
「だから、この映画をつくりました」と本作に込めた想いを打ち明けた

ヤングケアラー当事者だった中川監督は、「あくまで僕の主観ですが、特に声をかけてほしくはなかった」と告白。「ただ、いっぱいいっぱいで『助けてほしい』となった時に、『ここに相談すればいい』『ここに行けばいい』という案内が用意されていることが大事なのかなと思います」と想いを巡らせながら、「言葉をかけるって難しいことだと思うので、この作品をつくりました。ヤングケアラーやご家庭のなかで大変な経験をされている方は、どうしても自分がいま見ている世界が全部だと思ってしまいがち。だからこそ諦めてしまったり、絶望感のなかで閉鎖的になってしまいがちだと思う。でも世界は広いし、絶対に手を差し伸べてくれる人はいるし、差し伸べられた手を掴むことは恥ずかしいことでもなんでもない。それを伝えたいんですが、言葉で伝えても、きれいごとみたいに捉えられてしまう。だから、この映画をつくりました」と監督のなかに渦巻くメッセージを込めていると笑顔を見せた。

中川監督作品の大ファンで、過去作もすべて観ているという観客から、「定点で撮影しているところ、あえて揺しながら撮影するところもあった」とカメラワークの意図について尋ねられる場面もあった。

内に秘めた心情まで描かれたノベライズも発売されている
内に秘めた心情まで描かれたノベライズも発売されている

中川監督は、「しっかりとカメラが据えられていて、すごくきれいな構図で整っていると、作られた画に見えてしまう。その映画のなかで起きている事象も、どうしてもフィクションに感じてしまいがちだと思う。これはちゃんとお客さんに届けたいというところは、その場でドキュメンタリーのように見せる手法を取っています」と撮影について秘話を公開。「これをお客さんに言うのは…聞かれたら、なんでも答えてしまう」と種明かしをしているようだと照れる中川監督の姿に会場が大笑いとなるなか、イランの映画監督、アスガル・ファルハーディ監督が好きだとコメント。「あまり作り込まず、ハンディカムで撮ったような画だったりする。いいものを見せてやろう、大事なものを見せてやろうという作為を感じないからこそ、僕は信じられるし、作品から発せられるメッセージを素直に受け止められる」とファルハーディ監督作の魅力に触れ、「僕も、お客さんに信用してもらえるような工夫を意識しています」と力を込めていた。

母親と息子の関係性をはじめ、息子が育むバスケ部員たちとの関わり合いなど「人の絆にグッとくる映画だった。胸がいっぱいになった」という人からは、「出会った人からもらった言葉で、印象に残っているものは?」という問いかけがあった。中川監督は「お母さんからずっと言われていた言葉を、映画に反映している」とエピソードを披露。

【写真を見る】観客からの質問にも応えた、『90メートル』トークイベントの様子
【写真を見る】観客からの質問にも応えた、『90メートル』トークイベントの様子

「母は『駿は気が小さいからね』と。それをずーっと言うんですよ」と打ち明けながら、「心配しいで、僕が人前に立つとか、バスケの試合に出るとなると、『本当に駿はうまくやれるのだろうか』と。『気が小さいから』とずっと心配している母親だった。いまとなってはそれが愛情だとわかるけれど、思春期の僕からしたら鬱陶しかった。『そんなに俺は信用がないのか』と、ずっと反発していた。だからこそお母さんを認めさせてやろうと思ったり、お母さんの言うことをあえて聞かなかったり。それでいま、向き合えなかったなと後悔しているんです」と苦笑い。「母から言われた言葉、そのままを映画で使っています。『気が小さいから』というのは愛の言葉であり、思春期の僕にとっては呪いの言葉でもあって、僕と母を象徴する言葉です」としみじみと語っていた。

また大森元貴(Mrs. GREEN APPLE)がソロ名義初の映画主題歌として、劇中の物語をもとに書き下ろした楽曲「0.2mm」が、映画の余韻を一層深めている。

中川監督は「改めてオーダーとして、具体的に言ったものはない」とのこと。「主題歌も含めて作品の一部。主題歌が流れ始めるところで、新しいものが始まる感じにはしたくなかった。作品の余韻のなかで始まり、作品の一部になるような楽曲というニュアンスだけ、お伝えした。大森さんが作品のことをすごく愛してくださって、理解してくださって、尊重してくださった。この映画の抑制的なトーンなので、主題歌もそれに合うようにという意識を持ってくださった。大森さんが映画に寄り添ってくださって、出来上がった曲」だとお礼を述べていた。

丁寧に質問を聞き取りながら、飾らない素顔で熱心に応える中川監督の人柄もあり、観客からは「なるほど」とうなずく声だけでなく、楽しそうな笑い声も上がるなど終始あたたかなムードに満ちあふれていたこの日のイベント。最後に中川監督が「ヤングケアラーや病気を扱った作品は、どうしても重たい、暗い、観るのがしんどそうだと警戒されがちなもので。今日、観終わった時の感情は、重たい、暗い、しんどいというものとはちょっと違うものだったのかなと思っています。ぜひ感じたことを、お近くの方に伝えていただければ」とアピールすると、大きな拍手が上がっていた。

取材・文/成田おり枝

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