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「サードの方が近いから」…リトルリーグ時代の恩師が語る中田翔の天然エピソードに驚きの声!

  • 2026.3.5

日本プロ野球界を代表するスーパースター、中田翔の知られざる少年時代を、リトルリーグ時代の恩師が明かした。最初に来た時、ヒットを打つと、サードに走っていたという中田。さらにインタビュー中、偶然電話をかけてきた中田の母は、親に叱られた中田がいつもあることをしていたと話し……!?

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中田翔の知られざるエピソードを教えてくれたのは、広島鯉城リトルシニア会長、國吉和夫さん。少年野球時代の中田について、「最初は普通の子と一緒で、そんなに変わった子じゃなかった」が、「小学4年生になってからグッと上がっていきましたね」と回顧。「やっぱ野球が好きじゃった。普通の子と比べたらキャッチボールも打つのもものすごい好きじゃったね」と語った。

そんな中田との忘れられない思い出として、「最初に来た時、ヒットを打ってサードに走るんよ。打ったらファーストに走らなあかんのをサードに走って。『どうした?』って聞いたら『サードの方が近いから』って言うてくる」と驚きのエピソードを披露。「それぐらい野球知らんかった子があんなに出来るようになったということです。面白いですよね」としみじみ。

さらにプロになってからの中田については、「厳しげにしとるけど子どもには優しい。よそのチームの子どもが来ても全部サイン書きますからね。200〜300枚ずっと書きます。あぁいうところが優しいね」と意外な一面を明かしてくれた。

そんな中、インタビュー中に偶然、中田のお母さんから國吉さんの携帯に電話が。どんな子だったのかを尋ねると、「とにかく失敗したり親に怒られたりしたらすぐにごめんなさいの手紙を書いてましたね。私はもう怒ったら放っておくんですけど、ほんなら『ごめんなさい、もうしませんから』という手紙を必ずテーブルの上に置いてました」と述懐。

続けて「絶対親には文句を言ってこない子だった」と話し、「ご飯を食べることが好きだから、怒った時に『ご飯食べさせない』っていったら涙流すとかね。よく食べてよく遊んでまあ元気な子です」と笑った。

そんな中田のお母さんについて入団時のエピソードを明かしたのは、日本ハムで中田の2年先輩だった今成亮太。「寮に挨拶に来た時、翔の頭をガーって持って『よろしくお願いします』。中田翔の母親です。もうコイツはほんまに殴ってもらっていいんで、煮るなり焼くなり何でもしていいです。生きてたら大丈夫ですって言ったのをよく覚えてる」と吐露。

普通は入団時に親がついてきても、挨拶するのは寮長ぐらいだそうだが、中田のお母さんは先輩や選手一人ひとりに玄関で挨拶していたとのこと。その横で中田が「お母ちゃんもうええやん」って恥ずかしがっていると、「ホラ!あんたも」って首根っこをつかんで挨拶させていたと話すと、スタジオには「良いお母ちゃん」、「めちゃくちゃ素敵なお母ちゃんですね」という声があがっていた。

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なお、この中田翔の少年時代のエピソードは、3月4日に放送されたバラエティ番組「これ余談なんですけど・・・」で明かされた。

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