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海のオタマジャクシ、タウリンの匂いで変態していた

  • 2026.2.27
海のオタマジャクシ、タウリンの匂いで変態していた
海のオタマジャクシ、タウリンの匂いで変態していた / Credit:川勝康弘

中国の中国海洋大学(OUC)で行われた研究によって、ホヤ(Ciona savignyi)のオタマジャクシ型の幼生が、エナジードリンク成分として知られるタウリンの匂いをたどり、集まってきた場所で多くが大人へ変身する仕組みが明らかになりました。

研究では、ホタテやホヤ成体の体から小さな分子だけを取り出し、どの成分がホヤのオタマジャクシ型幼生を引き寄せるかを一つずつ調べています。

その結果、強く幼生を集めたのはタウリンだけで、しかもタウリンが多いほど幼生の尾が縮みはじめ、変態(姿と生活スタイルがガラリと変わること)のスタート合図になっていることが分かりました。

もしこの成果を応用できれば、港のロープやホタテのカゴをびっしり覆う「ホヤ汚れ(生物汚損)」を、タウリンの匂い経路をうまく操作することで弱めたり、逆に食用ホヤの養殖では「幼生を集める香り」として利用したりできるかもしれません。

今回の研究内容の詳細は、2026年2月20日に『Science Advances』にて発表されました。

目次

  • 脳を捨てて生きるホヤ、その人生最大の決断はどこで下される?
  • タウリンの香りでホヤが集合・変態する
  • タウリンの香りが決めるホヤの人生とホタテ養殖の未来

脳を捨てて生きるホヤ、その人生最大の決断はどこで下される?

脳を捨てて生きるホヤ、その人生最大の決断はどこで下される?
脳を捨てて生きるホヤ、その人生最大の決断はどこで下される? / Credit:Canva

ホヤはちょっと変わった生き物です。

ホヤは子どものころは脊椎動物に近い姿で、オタマジャクシ型の幼生として海を泳ぎ回ります。

体の中には背骨に似た脊索と単純な脳があり、まさに「小さな魚の原型」といった姿です。

ところが、一度どこかのロープや貝のカゴにくっついてしまうと、尾も脊索も脳もほとんど溶けてしまったような状態になり、「動かないプヨプヨの袋のような姿」で一生を過ごします。

この「どこにくっつくか」は、ホヤにとって一生を決める重大な選択です。

ホヤは脊索動物の中まで私たち脊椎動物に非常に近い種類です。しかし大人になるとその形態は劇的に変化し脳なども溶かして脊索動物に見えないものになります
ホヤは脊索動物の中まで私たち脊椎動物に非常に近い種類です。しかし大人になるとその形態は劇的に変化し脳なども溶かして脊索動物に見えないものになります / ホヤは幼生期は遊泳しているが、大人になると固着生物になる Credit:慶応大学

海の中には、細菌の膜、ほかの生き物の匂い、フンなど、さまざまな化学シグナル(匂いのもとになる分子)がただよっています。

しかし、こうした匂いのどれが、どんな神経回路(脳の配線図)を通じてホヤ幼生の決断につながるのかは、ほとんど分かっていませんでした。

そこで今回研究者たちは、ホヤがくっ付き先によく選ぶホタテなどの体から染み出す成分に着目し、ホヤ幼生がどんな匂いを「住む場所ナビ」として使っているのか、そしてその匂いが原始的な頭のどんな回路を通って行動と変態を動かしているのかを明らかにしようとしました

もしこの秘密の物質を特定できれば、ホタテ養殖業などホヤの汚損に悩む産業に、新しい対策のヒントが生まれるかもしれません。

タウリンの香りでホヤが集合・変態する

タウリンの香りでホヤが集合・変態する
タウリンの香りでホヤが集合・変態する / Credit:Canva

ホヤの固着を促す成分は本当にあるのか?

答えを得るために研究者たちはまず、実際のホタテ養殖用の網カゴを海に沈め、6か月後に回収して、ホタテが入っているカゴと殻だけのカゴとで、どれだけホヤが付着しているかを比べました。

すると、ホタテが入っている方によりホヤが多く付着しており、「ホタテの中身から出る何か」が幼生を呼び寄せているらしいことが見えてきました。

次に、研究者たちは、ホタテの筋肉や生殖腺、ホヤ成体の体から、小さな分子だけを含んださまざまな抽出液を作りました。

これを寒天につめて、周りにホヤの幼生をたくさん放ちました。

そしてホヤがより多く集まった抽出液を分析し、どんな成分がどれだけ入っているかを調べました。

するとホヤの幼生を強く引き寄せていた成分が「タウリン」だけであることがわかりました。

タウリンはエナジードリンクにも含まれていることが知られる、アミノ酸の一種です。

研究者たちがタウリンの濃度を変えた海水にホヤの幼生を放ったところ、タウリンの濃度が濃いほど尾が縮んだ幼生の割合が増えました。

つまりタウリンは、幼生を集める「匂いの目印」であると同時に、その場で変態を始めさせる「変身スイッチ」でもあったのです。

では幼生の体のどこで、タウリンの匂いを感じているのでしょうか。

研究者たちは細胞が活動したときに光るタンパク質をホヤの幼生に仕込み、タウリンを加えた時にどこがどう光るのかを調べました。

するとホヤ幼生たちの頭の先端部分にある突起に含まれるニューロン(一次感覚ニューロン)が強く光っていることが判明します。

続いて、その下にある運動神経節、そして尾の中を走る神経索へと、光る場所が時間差で広がっていきます。

まるで、「タウリンを見つけたぞ!」という知らせが、頭の先から尾の先までリレーされているようでした。

またこのとき中継役をしているのが特定のホルモンであるGnRHを出す神経細胞であることが示唆されました。

これらをまとめると、ホタテやホヤ成体からしみ出したタウリンの濃さの差を、先端のセンサーにあるニューロンが感じ取り、その情報が中継神経を通って運動神経節と尾の神経索に送られます。

その結果、幼生はタウリンが多い方向へ泳ぎ、そこで脳や尾を捨てて大人になっていく――──という流れが見えてきます。

言いかえれば、タウリンの匂いはホヤ幼生にとって「ここに行けば仲間とご飯がたくさんある安全地帯だよ」という案内板であり、その案内板の前で変身ボタンまで押してしまう役割を担っているのです。

タウリンの香りが決めるホヤの人生とホタテ養殖の未来

タウリンの香りが決めるホヤの人生とホタテ養殖の未来
タウリンの香りが決めるホヤの人生とホタテ養殖の未来 / Credit:Canva

今回の研究により、ホヤ幼生の「くっつく場所えらび」と「大人への変身」の少なくとも一部が、ホタテやホヤ成体からしみ出すタウリンというアミノ酸の匂いによって動かされている可能性が示されました。

港のロープやホタテのカゴをびっしり覆う「ホヤ汚れ」。

その黒幕は、まさかのエナジードリンク成分タウリンかもしれない、というのがこの研究の皮肉なオチです。

ホタテやホヤの体の中にたっぷり蓄えられたタウリンが、傷ついたり排せつされたりするたびに少しずつ海水にしみ出すし、そのわずかな濃度の差を、海のオタマジャクシたちが嗅ぎ分け、「ここが天国だ!」とばかりに群がって尾を捨て、一生をそこに捧げてしまうのです。

そしてその決断は、先端のセンサーで検知され、たったごく少ない数の神経細胞しかない豆粒サイズの「頭」で決断が行われていることも示されました。

論文の中で研究者たちは、タウリン駆動のケモタクシス(匂いの濃い方へ泳ぐ性質)が「ホタテがホヤを呼び、ホヤがホヤを呼ぶ」フィードフォワードモデルとして、ホタテ養殖カゴの生物汚損現象を説明できると提案しています。

また、研究者たちは匂いの情報を中継ニューロンが受けとり、行動と変態に結びつけるという回路は、マウスや魚の嗅覚と性行動のつながりとも似ており、「ホヤ幼生のミニ頭」が脊椎動物の頭の原型を映している可能性も指摘しています。

さらにこの成果を利用できるなら、ホタテ養殖の現場で「タウリンの匂い」をうまくコントロールすることで、ホヤ汚損を減らしたり、逆にホヤを増やしたい場所へ幼生を誘導したりするしくみのヒントになる可能性があります。

もしかしたら未来の世界では、「この湾岸はホタテを守るためにタウリンカット加工をしています」あるいは「こちらの人工リーフはホヤをトラップするためタウリンを微量放出しています」といった表示が当たり前になっているかもしれません。

元論文

Taurine-driven chemotaxis and metamorphosis in ascidian tadpole larvae
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeb9574

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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